表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/63

医療ですが、基本を思い出しました


 耳が痛いほどの静寂。恥ずかしいのに、黒鷺から目が離せない。動けない。息をするのも忘れそうになる。


 薄い唇がスローモーションのように、ゆっくり開く。息づかいまで分かる動きの中、低い声が私に語り掛ける。



「僕は、柚鈴のことが……「ただいまぁ!」



 玄関から明るく大きな声がしたと思ったら、軽い足音とともにリビングのドアが開いた。



Ciao(チャオ)! 最終の新幹線に乗れたので、帰ってきましたヨ!」



 今までの空気が一気に消し飛ぶ。二人そろって呆然とリクの顔を見上げた。


 そんな私たちに、何かを察したリクが額に手をあてて天を仰ぐ。



Oh(オゥ)! 私としたことが、とんだお邪魔虫しましたネ」


「ちちっちちちち、違います!」



 私は慌てて立ち上がり、いままでの経緯を説明することになった。



※※



 私とリクは向かい合ってテーブルに座った。私の話を聞き終えたリクが静かに頷く。



「そのお父さんは、子どもの死がまだ受け入れられないんでしょうネ」


「だからと言って、柚鈴を刺すのは間違っている」



 黒鷺がテーブルにドンとお茶を置いた。力を入れすぎでお茶が飛び散っている。



「そうですネ。それは、そのお父さんの問題です。柚鈴先生に向ける感情ではありません。ですが、こういうことは、どうしてもあります」


「リク医師でもあるのですか?」


「はい。ですから、必死に考えて選んで治療します。本当に他の方法はないカ。もっとベストな方法はないカ。目の前の患者を確実に助けるために。そして、少しでも自分への後悔を減らすために。悔やまないために」



 そう言って目元のシワを深くした。


 私と同じ気持ち。私だけでは、ないんだ。みんな、同じように悩みながら治療している。



(そう。同じだけど、違う)



 私は震えを止めるように両手を握りしめた。



「私は…………怖い、んです」



 振り絞るように声を出す。



「また、あの子のように助けられないんじゃないか、治療できないんじゃないか、って……」



 あれから、ずっと私を縛りつける感情に負けて目を閉じる。


 リクが大きく息を吐いた。



「それで灯里(アカリ)の治療に必死だったのですネ。ですが、いつも必死だと、いつか倒れてしまいます」


「私に家族はいません。倒れても「僕が心配する」



 私の言葉をかき消すように黒鷺が言った。顔を上げると、薄茶色の瞳が鋭く、怖いほど睨んでいる。



(………怒ってる?)



