髭ですが、気になりました
告知忘れていました!
昨日から朝夜投稿してます
12/21〜23まで朝夜投稿
24、25日は朝昼夜投稿して完結しますι(`・-・´)/
一時は騒然となったが、犯人が連行されパトカーが消えると、いつもの静けさが戻った。
黒鷺は状況説明のため、警察へ。本当なら私も行かないといけないのだが、自分だけで大丈夫、と一人で行ってくれた。
リビングに戻った私は、ソファーに座ったまま呆然としていた。そこに、珈琲豆の香ばしい匂いが漂う。
(…………いつもと違う珈琲? でも、なんか落ち着く)
ぼんやりと珈琲の匂いを堪能する。そこにリクがコーヒーカップを持ってきた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
体を起こしてカップを受け取る。湯気とともにカフェオレが揺れた。
そっと口に含む。
カフェオレだけど、いつもより珈琲の風味が強い。微かな苦みをミルクが包み、最後に砂糖の甘さが広がる。ぬくもりとともにホッとする味。
「すみません、朝から迷惑をかけて」
「No、No。悪いのは犯人です。それに、柚鈴先生に怪我がなくて良かったですヨ」
リクが笑顔になる。目じりにシワを寄せ、安堵したような、本当に嬉しそうな表情。
胸がほんのり温かくなったのは、カフェオレのおかげだけではなく……
「……ありがとうございます」
私はリクの顔が見れなくて、カップに視線を落とした。こんなに心配をかけてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「あ、あの、犯人も捕まりましたので、私は自分のアパートに戻りますね」
「傷は大丈夫ですカ?」
処置は難しいし、普段の生活も難しいけど、これ以上、迷惑はかけられない。
「なんとか……なると思います」
「本当ですカ?」
薄茶色の瞳が覗き込んでくる。イケオジのドアップは眼福だが、そんなに見つめられたら、逆に困る。
一生懸命、視線から逃げる私にリクが頷く。
「わかりました。では、ワタシが傷を診て判断します」
「え!?」
「いけませんか? ワタシは医者ですよ?」
リクが距離を詰めてくる。私は逃げるように体を引いた。
「いや、でもリク医師は脳外科医で……」
「手術の痕も診ますし、傷ぐらいなら診れます。傷が深いのは右腕でしたネ?」
「ですが……」
「それとも、ワタシの腕が信じられませんカ?」
「んぐぅ!?」
その言い方はズルい。そんなこと言われたら診せるしかない。
私は渋々、右腕の傷を差し出した。
————————その結果。
「はい、傷が完治するまで、ここに居てくださいネ」
「完治まで!?」
「はい」
リクが良い笑顔で頷く。私は思わず反論した。
「長すぎないですか!? この傷は完全に治るまで、数週間はかかりますよ!?」
「だからです。皮膚の傷は順調に治っていても、筋肉などの内側は分かりません。無理はしないほうがいいです。ですが、一人暮らしだと、難しいです。それで悪化することもあります。それなら、ここにいた方が家事をしない分、安心です」
「うっ……」
リクの正論に何も言えない。
「前にも言いましたよネ? 柚鈴先生は人に頼ったほうがいいって」
「は、はい」
「それにプラスして、頑張り過ぎです。甘えることも、覚えた方がいいです。これは、頼ることと、甘えることの練習ですネ」
「ですが、そういうわけには……」
私の言葉を遮るように、リクが私の頭を撫でる。大きいけど、黒鷺とは違う手。
「前にも言いましたが、柚鈴先生はワタシの可愛い娘です。娘は親に甘えるものです」
「娘ってミーアがいるじゃないですか。それに、私はそんな……」
「Non、Non。テレビでよく言うじゃないですか。日本のお父さん、お母さん、って。ワタシはイタリアのお父さんですネ」
一瞬、なにを言っているのか分からなかったので、頭をフル回転させて考える。
海外で生活していて、その土地でお世話になった人を親と呼ぶ、ということだろうか。それなら……
「……それ、意味が違います。私とリク医師がイタリアに住んでいるなら、そう呼ぶこともあるかもしれませんが」
「そうですカ? でも、イタリアのお父さん。良い呼び方だと思いません?」
「……つまり、イタリアのお父さん、という言葉が気に入ったんですね?」
「Si!」
元気な子どものような返事。
私は脱力してカフェオレを飲んだ。真面目に話すだけ無駄な気がする。
「わかりました。リク医師は、私のイタリアのお父さん、ですね」
「Si。イタリアのお父さん、と呼んでください」
「それは長いので遠慮します」
「えぇー」
イケオジが子どもっぽい不満顔になる。
私はスルーして、話題を変えた。
「そういえば黒鷺君は空手の黒帯と聞いていましたが、本当にすごかったです。おかげで助かりました」
「んー。ちょっと、内緒の話します。本人たちには言ったらダメですヨ?」
念押ししたリクは、黒鷺もミーアもいないのに小声で話した。
「ミーアとアマネ。実は昔、見た目の違いから、いじめられていました。だから、強くなりたい、と二人とも空手を習いました」
「え……」
意外な過去。今の二人からは想像できない。
「空手で自信がついたミーアは、積極的に人と関わるようになりました。ですが、いろいろあったアマネは、人を避けました。けど、柚鈴先生には違いました」
「え? それは、どういう……」
パン!
