不眠ですが、眠れました
リクは荷物を片付けるために自室へ戻り、私の気持ちも落ち着き、寝る時間になった頃。
いつまでもリビングにいるわけにもいかないと考えていると、黒鷺が心配そうに訊ねてきた。
「一人で寝れますか?」
「うん、大丈夫」
苦しかった気持ちは全部吐き出したし、少し前向きになってきたし、眠れるだろう。
そう考えて、客室のベッドに入ったのだけど。
「……どうしよう、眠れない」
耳が冴える。少しの物音で体が跳ねる。
ハリネズミのぬいぐるみを抱きしめて、布団を頭から被る。でも、なにも変わらない。
いつもは気にならない秒針の音まで耳につく。何度も寝返りをうち、時計を見る。けど、時間は進まない。
再び記憶がグルグルまわる。
(あの時は、あれがベストだったのか。もし、他の医師があの場にいたら、もっと適切な処置ができたのかも……あの子は助かっていたかも……)
私は大きく頭を振った。これ以上、考えたら動けなくなる。
「気分をかえよう」
私は毛布とハリネズミのぬいぐるみを抱きしめて、ドアから顔を出した。廊下には誰もいない。
「よし」
リビングへ行くために足を踏み出す。クリスマスや正月で楽しい時間を過ごしたリビングにいれば、この重い気持ちが少しは軽くなるかも。
「どうしました?」
「ふぇっ!?」
振り返ると黒鷺が立っていた。
いつの間に後ろにいたのだろう。気配がなかったというか、音がなかったというか、まったく気づかなかった。
「忍者?」
「だから、なんでそういう発想に……まあ、いいです。どうしました?」
「いや、あの……黒鷺君こそ、どうしたの?」
「トイレに行っただけです」
「わ、私もトイレに」
必死に言い訳をすると、黒鷺が私の腕の中を見た。
「毛布とぬいぐるみを持って?」
「うっ」
「まったく」
黒鷺は少し考えると、私の手を掴んで歩き出した。
「え?」
「漫画が細かい作業に入ったので、この前のようにリビングでノートパソコンを使って作業することは出来ません。なので」
「なので?」
黒鷺が自分の部屋のドアを開ける。
「眠くなるまで、そこらへんにある本を読んでください」
「……いいの?」
「僕は作業をしているので、気にしないでください」
黒鷺が椅子に座ってパソコンに向き合う。同じ部屋に誰かがいる。それだけで安心する。
「ん、ありがとう」
私は床に座って本を開いた。読んでいない本はまだまだある。これなら、いくらでも時間が潰せる。そう思っていたのに。
「ふぁ……」
本の効果か、瞼が重くなってきた。
こんなに、すぐ眠くなるなんて予想外。持っていた本が手から落ちかける。
(危ない、危ない。でも、すぐ眠くなるなら、部屋から出ずにベッドにいれば、良かった……な)
再び意識が遠のいていく。なんとか起きようとするけど、目が開けていられない。
ウトウトしていると、体がふわりと浮かんだ。状況を把握する前に柔らかなモノに包まれる。
「な、に……?」
「気にせずに、寝てください」
頭を撫でられる。気持ちよくて開けかけた目を閉じる。
「うん……」
心地よい安心感に包まれて、私はすんなりと夢の世界に旅立った。
※※
目覚ましの音。でも、すぐに止まった。少しだけ目を開けると、動くものが。
「あれ? 私……いつの間に寝て……」
顔を起こそうとしたら、寝かしつけるように頭を撫でられた。
「ジョギングをしてきますので、まだ寝ていてください」
「ジョギング?」
寝ぼけた頭で反芻する。考えようとするが、眠気の甘い囁きに負けて瞼を閉じる。軽く笑う気配。
「まだ朝早いですから。おやすみなさい」
「んー……」
声に導かれるように眠りについた。
※※
眠りを覚ますインターホンの音。しかも、二回、三回と連続。
「……んぅ」
私は半分しか覚醒していない頭をかきながら、体を起こす。手を机の上に彷徨わせ、インターホンの子機のボタンを押した。
『お荷物です』
淡々とした男の声。宅配が来たらしい。
「はぁい」
私はインターホンを切り、黒鷺の机を見た。無造作に転がるペン。
「印鑑がどこにあるか知らないし……受け取りはサインでいっか」
カーディガンを羽織ると、ペンを持って玄関に向かう。
今、思えば完全に頭が働いていなかった。日曜日の、こんな朝早くに、宅配便が来るなんて疑うべきだったのに。
「うぅ、寒っ」
玄関に移動した私はサンダルを履いて、冷えたドアノブを握った。
「お疲れ様で……」
声をかけながらドアを開ける。その先には、帽子を深く被り、段ボールを持った配達員が一人。
なんてことない、普通の光景…………のはずだった。
ドア一つ分の距離を挟んで、配達員が段ボールを手放した。その手には、見覚えがあるサバイバルナイフ。
「……え?」
静かに向けられた刃先。冷えた空気の中で、朝日を弾いて鈍く輝く。
配達員の目は見えない。無表情のまま、にじりよってくる。
(逃げないと!)
頭では分かっていても、足が動かない。まるで体が凍りついたよう。
ドアを閉めても、この距離なら無理やり開けられる。
(だ、誰か! 誰か、呼ばないと!)
声を出そうとするが、喉から出るのは掠れた空気だけ。体は動かないのに、小刻みに震える。怖いはずなのに、サバイバルナイフから目が離せない。
(ど、どうすれば……)
考えがまとまらない。動けない。声も出ない。
「やっと、だ。やっと、彩香の仇が…」
その声に体がビクリと跳ねた。診察室で聞いた声と同じ。
配達員が手を振り上げる。頂点で止まり、狙いを私に定めた。
(に、逃げ、逃げないと!)
どんなに思っても体が動かない。無情にも、ナイフがまっすぐ振り下ろされる。
「いやぁぁぁぁ!」
私はやっと出た声とともに動いた両腕で顔をおおった。
完結まで毎日投稿します
頑張っていきますので
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