久しぶりですが、シャワーができました
柔らかベッドが心地いい。肌触りがいい毛布にくるまれて、全身が温かい。落ち着く匂いに包まれる。
(このまま、いつまでも寝ていたい…………寝ていた……寝て!?)
本を読んでいた私は体を起こした。
「私、いつの間に寝て!?」
体の下にあるマットレスが弾む。そこはベッドの上だった。
「あ、起きましたか」
黒鷺が椅子ごと体をこちらに向けて、背伸びをした。
「そろそろ夕飯にしましょうか」
「え? もう、そんな時間!? 私、いつから寝てた!?」
「えっと……二時間ほど、でしょうか。医学書を読みだしたら舟をこぎ始めて、寝るならベッドで寝てくださいと言ったら、僕のベッドに直行して寝ました」
記憶にない。寝ぼけていたのだろう。
私は慌ててベッドから下りた。
「ごめんなさい! 仕事してる隣で寝て! しかも、黒鷺君のベッドで!」
「別にいいですよ。夕飯の準備をしてきますから、もう少し寝ていてください」
「いや、いや、いや! 起きる! 起きます!」
「……そうですか」
なぜか少し残念そうな顔をされた。その理由がわからないけど、それよりも恥ずかしさが勝つ。
リビングに移動すると、黒鷺がすぐに夕食を準備してくれた。
「作り置きなので、簡単なものですが……」
そう言って出てきたのはカレー。あとは冷凍野菜を電子レンジで温め、ドレッシングをかけたサラダ。カレーのスパイシーな香りが食欲をそそる。
「美味しそう! いっただっきまーす」
「どうぞ」
大きめに切られた、じゃがいも、ニンジンなどの具材が転がる、ゴロゴロのお肉カレー。家庭の手作りカレーって感じで、お店とは一味違う。
ホクッとした、じゃがいも。噛むと甘味が溢れる、ニンジン。サイコロお肉は噛み応え十分の旨味十分。
「おいしい! あとは、ビールがあれば完璧なんだけど……」
「ダメです」
薄茶色の瞳に釘をさされ、私は小さくなった。
「わかってますよ。ちょっと言ってみただけです」
「怪我が治るまで禁酒ですからね」
これは仕方ない。
私は素直に返事をしながらも、少しだけ抵抗してみた。
「はーい。ちなみに、ノンアルビールは?」
「…………買いに行く時間がないので、ネットで注文しておきます」
「やった! ありがとう!」
それからは穏やかに会話をして、私はカレーを完食した。
「ふぅ、食べた。食べた」
「おかわりします?」
「ううん。大丈夫」
お腹いっぱいの幸せ。いつもより少なめの盛り付けだったけど、今の私にはこれぐらいが丁度いい。
さて、次は。
「シャワーぐらいしたいな」
結局、昨日はお風呂に入っていないし、髪を洗いたい。でも、問題が。
両手に視線を落とす。左腕はいいけど、右腕は傷が深いから濡らさないように、と蒼井に注意された。
「ラップで巻きます?」
キッチンで食器を片付けていた黒鷺がラップを片手にやってくる。ラップを巻けば傷が濡れることはない。
「どうして分かったの!?」
「そんな顔で手を見ていたら分かりますよ。ラップを巻くのを手伝いましょうか?」
「うん、お願い」
自分では上手く巻けない。
私は右腕の袖を捲って黒鷺の前に出した。
「このまま巻いたら服が脱げなくなりません?」
「あ……」
ラップを巻いて腕が太くなったら、袖が抜けなくなる。
ならば……
「ちょっと、待って」
「!? 待ってください! なにを!?」
「服を脱ごうとしたんだけど?」
上着を脱いでから腕にラップを巻けば解決。
だから、上着を脱ごうとしたんだけど、黒鷺に手を押さえられて止められた。顔はしっかり後ろを向いている。
「あの、ですね。一応、言っておきますが、僕は男です」
「うん。女の子ではないね」
こんなに体格がいい女子はそうそういない。と、考えていたら盛大にため息を吐かれた。理由が分からない。
「男の前で、簡単に服を脱がないでください」
「でも、脱がないとはラップ巻けないし」
「……誰の前でも、簡単に服を脱ぐのですか?」
その言葉に私は首を傾げた。
「そんなことはないけど、今は必要なことでしょ?」
「必要なことでも、もう少し恥じらいを持ってください」
「恥じらっても結局は脱ぐんだから、それなら恥じらうだけ無駄じゃない?」
「あぁ、もう分かりました。脱がずに待ってください」
黒鷺がこちらを見ずに洗面所へ行く。荒い足音とともにバスタオルを持って戻ってきた。
「服を脱いだらバスタオルを体に巻いてください!」
「あ、そうすれば良かったんだ」
突き付けられたバスタオルを受け取ると、黒鷺が後ろを向いた。
「できたら言ってください。ラップを巻きますから」
「はーい」
ゴソゴソと上着を脱いで、言われた通りバスタオルを上半身に巻く。
「できたよ」
そう言って右腕を出す。すると、黒鷺がなにか言いたげに口を歪めたままラップを右腕に巻き付ける。
「これ、シャワーから出たら、外してもらわないといけないよね?」
その質問にラップを巻いていた手が止まる。少しの間の後、返事があった。
「シャワーが終わったら呼んでください。外しますので」
「でも、外すぐらいなら自分で出来ると思う」
「それで傷を覆っている被覆材まで取れたら、どうするんですか?」
私はラップが巻かれた手を見た。
水が入らないように頑丈に巻かれているため、片手で外すのは難しそう。
「……外すのも、お願いします」
「わかりました」
黒鷺が背中を向けてブツブツと呟く。
「まったく……人のベッドで寝て、気を許してるのかと思ったら、男として見ていなかっただけなんて……」
「なに?」
薄茶色の瞳が恨めしそうに振り返る。恨めしいというより、不満顔かも。
「なんでもありません」
「そう? じゃあ、シャワーしてくる!」
黒鷺の機嫌よりシャワーが大事な私は、意気揚々と浴室へ行った。
※※
一日ぶりのシャワーは気持ち良かった。生き返ったようにサッパリ、スッキリだ。
タオルで体を拭いてパジャマのズボンを履いたところで私は止まった。
「さて、どうしようかな」
右腕に視線を落とす。これだけ頑丈に巻かれていると自分では外せないし、肌着の袖が通らない。
「やっぱり、お願いするしかないか」
私は脱衣所から出ようとして、ふと鏡に映った自分の姿が目に入った。
上半身は裸で、見慣れた姿。そこそこ胸があって、お腹も適度に引っ込んでいる。けど、ミーアほどのナイスバディではない。
そこに黒鷺の言葉が蘇る。
『一応、言っておきますが、僕は男です』
黒鷺なら、きっと筋肉が適度についていて立派な体型なのだろう。男の子だし……男の……
「…………」
急に恥ずかしさがこみ上げる。とりあえず、隠せるだけ隠して、袖だけは通さずに、着られる服は着ておく。
こうして、私は右腕は通さずに下着と肌着とパジャマを着た。それから、胸にバスタオルをしっかり巻いて、リビングへ移動した。