クリスマスですが、思わぬプレゼントをもらいました
今日は朝から、化粧品店と、カフェと、黒鷺とミーアの喧嘩と、慌ただしかった。
二人の喧嘩は、子どもが玩具を取り合う姉弟喧嘩。人を玩具と同じ扱いにするのは、どうかと思うけど。
あれからカフェモカを飲みきった黒鷺は、買い物がある、と雑踏の中へ消えた。一方の私は、ミーアに引きずられ、強制ランチへ。
そして、夕方。
オシャレな洋館の温かな部屋。テーブルにはクリスマス仕様の豪華な料理たち。
目の前にはニコニコと笑顔が絶えないリク。すごく嬉しそうで背景に花が舞っている。
「なんとか帰れました。新幹線に乗り遅れた時は、泣きかけましたネ」
「間に合わなかったら、父さんの分のケーキも私が食べたのに」
と、本気で残念がるミーア。どこまでケーキが好きなのか。
しかし、すかさずリクが反論する。
「それはダメ。ワタシだってケーキ楽しみにしてました」
「ケーキはご飯を食べないと出さないから」
釘を刺した黒鷺を、リクとミーアが揃って睨む。息がピッタリの動き。
「少しぐらい良いじゃないですカ?」
「そうよ、少しぐらいいいでしょ?」
「少しが少しじゃない癖に。いいから、ご飯を先に食べる」
「「はーい」」
二人の声が重なる。親子なんだなぁ、と感心していると、黒鷺が眉尻をさげて話しかけてきた。こんな表情は珍しい。
「うるさくて、すみません」
「ううん。楽しいよ」
こんなに賑やかなクリスマスは初めてかも。いつもは仕事か、一人…………いや、いや、いや。
記憶を振り払うように首を横に振っていると、黒鷺が訊ねてきた。
「どうかしました?」
「なんでもない。日本だとクリスマスイブに、ケーキとご馳走を食べるけど、よく考えれば、クリスマスの日に祝うのが正解なんだよね」
私の言葉に、リクが指を横に振る。しかも、目元にシワを寄せ、大人な余裕の笑み付き。
相変わらず、こういう仕草が様になるイケオジだ。
「チッチッチッ。こういうものに正解も不正解もありません。楽しんだ人の勝ちです」
「そうよ。細かいことは気にしない。ゆずりんは何を飲む?」
「ビール!」
「そういうと思いまして」
反射的に手を上げた私の前に、黒鷺がキンキンに冷えたグラスを置いた。
すりガラスで唐草模様が彫られている。持つところが湾曲して、オシャレなデザインのビアグラス。ビールを注ぐと模様が浮き出る。
「すごい、きれい」
「あれ? こんなグラス、家にありましたカ?」
「クリスマスプレゼントです」
「え?」
私が顔をあげると、黒髪で端正な顔を隠した黒鷺が淡々と言った。
「マグカップをもらったので、そのお返しです」
「でも、そんな悪い「私には?」
私の言葉に被せて、ミーアが身を乗り出す。その態度を薄茶色の瞳が冷ややかに見下ろした。
「姉さんは僕にプレゼントをくれました?」
「私という存在がプレゼント「じゃあ、ご飯を食べましょう」
自信満々なミーアだけど、黒鷺は容赦なく会話を切る。
「ちょっと!」
当然のようにミーアを除いた三人が合掌した。
「「「いっただっきまーす」」」
「ひどいぃぃぃぃ!」
叫ぶミーアを置いて、私たちは料理を食べ始めた。温かい料理は冷める前に食べないと。
※※
冷えたビアグラスに入れたビールは、いつもの三割増しで美味しい。見た目も綺麗で、クリスマス料理にもピッタリ。
目の前には、チキンの丸焼きに温野菜のサラダと、シチュー。どれも美味しそうに輝いて見える。
「本当に黒鷺君は料理上手よね。チキンの丸焼きを家で作っちゃうんだから」
「ただの丸焼きじゃないのよ。ほら、天音。切り分けて」
ミーアが自分で作ったかのように言って指示を出す。そのことに慣れた様子で黒鷺が応えた。
「はい、はい」
鶏肉の腹にナイフを入れて、中身を広げる。
すると…………
米と野菜がパラパラと溢れ出てきた。湯気とともにハーブの香りも広がる。見た目の豪華さと迫力に圧倒されっぱなし。
「え? チャーハン!? ピラフ!? すごい! どこの国の料理!?」
感動する私にミーアがウインクした。
「ね、豪華でしょ?」
「こんな料理、お店でしか食べられないと思ってた」
顔を上げると、フイッと黒鷺が顔を背けた。しかし、その口元が緩んでいたのを私は見逃さなかった。
「……レシピを知っていれば、作れますよ」
素っ気なく言いながらも要領よく切り分けて皿にのせていく黒鷺。その口元はもう緩んでいない。
「レシピを知っていても、こんなに美味しそうに作れるかは別よ。私はレシピ通りに作っても、完成品は写真と別物になるもの」
「そこは慣れだと思います」
「そうかしら? あ、ありがとう」
切り分けられた鶏肉と米がのった皿を受け取った。ほかほかの湯気がのぼる。
そのままテーブルにおいて、スプーンで一口。
鶏肉も米も塩と胡椒のシンプルな味付け。でも、しっかり染み込んだ鶏肉のうまみと、香草の香りで、いくらでも食べられる。
「美味しいわぁ。黒鷺君、お店できちゃうよ」
「はい、はい」
黒鷺が返事をしながら、切り分けた鶏肉をリクやミーアにも配っていく。
私はうん、うん、と頷きならがら、他の料理も食べた。温野菜は和風ドレッシングであっさりと。シチューは鮭とチーズの濃厚な味。
(もう、美味しすぎて幸せ!)
