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黒鷺家ですが、居候することになりました


(いや、いや、いや。安心している場合じゃない)



 この黒鷺は夢か幻か、と疑ってしまったが、蒼井も驚いた顔をしているから現実だ。


 本物ということはいいとして、警備はどうなっているのか。ここに来るまでに警察官がいたはずなのに、白衣を着ているだけで会議室(ここ)まで来れたのだろうか。 


 唖然としている私を他所に、蒼井を睨みながら黒鷺が訊ねる。



「僕の家なら父さんも姉さんもいて、人が多いし、一軒家で客室もある。そちらは?」


「男の一人暮らしのマンションに、女性が一人で泊まるのは危険だと?」


「理解が早くて助かります」



 薄茶色の瞳が冷めた目で蒼井を見下ろす。


 三十代の刑事が突然乱入してきた黒鷺に話しかけた。



「失礼ですが、あなたは誰ですか?」



 冷静だが、その声音には疑いがこもっている。



「僕は……」



 黒鷺の言葉を遮るように蒼井が説明をした。



「彼は世界的に有名な脳外科医の息子でして、身元はしっかりしています。確かに彼が言う通り、不特定多数の人が出入りする私のマンションより、彼の家の方が安全かもしれません」



 その内容に三十代の刑事が頷いた。



「たしかにマンションは住人同士の関係が希薄で、外部の人間が入っても気づかれないことがありますね」


「え? じゃあ、私はどうしたらいいの?」



 戸惑う私に蒼井がゆっくりと言った。



「決めるのは、君だ」



 その言葉に私は二人を交互に見た。


 心配の色を浮かべて私を見つめる瞳。それは二人とも同じで。


 けど……


 私は黒鷺に視線を向けた。



「じゃあ、お言葉に甘えても、いい?」


「どうぞ」



 薄茶色の瞳がホッとしたように微笑む。申し出てくれた蒼井には悪いけど、通いなれた黒鷺の家の方が過ごしやすい。


 こうして私の仮の家が決まった。



※※



 犯人がどこに潜んでいるか分からないという理由で、私は二人の刑事と一緒に荷物を取りにアパートへ帰った。

 散らかった部屋から必要なものをスーツ―ケースに投げ入れていくが、玄関で刑事が待っているため、なんとなく焦る。



「あ、これも忘れずに」



 ベッドに転がっているハリネズミのぬいぐるみを手にとる。それぞれの耳にで揺れる雫型のイヤリング。


 私はハリネズミのぬいぐるみを抱きしめた。


 麻酔が効いている腕だと感覚が鈍い。なのに、少しでも気を抜くと、震えて動けなくなりそうになる。



「……大丈夫。私は大丈夫。大丈夫よ」



 自分に言い聞かせてハリネズミのぬいぐるみをスーツケースに押し込んだ。そのまま蓋を力任せに閉める。


 スーツケースを転がして玄関にやってきた私に、三十代の刑事が声をかけた。



「忘れ物はありませんか?」


「大丈夫だと思います」


「持ちましょう」


「ありがとうございます」



 麻酔が効いているので痛みは軽いとはいえ、両腕に傷があるので、あまり力は入れないほうがいい。スーツケースを運んでもらって助かった。



※※



 黒鷺の家まで車なら十五分ほど。


 けど、犯人を警戒しているのか、車は遠回りをして複雑な道を通った。私も知らない道をグルグルと走りながら、三十分かけて黒鷺の家に到着。


 車から下りたらドアが開き、黒鷺が出てきた。



「どうぞ」


「お、お邪魔します」



 正月に来たばかりなのに、緊張する。刑事がトランクルームから私のスーツケースを出して黒鷺に渡した。

 玄関に入ったところで三十代の刑事が私に確認する。



「この周囲の見回りは強化しますが、なにか異変があったらすぐに連絡をしてください。あと、仕事はどうされますか?」


「明日はもともと休みでしたので。明後日からは、仕事ですが……」



 刑事二人が小声で相談した後、こちらを向いた。



「わかりました。明後日から病院の周辺の見回りも強化します。では、今日はこれで失礼します」


「あ、ありがとうございました」



 刑事が立ち去り、玄関のドアが閉まる。黒鷺が鍵を閉めたところで、私は気が抜けた。



「はぁぁぁぁぁ……」


「どうしました!?」



 脱力して座り込んだ私に黒鷺が慌てる。



「いや、ちょっと気が抜けたというか、なんというか……」


「とりあえずリビングまで移動しましょう。動けます?」


「大丈夫よ……ぉお?」



 足に力を入れるが、動けない。立ち上がれない。どうやら、腰が抜けたらしい。


 私がバタバタと焦っていると、黒鷺が床に膝をついた。そして、無言で私の脇の下と膝裏に手を入れて抱き上げる。俗に言うお姫さま抱っこだ。



「へ!? いや、ちょっと待って! 歩ける! 歩けるから!」


「はい、はい。暴れないでください。リビングに移動するだけです」


「うぅ……」



 軽々と持ちあげられたまま廊下を進む。逞しい腕に、胸筋が体に触れる。体幹がしっかりしているから、移動も安定していて落ちる不安は一切ない。


 けど、それよりも恥ずかしさが勝っていて、思わず両手で顔を覆っていると、リビングにあるソファーに降ろされた。



「コタツの方が良かったですか?」


「ううん、このままで大丈夫。コタツは目の前だし、それぐらいなら自分で動けるから」


「では、荷物をいつもの客室に置いておきますね。あ、コートも部屋に置いておきますのでください」


「あ、ありがとう」



 私は脱いだコートを黒鷺に渡した。


 漫画の作業で忙しい時期なのに悪いなぁ、と思いながらソファーに体を倒す。緊張の糸が切れたのか、疲労が出てきたのか、全身が重い。



「はぁ……」



 見慣れてしまった天井を眺めながら息を吐く。トントンと二階へあがる足音に安堵する。もし、一人でアパートにいたら、少しの物音にもビクビクしていただろう。



(こんなに人の気配に安心するようになるなんて)



 ぼんやりとしていると、ハリネズミのぬいぐるみと毛布が降ってきた。



「え?」


「勝手ながら、スーツケースを開けました。必要でしょう?」



 毛布に包まり、ハリネズミのぬいぐるみを抱きしめる。この感触と肌触りが落ち着く。



「ん、ありがとう」


「休んでください。あ、なにか食べますか?」


「大丈夫。黒鷺君は漫画を描かないといけないでしょ? 私はここで休んでるから、仕事してきて」



 これ以上の迷惑はかけられない。同じ屋根の下に人がいるんだから、それだけで十分。



(私は、大丈夫。今までも一人で大丈夫だったんだから)



 心の中で言い聞かせていると、黒鷺が渋々な様子で頷いた。



「……じゃあ、なにかあれば声をかけてください」


「うん。ちょっと寝るね」


「はい、おやすみなさい」


「おやすみ」



 私は現実から逃げるように目を閉じた。



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