リクが胸の前で両手を合わせた。
「はい、話はここで終わりです。イタリアのお父さんは疲れているので、寝ます」
「えぇ!?」
「昨日、頑張って最終の新幹線に乗ったので、元気ないです」
長距離移動は意外としんどい。それは分かる。
(分かるけど、話はここからじゃないですか!? マイペース過ぎませんか!?)
いろいろ言いたかったけど、私はグッと飲み込んだ。
この騒ぎでリクの休息を邪魔してしまった負い目もある。
「……わかりました。おやすみなさい」
「ブォナノッテ(おやすみ)」
手をヒラヒラさせてリビングから出ていくリク。最後は雑に扱われた気がした私は一気に脱力した。
※※
私はソファーに座ったまま、ぼんやりとテレビを見ていた。人里離れた自然の中を旅する番組。
(こういう自然の中で生活するのも、いいかもなぁ。今は無理だけど)
玄関の鍵が開く音。私は体を起こして玄関へ走った。そこには、予想通りの人が。
「黒鷺君!」
「ただいま帰りました」
黒鷺が疲れた顔で笑う。その表情に胸が締め付けられる。
「……おかえり。大丈夫?」
「ちょっと、さすがに眠いので……」
フラフラとリビングに移動すると、そのままソファーに寝転んだ。
「ごめんなさい。私のせいで……」
「気にしないで、ください」
薄茶色の瞳が閉じかける。夜遅くまで漫画を描いて、朝からあんなことがあれば疲れるのは当然で。
(やっぱり、私はいないほうが……)
目を伏せて言葉を口に出す。
「あの、私……やっぱり、帰……」
そこで、あたたかいものが手に触れた。
「ダメです」
驚いて視線をむければ、私の手を黒鷺がしっかり握っている。
「え? あ、あの、なにがダメ?」
焦る私にほとんど目が閉じている黒鷺が声を絞り出す。
「ここ、に……い、て……」
「ここ?」
「ダメ、だ…………少し、ね、ま……す」
電池が切れた玩具のように黒鷺が力尽きる。そのまま、寝息が聞こえてきた。それなのに、私の手はしっかりと握ったまま。放す気配もない。
「ふぇっ!? いや、ちょっ……どうしよう……」
このままでは動けない。
一方の黒鷺はスヤスヤと気持ち良さそうに眠っている。
「……仕方ないか」
私は自分が使っていた毛布を黒鷺にかけて、床に座った。黒鷺が起きるまで、このまま待つしかない。
目の前にはイケメンの寝顔。
鼻筋が通って端正な顔立ちだけど、寝顔は少し幼く見える。でも、幼いって言ったら、また不機嫌になるだろうから、黙っておく。
ここで私はふと気が付いた。
(あれ? 顎に何か付いている? ゴミ? …………違う! これは!)
ジッと顔を近づけて確認する。
(髭だ!)
間近で見る光景に声が漏れる。
「おぉ……」
私の中で、ちょっとしたイタズラ心が湧き上がる。
「……ちょっとだけ」
ツンツンと髭に触れてみた。短いからか意外と硬い。
「こんなにマジマジと髭を観察したことなかったわ」
いつも綺麗にしてるから気付かなかった。
「そうか。男の子だもんね。髭ぐらい生えるよね。男の……」
さっきまで幼かった寝顔が、急に男の人に見える。
私は慌てて手を引っ込めた。
(なんか妙にドキドキする)
動悸とともに顔を逸らす。
(いや、気のせいよ。黒鷺君は大学生で、子どもなんだから。いや、子ども扱いしたらダメよね。ってなると……私は、どうしたらいいの!?)
手を握られたまま、床に沈んだ。
夜も投稿しますι(`・-・´)/