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買い物ですが、バスでドキドキしました


 様々な店が並ぶ大通りを黒鷺と歩く。福袋を手にした人々が多く、神社とは違った賑やかさ。



「正月ならではの光景ね」


「福袋と称して、売れ残りをまとめて売りさばく。日本人の商売方法には脱帽します」


「コラ、口が悪いぞ。福袋に売れ残りばっかり入れていたら、次なるからお客さんが来なくなるから、ちゃんとした商品も入っているのよ。しかも、福袋が高額になればなるほど、良い商品が入ってるの。その方がお客さんから好印象になるし、また買いに来てくれるから」


「そういうことですか」



 素直に納得する黒鷺を下から覗き込む。その視線に気づいたのか、少し頬を赤くして顔を背けて私に訊ねた。



「どうかしましたか?」


「ううん。いつもの黒鷺君だなって思って」



 初詣で会ってから、なんとなく様子がおかしかった。でも、今はいつもの調子に戻っている。それだけだけど、なんか嬉しい。


 ニコニコして顔を見ていると、黒鷺が軽く咳払いをして前にある店を指さした。



「あそこです。あのお店でビアグラスを買いました」



 見覚えがある光景に私は少し考えた。そして、思い出す。



「あ!」


「どうしました?」


「私も、この店でマグカップを買ったわ」


「……僕にプレゼントしてくれたマグカップを、この店で買ったんですか?」



 言葉足らずでも、そこから解読してくれて助かる。

 私は頷いて説明をした。



「そう、あのマグカップ。ショーウィンドウに置いてあって、一目惚れしたの」


「僕もショーウィンドウに飾ってあったビアグラスを見て、プレゼントにぴったりだと思って買いました」



 足を止めて、お互いに顔を合わせる。


 キョトンと大きくなった薄い茶色の瞳。まさか、こんなところで息が合うなんて。



「「……………………」」



 奇妙な沈黙の後、どちらともなく吹き出す。



「商売上手なお店ね」


「そうですね。入りましょうか」


「えぇ」



 店内を歩いて、目的の物を探す。



「あ、あった」



 その棚には陶器やスチールなど、様々な素材で作られたコップが並んでいた。



「やっぱりガラス製がいいなぁ」



 壊れたのと同じデザインのビアグラスはなかった。でも、他のビアグラスも綺麗で、可愛くて、どれにするか悩む。


 私は隣にいる黒鷺に訊ねた。



「どれが良いと思う? こっちのはシュッとしてカッコいいし、このグラスは取っ手があって持ちやすそうなんだよね。あ、これは柄が綺麗。うーん、迷うなぁ」


「そうですね」



 黒鷺が屈んで同じ棚を覗き込んだ。


 真横にイケメンの顔。しかもドアップ。


 反射的に胸が跳ねて顔に血がのぼる。しかも、肩が触れそうな距離。いや、少し触れているかも。


 距離を取るために、一歩下がろうとしたところで、手が伸びてきた。



「これなんて、どうです?」



 そう言って掴んだのは、くびれがあるオシャレな形のビアグラス。割れたビアグラスと形は似ているが、違うところがある。そこは……



「猫ちゃん!」


「可愛いと思いまして」



 黒鷺にプレゼントしたマグカップに付いていた猫。その猫がビアグラスに描かれており、同じシリーズ物っぽい。



(お揃いみたいな感じになるけど、いいのかな?)



 チラリと隣を覗けば、どこか不安そうな表情をしたイケメンが。



「気に入りませんでした?」



 気に入ってもらえるか、普通に心配している様子。



(そうよね。お揃いとかペアとか気にする間柄じゃないし)



 私は笑顔で頷いた。



「可愛いし、これにするわ」


「じゃあ、買ってきますね」


「え、これぐらい自分で買うから」


「それだとプレゼントになりませんから。ちょっと、待っててください」



 ビアグラスを持ったまま黒鷺がレジへ移動する。



(イケメンな上に行動がカッコいい! さすが、リク医師の息子!)



