表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/63

犯人ですが、決着がつきました


 やっと動いた両手で顔を隠し、痛みと衝撃にそなえる………………けど、何も起きない。



「グハァ……」



 鈍い打撃音と呻き声。思わず顔を上げると、配達員が勢いよく庭へ転がっていた。



「………………え?」



 唖然としている私の前に、ジャージ姿の黒鷺。肩で息をしながら、上げていた片足を下ろした。



(ジョギングから帰って来たみたいだけど……もしかして、配達員を蹴り飛ばした? え? えぇ!?)



 黒鷺が切羽詰まった様子で私に詰め寄る。



「大丈夫ですか!? 怪我はありませんか!?」


「う、うん……私は、大丈、夫だけど……黒鷺君は、どうして?」


「見かけない車があったので、慌てて戻ってきたんです。そうしたら、あの男がナイフで柚鈴に襲いかかっている姿が見えて、とりあえず蹴り飛ばしました」


「そう、なんだ」



 とりあえずで、あそこまで蹴り飛ばせるものなのか考えてしまう。いや、問題はそこじゃないけれど、衝撃の連続で頭がまわらない。


 放心状態の私に、黒鷺は安堵したように大きく息を吐いた。



「無事でよかった。少し、待っていてください」



 黒鷺が私から離れる。視線の先には、地面を転がった配達員。



「おまえが犯人か!」


「クソッ!」



 配達員が黒鷺を睨みながら体を起こす。頭から帽子が落ちて、顔が現れた。



(病院で私を切りつけた犯人!)



 目が血走っていて、表情が険しい。説得など聞き入れる様子はない。それどころか、いつ襲ってくるか分からない剥き出しの敵意。



「黒鷺君! 逃げて!」



 こんな状況なのに黒鷺に焦った様子はない。



(むしろ無表情で……無表情!? 頭に血が登ってる!?)



 黒鷺がサバイバルナイフを相手に腰を落とす。



「危ない!」


「邪魔をするなぁぁあぁぁ!」



 犯人がナイフを振り回しながら突進する。黒鷺は体を傾けて軽くかわすと、足払いをした。



「なっ!?」



 盛大にこける犯人。動きが止まったところで、黒鷺はナイフを持っている犯人の手を思いっきり踏みつけた。



「ガッ!」



 犯人の手からナイフが離れる。黒鷺は手を踏みつけたままナイフを拾った。



「返せ!」


「……正当防衛って、知ってます?」



 黒鷺の声に犯人の表情が崩れる。


 静かに。でも、怒りがこもった声。黙って見下ろす、薄い茶色の瞳。人を刺すこともためらわない、冷めた視線。何をするか予想できない。


 いつもの、あの温かな目からは想像もできない。冷静そうで、実は我を忘れている。



「黒鷺君!」



 私は黒鷺に飛びついた。犯人が近くにいても関係ない。それより……



「ダメよ! 人を傷付けたら!」


「けど、こいつは柚鈴を……」


「私は大丈夫! 平気だから!」


「……柚鈴」



 足元で犯人が呻きながら、踏まれていない手で地面を叩いた。



「おまえの……おまえのせいで! 彩香は! まだ、たったの五歳だったんだぞ。これから、まだまだいろんな楽しいことがあったのに……」


「そうですネ」



 突然の渋い声。全員の視線が玄関に集まる。その先には、リクがいた。



「親が自分より先に子の死をみるのは、とても悲しいです。その気持ちは同じ親として、とてもよくわかります」



 黒鷺が歩いてくるリクを睨んだ。



「……父さんは、こいつの肩を持つのか?」


「ノー。親として、気持ちがわかるだけ、です」



 リクが腰をおろして地面に膝をつく。そして、犯人と少しでも視線を合わせるように屈んだ。



「アナタは勘違いしています。悪いのは車の運転手です。病気であろうと、なんであろうと、車を暴走させて、なんの落ち度もないアナタの娘をひきました」


「当然だ! 彩香はなにも悪くない!」


「そして、アナタも運転手と同じです」



 愛娘を奪った運転手と同類にされ、犯人が憤慨する。



「なんだと!? オレのどこが同じだって言うんだ!」


「同じです」


「適当なことを言う……「聞きなさい」



 リクの鋭い声が刺さる。無視してもいいのに、その声には黙らせるだけの重みがある。


 静かになった犯人にリクは説明を続けた。



「柚鈴先生は、たまたまその場にいただけ。そして、医師としての仕事をしました。それはパーフェクトでした。なのに、アナタは柚鈴先生を傷つけました」



 リクの薄茶色の瞳に怒りが浮かぶ。



「親のワタシから見れば、アナタはアナタの娘をひいた運転手と同じです。なんの落ち度もない、柚鈴先生を一方的に傷つけた」


「ち、ちがっ、オレは……」


「何も違いません。アナタはワタシの大切な柚鈴先生(むすめ)を傷つけ、奪おうとしました」



 犯人が目を大きく丸くする。リクに現実を突きつけられ、ようやく気が付いた。あれだけ憎んでいた、娘を奪った存在に、今度は自分がなりかけていたことに。



「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」



 犯人は空へ大声で叫ぶと、電池が切れたように伏した。噛みしめるように砂を握りしめる。顔は地面に伏せたまま、微かに嗚咽が漏れる。



「もし、アナタがワタシから大切な柚鈴先生(むすめ)を奪っていたら、ワタシはアナタになっていたでしょう。アナタを許さず、アナタを殺しに行っていました」



 リクが淡々と言葉を紡いでいく。そこに怒りも、憎しみもない。ただ、事実を口にした。



「子を奪われた気持ちを、アナタは誰よりも知っているのに。愚かなことです」


「……」



 答えはない。遠くからパトカーのサイレンの音がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
よければ、ポチッとお願いします(*- -)(*_ _)ペコリ
作者が小躍りしますヽ(・∀・)ノ━(∀・ノ)━(・ノ )━ヽ( )ノ━( ヽ・)━(ヽ・∀)━ヽ(・∀・)ノ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