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苦い記憶ですが、話せそうです(後編)



 ちょうど、一年前。


 冬晴れで陽射しが暖かい、穏やかな日だった。


 目を閉じると、あの時の光景が浮かぶ。いつもと変わらない日常、のはず……だった。


 それが…………



「私は当直明けで、買い物をするために商店街を歩いていたの。そうしたら…………」



 耳に残る、クラクションの音。人々の叫び声。破壊音。今でも車の急ブレーキの音を聞くと、体が硬直する。


 それだけ体に染み込んた記憶。私は大きく息を吸って、言葉を吐き出した。



「一台の暴走車が突っ込んできて、歩いていた人を次々とはねたの」



 この事故は大きなニュースとして、連日放送された。そのニュースを見るたびに、嫌でもこの光景を思い出すため、しばらくニュースが見れなくなった。



「周りは、骨折や打撲の受傷者ばかり。うめき声や叫び声に溢れて……凄惨な光景だったわ。その中でも車と壁に挟まれていた、あの子は……」



 私は目を閉じて俯いた。



「すぐに救急車を呼んだわ。ただ、問題は搬送先だった。その子どもは、すぐに手術が必要だと分かる重傷。だけど、すぐ近くにある私の職場の病院は運悪く、すべての手術室が埋まっていた。しかも、その日は長時間の手術ばかり。救急車で子どもを搬送しても、すぐに処置と手術はできない」



 あの時の絶望は忘れられない。



「だから、私は救急車が来るまでに、他の病院に勤めている同期に片っ端から電話したわ。すぐに処置と手術ができないかって」



 泣き叫ぶ人々。とくに、父親が必死に我が子を呼ぶ、悲痛な声。まるで、昨日のことのように甦る。



「少し遠かったけど、なんとか手術室が確保できる病院を見つけて……到着した救急隊に事情を説明して、一番にその子どもを搬送してもらったわ。私も同乗して処置をしながら」



 でも……



「………………間に合わなかった」



 痛いほどの静寂。慣れることのない喪失感。世界にすべてを否定され、弾き出された。私に居場所などない、と…………


 黒鷺がポツリと呟く。



「…………助けたかったんですね」



 言葉が突き刺さる。感情を封じていた蓋にヒビが入る。


 ずっと、ずっと、我慢していた。


 でも、言えなかった。


 だって、私は助けられなかったから。



「……辛かったですね」



 黒鷺が私の気持ちを代弁していく……



「もう、一人で抱えなくていいですよ。全部、言っていいですよ」



 ずっと、一人で耐えてきた。感情を封じていた蓋が、ガラガラと壊れていく。必死に抑えていた感情があふれ出す。



「ぅ、ぐっ……ふっ……」



 嗚咽とともに、涙がこぼれる。


 無力な自分が悔しくて、悲しくて。でも、どうすることもできなくて。何度も、何度も、後悔して、謝って…………でも、感情は消えなくて。


 だから、何重にも蓋をして、心の奥底に閉じ込めた。そうしないと、動けなかった。決して、あの子のことを忘れたわけじゃない。



「わたっ……わたしっ、は!」



 子どものように泣き叫ぶ。あふれた感情が止まらない。



「たすけっ……助けたかった…………!」


「うん」


「あの子の……あの子の人生を、こんなところで、終わらせたくなかった…………!」


「うん」



 黒鷺の服を強く握りしめる。



「私が……私が、もっとしっかりしてたらっ!」



 悔しさで、唇を噛む。口の中に広がる鉄の味。



「あそこにいたのが、私じゃなかったらっ!」



 何度も、何度も考えた。



「もしかしたら、あの子は助かっていたのかも……」



 私が……私が、あの子の…………



「あの子の未来を、私が奪っ「違う!」



 否定とともに、強く抱きしめられた。意識が現実に戻る。



「柚鈴は精一杯ことをした。それは、ほかの誰かでも、同じ結果だったと思う」


「…………でも、父親には近くの病院に搬送しなかったことを、何度も責められたわ。最後には、おまえさえいなければって」



 あの時、私があそこにいなければ……買い物に行かなければ…………と。


 呪言のように、私を縛り付ける。



「それは逆恨みです。悪いのは暴走車を運転していた人なのに」


「そう、ね……ただ、運転手は病気で、事故を起こしていた時には死亡していたの。だから、父親は余計に怒りを向ける先がなかったんだと思う」



 そんな親の気持ちを受け止めるのも仕事の一つ。だから、大丈夫だと思っていた。けど……


 黒鷺が悔しそうに呟く。



「柚鈴はまったく悪くないのに」


「…………いろんな人に言われたわ。『対応に問題はなかった』『気にするな』って」



 それでも、私の気持ちが軽くなることはなかった。重すぎる感情は、楔となって突き刺さり続ける。



「父親からすれば、私は娘を奪った人間、なのよ」



 私の言葉に黒鷺が大きく首を振った。



「そんなの間違ってる! それで、柚鈴が刺されるなんて!」


「…………そうね。黒鷺君にも、こんなに迷惑をかけて」


「そうじゃない!」



 黒鷺が私の肩を持ち、体を離す。お互いの息がかかりそうな程の距離。顔が近い。


 肩を掴む大きな手に力が入る。まるで、私を逃がさないかのように。



「迷惑をかける、とか考えなくていいんです」


「けど……」


「柚鈴」



 正面から名前を呼ばれ、体が痺れる。薄茶色の瞳から目が離せない。



「いいから、聞いてください。僕は、柚鈴のことが……」




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