 叫びたくなった衝動を必死に押さえる。レジに並ぶイケメンに、店内の女子たちの視線が集まってきた。


 どこか日本人離れした端正な顔立ち。特徴的な薄茶色の瞳に、まっすぐ通った鼻立ち。形が良い薄い唇に、モデルのような小さい顔。


 しかも、体格が良く、服装もカッコいい。


 ゆったりめのグレーのフードコートに、長い足を強調する黒のストレートパンツ。しかも背が高いから、余計に目立つ。

 これで注目を浴びないほうが無理だ。


 で、そのイケメンが会計を済ませて、こっちにやってくる。そのため、視線も私に集まってきた。しかも、羨望やら嫉妬やらで、恐怖を感じてしまう。


 しかし、そのことに気づいていない黒鷺は平然と私に声をかけた。



「じゃあ、帰りましょうか」


ビアグラス(それ)、持つわ」



 手を出した私に笑顔が返る。



「家に帰ったらプレゼントしますから。それまでは、僕が持ちます」


「そ、そう。ありがとう」



 さまざまな視線で居心地が悪くなっていた私は足早に店を出た。



(黒鷺と一緒に買い物をするのは、考えたほうがいいかもしれない)



 そんなことを考えていると、隣から楽しそうな声が降ってきた。



「ゆずりん先生って、意外と可愛いものが好きですよね」


「だから、柚鈴(ゆり)だって。それに意外とって、どういうこと?」


「そういうイメージがなかったので。どちらかというと、クールっぽいような?」


「可愛いものが好きでも、買う時間がないし。服とかはシンプルなデザインのほうが合わせやすいから、自然とそういう感じになっただけよ」


「そうですか」



 私は目だけを動かし、隣にいる黒鷺を覗き見した。足が長いし、普段ならもっと早く歩くのだろうが、今は私の歩調に合わせてゆっくり進んでいる。



(こんな小さな気づかいもできるし、モテそうなのに、なんで彼女がいないんだろ? いや、もしかして私が気づいてないだけで、実はいるとか?)



 私の視線に気づいたのか薄茶色の瞳がこちらを向いた。



「どうかしましたか?」


「あ、えっと……その、黒鷺君の好きなものって何かな? と思って」


「僕が好きなもの?」


「そ、そう。食べ物は何でも食べるし、なにかコレクションしているわけでもないし」



 君に彼女がいない理由について考えてました、なんて言えない私は別の話題を出して誤魔化した。少し前の私なら彼女がいるか、とか平然と聞いていたのに。


 自分の変化に戸惑っている私に気づいていない黒鷺が考えながら答える。



「あー、そうですね。強いて言うなら料理……ぐらいです」


「とっても良いことじゃない」


「良いこと?」


「料理って生きるために必要なことでしょ? それが好きって良いことよ。そのおかげで、私は美味しいご飯が食べられるし。おせちも楽しみ」



 今までの悩みを忘れて、これから食べるおせちに期待を膨らませる。いや、完全に忘れたわけではない。ただ、おせちのほうが重要度が高いだけ。


 でも、黒鷺からの反応がない。


 不思議に思って隣を見ると、ポカンとした顔があった。



「どうかした?」


「いえ、そういう考え方もあるのかと思いまして。あ、バスが来ましたよ」



 バス停に到着したところで、ちょうどバスが来た。初詣や買い物帰りの人たちで車内はいっぱい。行きのバスはこんなに混んでなかったのに。


 どうにか乗り込めたが、何も持つものがない場所に立つしかなかった。



「やっぱり混んでるね」


「仕方ないですよ」


「あっ」



 バスが出発した揺れに合わせて体がよろめく。近くにつり革も手すりもない。こうなったら足で踏ん張って耐えなければ。


 私が足に力を入れようとしたら、大きな手が肩を抱えるように掴んだ。



「え?」


「危ないので、僕に掴まってください」


「ふぇ!?」



 説明とともに抱き寄せられる。



(人が多いから押されたりするけど、これは密着しすぎでは!?)



 半分パニックなまま顔を上げると、黒鷺は長身を活かして天井の近くにある棒を直接掴んでいた。角度がいつもと違うせいか、男の子というより男の人、という感じがする。


 そんな私の視線に気づいたのか、薄茶色の瞳と目が合う。私は慌てて顔を逸らして話題を振った。



「せ、背が高いって便利ね」


「日本だと頭をぶつけそうになることがあるので、不便なことのほうが多いですけどね」


「あ、それは大変……キャッ」



 カーブを曲がった反動で体が揺れる。踏ん張り切れなかった私は、黒鷺の胸に思いっきり顔を埋めてしまった。

 いや、顔だけでなく全身だ。柔らかな大胸筋が私を体ごと受け止めている。


 この恥ずかしいけど動けない状況に、私は俯いて謝った。



「あの、ご、ごめん」


「大丈夫です。倒れたらいけないので、このまま掴まっていてください」


「う、うん。ありがとう」



 下を向いたまま、そっと遠慮気味に黒鷺の腕を握る。力を入れているからか、二の腕の筋肉が分厚い服越しでも分かる。



(すごい頼りになるんだけど、黒鷺君の顔が見れない! しかも、動悸が激しいし! また、不整脈!? 今度、ホルダー心電図の検査をしよう)



 バスに揺られながら、心に決めたのだった。



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