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黒鷺ですが、怒らせてしまいました

 キッチンでおせちの準備をしていた黒鷺がリビングに出てきて蒼井を睨む。


 それを余裕の笑顔で受け流す蒼井。けど、腕には両手で抱えている、積み重なった箱。



(なに? この、シュールな光景)



 ミーアは蒼井が抱えていた箱を取って、黒鷺に押し付けた。



「おせちを食べた後と、夜に食べるから冷蔵庫に入れといて」


「何が入っているの?」


「ケーキ」



 語尾にハートマークを付けてウインクをする。


 蒼井が教えてくれたケーキ屋は、正月のためカフェはしておらずケーキの販売のみだった。

 他の店も考えたけど、ショーケースに並んだケーキにミーアが一目ぼれ。カットされたケーキを数個と、ホールケーキを二個買った。蒼井の奢り&荷物持ちで。


 そして、そのまま洋館まで持ち帰った。


 荷物持ちの任務を無事に終えた蒼井がリビングを見回しながら感想を口にする。



「さすがリク医師。センスがある家に住んでるな」


「でしょ? カフェみたいなのよ」



 私は自分の家が誉められたように嬉しくて、胸を張る。

 そこに、渋くも寝ぼけ混りの声がした。



「アマネがいつも綺麗にしてくれていますからネ」


「おはよう。いま起きたの?」



 ミーアの質問に、リクが頭をかきながら照れ笑いで答える。長袖のロングTシャツに綿のゆったりズボンという部屋着姿。それでも、どこかカッコいいのは、イケオジだからだろうか。



「はい、いま起きました。客人の前で、こんな格好でゴメンなさいネ」


「おはようございます。こちらこそ、突然お邪魔して、すみません」



 蒼井が軽く頭を下げた。普段は軽い態度だけど、こういうところはちゃんとしている。



「レン先生、お久しぶりですネ」


「覚えていてくれたのですか?」


「当然です。あの手術のあと、診察しました。先生が縫ったところは、とても綺麗で驚きました。必要な時は依頼したいです」


「ありがとうございます」



 蒼井が嬉しそうにリクと握手をする。


(あ、これ愛想笑いじゃなくて、本当に喜んでる時の顔だ)


 いつもなら、すました笑顔でカッコつけるのに、今は目元と口元にシワがある笑顔。これは、珍しい表情だ。


 微笑ましく二人の様子を眺めていると、チクチクと刺さる視線を感じた。振り返ると、黒鷺がわざとらしく顔を逸らす。



(なんか……怒ってる? もしかして、私が医局にイヤリング落として、失くしかけていたことがバレた? いや、いや。それは、ない。じゃあ、他に黒鷺を怒らすことしたっけ?)



 唸りながら考えていると、ミーアが私の腕を引っ張った。



「ゆずりん、おせち食べよう! で、早くケーキを食べよ!」


「あのケーキ、全部食べるの? おせちもあるのに」


「大丈夫、大丈夫。その分、アオイ レンがおせちを食べるから」


「なんでフルネーム呼び?」



 私の疑問に、ミーアが敵意むき出しで蒼井を睨む。



「ケーキは食べるけど、ゆずりんはあげないから」


「あの、ミーア? 私は物ではないんだけど?」


「もう! そういう意味じゃなくて!」



 頬を膨らますミーアに蒼井が肩をすくめた。



「ゆずり先生は学生の頃から、こういう話に疎いからな」


「だから、柚鈴(ゆり)だって。学生の頃は、ちゃんと柚鈴って呼んでたのに。なんで、そんな変な呼び方になったかなぁ」



 思い返していると、キッチンから声がした。



「あっ」



 ガッシャーン。



 なにかが割れた音が響き、全員の視線がキッチンに集まる。その先では、黒鷺の足元で割れたグラスの破片が散乱していた。



「大丈夫ですカ!?」


「来ないでください!」



 駆け寄ろうとしたリクを黒鷺が止める。



「すぐ片付けますので」


「その前に黒鷺君、足を動かしたらダメよ。どこに破片があるか分からないから。ちょっと待ってて」



 私は廊下に出て階段の裏にある扉を開けた。


 そこには掃除機や雑巾などの掃除道具一式が入っている。ここに掃除道具があるのを知っているのは、以前教えてもらったから。

 あまりにも生活感がなくて、どこに掃除機などを置いているのか聞いてみたら、ここだと教えてくれたのを覚えていた。


 その時は『隠し扉なの!? ここは忍者屋敷?』と言って、黒鷺に白い目で見られた。


 そんなことを思い出しながら私は掃除機を片手にリビングに戻ると、黒鷺の足元にあるガラスの破片を吸い取った。



「これで、大丈夫かしら?」



 吸い取れない大きさの破片は、キッチン用のゴム手袋をした黒鷺がビニール袋に入れていく。足を動かさず、手に届く範囲にあった物を使っていたから文句は言えない。


 黒鷺がしゃがみこんだまま、ビニール袋の中にあるガラスの破片を見つめた。



「どうしたの?」


「すみません。せっかく、プレゼントしたのに」


「あー」



 割れたのは、黒鷺が私にプレゼントしてくれたビアグラスだった。形ある物はいつか壊れる。ただ、壊れるのが少し早かったけど。


 私は腰を下ろすと、横から黒鷺の顔を覗き込んだ。落ち込んでるみたいで表情が暗い。



「怪我はない?」


「……はい」


「なら問題なし」



 よし、よし、と黒鷺の頭を撫でる。



 ――――――――パン!



 乾いた音とともに手を払いのけられた。



「だから! そうではなく!」


「へ?」



 なにが起きたのか分からず、呆然とする。黒鷺は立ち上がると、私に背をむけた。



「片付けてきます」



 掃除機を持ちあげ、大きな足音を立ててリビングから出て行った。


 残されたのは、気まずい静寂。


 私は立ち上がってミーアに訊ねた。



「私、なんか悪いことした?」


「んー。まあ、ゆずりんは少し気にするぐらい、でいいかな」


「そこは気にしないでいい、の流れじゃないの?」



 その言葉にリクが苦笑いをする。



「アマネは大学生ですからネ。子ども扱いをされたら複雑な気持ちになりますヨ」


「あ……」



 繊細なお年頃なのに、つい患児と同じ感覚で対応してしまった。前も同じようなことをして不機嫌にさせたのに、反省がない。



「ちょっと、謝ってくる」



 私は急いでリビングから飛び出したが、廊下に黒鷺の姿はない。



「どこ!?」



 手あたり次第に部屋を覗いくが、見当たらない。


 思い出すのは、私の手を払いのけた時の黒鷺の顔。悔しそうで、いまにも泣き出しそうで。そんな表情は見たことない。


 それは、トゲのように私の心に刺さった。


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