感動している私に給仕を終えた黒鷺が食べながら声をかけてきた。
「鶏肉は腹に材料を入れて、オーブンで焼くだけですから、ゆずりん先生でも作れると思いますよ」
「だから、柚鈴だって。で、そこを失敗するのが、私なの」
「どんな自信ですか?」
呆れたような目とともに肩をすくめられた。でも、ここは反論しない。
「だって事実だもん。料理は作るより、食べるほうがいいです」
話ながらも私の手は止まらない。ビールとともに次々と食べていく。
そんな私を見ながらミーアが目を細める。
「ゆずりんは、どんな料理でも美味しそうに食べるわね」
「ん? だって本当に美味しいんだもん」
ご飯で口いっぱいだから上手く話せない。
「でも、ケーキの分はお腹空けといてね」
「気にしなくても、姉さんほどの量は食べないよ」
「量?」
「姉さんはケーキをワンホール食べるんですよ」
「ワンホール!?」
私は口の中にあったご飯を驚きとともに飲み込んだ。
「ワンホールぐらい普通よ。それより、あの板チョコとサンタクロースがのったケーキは、今しか食べられないの!」
ようやく普通に話せるようになった私は訊ねた。
「でも、クリスマスケーキって、昨日で売り切れてるよね?」
「父さんの知り合いが、毎年特別に作ってくれるんです」
リクがワインを飲みながら上機嫌で説明する。
「イタリア人で、日本のケーキに惚れて移住した友人ですネ。今はパティシエになって、自分のお店を持ってます。ワタシが日本にいる時は、その年のクリスマスケーキをプレゼントしてくれます」
「ちゃんと届いています。あとで、出しますから」
「それは、楽しみ!」
この時の私は現実を知らなかった。まさか、しばらくケーキを食べなくていいと思うようになるなんて……
※※
食事を食べ終えたところで、ミーアが黒鷺に声をかけた。
「ねぇ、もういいでしょ? ケーキだして」
「はい、はい」
食器を片付けた黒鷺が冷蔵庫から箱をだしてきた。しかも、三箱。
驚く私の前に黒鷺がホールケーキを並べる。
一つ目は、プレゼントの袋を持ったサンタクロースがのった生クリームとイチゴのケーキ。メリークリスマスと書かれた板チョコもある。
次は、レアチーズケーキ。こちらはプレゼントを持ったサンタクロースと、トナカイがいる。
最後に、丸太の形をしたブッシュドノエル。チョコでできた家と、赤いベリーの真ん中で、サンタクロースがダンスを踊っている。
「これを四人で食べるの? 分量、間違えてない?」
呆然とする私に黒鷺が困ったように笑いかける。
「ゆずりん先生がいてくれて助かりました。一人でワンホール食べるのは辛かったので」
「だがら、柚鈴だって。もしかして、ケーキの消費要員として、私を呼んだ?」
すかさずミーアが否定する。
「そんなことないわ! 天音が食べきれなかった分は、私が食べるから!」
「そ、そう。でも、これ、どういう配分になるの?」
「切り分けますが、量的には姉さんと父さんがワンホールずつ食べます。そして、残りを二人で分けます」
つまりワンホールの半分を食べることになる。ケーキは好きだから食べられるとは思うけど、それより気になったのは。
「リク医師もワンホール食べるの!?」
「日本のケーキはあっさりしているので、いくらでも食べられますヨ」
ケーキがあっさりという感覚がよく分からない。
「え? ケーキってあっさりと、こってりがあるの? ケーキってラーメンだったの?」
私の問いを無視して黒鷺がケーキを切り分けて、それぞれの前に置いた。
ミーアの前にはケーキ以外に、ケーキの上にのっていたサンタクロースや板チョコがすべて揃っている。
それを、大きな瞳をキラキラさせて見つめる。ケーキの飾りに喜ぶ美女……
待ちきれないとばかりにミーアが黒鷺に声をかけた。
「食べるわよ?」
「どうぞ」
許可と同時に、ミーアがサンタクロースを摘まんで口の中へ。まるで巨人が小人を食べているような光景。でも、その顔は満面の笑みで、喜びがあふれている。
私は幸せそうなミーアを横目に、フォークを持った。
まずは、イチゴがのった生クリームのケーキから。
生クリームは軽い甘さで、まったく後をひかない。スポンジはふんわりしていながら、しっとり。あいだに挟まったイチゴの甘酸っぱさに、このクリームとスポンジの組み合わせは、いくらでも食べられる。
次にレアチーズケーキ。
チーズが濃厚だけど、レモンの酸っぱさと、上にのったブルーベリーであっさりと食べられる。生クリームのケーキの甘さの後だからか、ケーキなのにさっぱりとした味わい。
最後はブッシュドノエル。クリームもスポンジも、味はほんのりチョコ味。
チョコ好きには物足りないかもしれないけど、さすがにケーキ三個目になると、これぐらいがいい。
私は一切れずつ食べたけど、満足感たっぷりだった。しばらくケーキはいらない。
満腹になっている私の前で、ミーアとリクが軽々とワンホール分の量を食べきった。
(夕食もあれだけ食べたのに、その体型ってズルくないですか? お二人さん)
こうして私の予定外だけど、とても楽しいクリスマスは過ぎていった。