 思わず体が小さくなったところに、低く威圧的な声が響いた。



「アマネ、黙っていなさい」



 こんな声を出せるのかと思うほどの圧力。その言葉に黒鷺が口を閉じた。


 リクが私の方をむいて微笑む。



「柚鈴先生は、もう少し頼ることを覚えたほうがいいです」



 先程とは違う、穏やかだけど、少しだけ厳しさを含んだ声音。



「たよ……る……」


「はい。医療はチームです。一人では、できません。もっと周りを頼って、使ってください。そして、柚鈴先生の負担を軽くしてください」



 それは他の人にも何度か言われた。でも、なかなかできない。どうしても、一人で抱え込んでしまう。


 悩む私にリクが言葉を続ける。



「人は頼られると嬉しいものです。でも、頼ってもらえないと悲しくなります」


「そう、なんですか?」


「はい。私は灯里の手術の時、柚鈴先生に助手を頼みました。それは、迷惑でしたカ?」


「い、いいえ。むしろ、あの時は手術の道具の滅菌や、手術の準備を任されて、認められてるんだって思って、嬉しく……」



 私はやっと気づいた。



「わかりましたカ?」


「はい。あの時は、自分の技量を認められているんだと、嬉しくなりました。ですが、私は……私はずっと、頼ることは、迷惑をかけることだと思っていました」


「それは、時と場合です。頼り過ぎると重くなることもあります。ですが、まったく頼られないと、信頼されていないようで悲しくなります」


「それは……気づいていませんでした」


「なら、もう少しだけ、周りを見てください。頼ってほしいと思っている人もいますヨ」



 リクが隣に立つ黒鷺に視線を向ける。

 すると、薄い唇が不満げに動いた。



「Non avrei mai pensato di essere geloso di mio padre.(父さんに嫉妬するなんて思ってもみなかった)」


「Aspettative per il future.(まだまだだな)」



 目元にシワをよせた余裕のある渋い笑顔。一方で、悔しげに眉を寄せる黒鷺。


 そんな二人を私はジットリと睨んだ。


(イタリア語で会話なんてズルい。こっちは分からないのに)


 まるで仲間外れにされた気分。


 嫉妬混じりの視線に気づいたのか、リクが軽く笑いながら顔をこちらへ向けた。



「柚鈴先生が治療をするのに、怖いと思うのも、苦しいと思うのも、分かります。ですが、それは必要な気持ちです。その気持ちを、忘れないでください。もし、その気持ちを忘れたら、治療をするだけのMacchina(マッキナ)……Non(ノン)Non(ノン)、マシーンになってしまいます」


機械(マシーン)に?」


「はい。同じ病気でも、同じ人はいません。病気とともに人も診てください。病気だけを診るマシーンになってはいけません」



 この気持ちと共に仕事をしていくのは正直、辛い。

 でも、リクが言っていることも分かる。私はちゃんと両立していけるのだろうか…………



「柚鈴」



 名前を呼ばれると同時に、大きな手で頭を撫でられた。驚いて顔を隣に向けると、そこには黒鷺が。



「一気に全部しようとしなくていいですよ。できることから、少しずつ、やってみてください」


「……え?」


「僕も手伝いますから」


「でも、そんな……」


「僕は頼りないですか?」



 私は慌てて頭を横に振った。



「そんなことないわ! むしろ、頼りっぱなしで……」


「なら、もっと頼ってください」


「でも……」



 困惑する私に、リクが朗らかに笑う。



「そう、そう。もっとアマネに頼ったらいいです。それに、柚鈴先生が頑張りすぎて倒れたら、悲しいです」


「へ?」


「悲しくて、悲しくて、手術が出来なくなってしまいます」


「えぇ!?」


「なので、自分を大切にしてくださいネ」



 脅迫に近い脅しに絶句する。手術を出されたら、断れないに決まってる。



「約束ですヨ」


「……はい」



 念押しされて思わず頷いた。

 そこにトドメの言葉が刺さる。



「ワタシ、ウソは言いませんから。手術はとても繊細です。その日の感情が影響します。柚鈴先生が倒れたら、心配すぎて手術が出来なくなります」



 深いシワの奥にある薄茶色の目が本気の色に染まっている。私の体調が世界的権威に影響を及ぼすなんて、考えたくない。


 困惑していると、黒鷺がリクを睨んだ。



「父さん、あまり柚鈴を困らせないように」


「アマネがもっと頼れる男になったら、いいだけですネ」


「これからだ」



 その力強い言葉に同意する。



「うん。黒鷺君なら、なれるよ」



 そこで黒鷺の顔が火を噴いたように真っ赤になった。



「どうしたの!?」


「い、いえ。なんでもありません!」



 そそくさと逃げるようにキッチンへ行く黒鷺。



「私、変なこと言ったかしら?」



 首を捻りながらも私は考察した。



(黒鷺君は大学生で、まだまだこれから。就活とかいろいろ忙しくなるけど、英語もイタリア語も話せるから、引く手数多になりそう)



 しかも、イケメンで家事まで出来るとなれば。



「うん。将来は有望よね」



 一人で納得した私にリクが苦笑いを浮かべていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
よければ、ポチッとお願いします(*- -)(*_ _)ペコリ
作者が小躍りしますヽ(・∀・)ノ━(∀・ノ)━(・ノ )━ヽ( )ノ━( ヽ・)━(ヽ・∀)━ヽ(・∀・)ノ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