クリスマスプレゼントを貰ったので、お返しを買います~黒鷺の回想編~
事の始まりは何だったか……
日本での生活にも慣れた頃。
ふと応募した医療系漫画が受賞して、連載することになった。
本当はファンタジー系の漫画を描きたかったけど、これはこれでチャンスだから連載することにした。
現代物で医療系だけど、父の仕事の関係上、そこそこ知識はあった。だから、どうにかなると思っていた。
けど、やっぱり実際の医療現場を知らないのは痛手で、編集の間さんからは何度か監修を、と言われて医療関係者を紹介してもらった。
(まあ、結果は散々だったけど)
なんで漫画を描くのに、外見や年齢のことを、ネチネチ言われ、打ち合わせは不愉快にしかならず。
監修は諦めて自分でどうにかしようとしていた。
そんな、ある日。
間さんから「話が聞きたいと言っている女医がいる。ちょうどいいから、漫画の監修をしてもらえ」と、連絡がきた。でも、僕は話すどころか、会う気さえなかった。
まず、女医の時点でアウト。
この外見のせいか、女性と関わるとロクなことがない。
幼い頃はハーフとか言って除け者にしたくせに、思春期になれば色恋沙汰でベタベタと触ってくる。身勝手で鬱陶しい。
僕は漫画を描きながら、平穏無事に過ごすため、仕事でも私生活でも、女性関係は特に避けていた。
なので今回も、さっさと断るつもりだった。
それなのにペストマスクにも負けず、一直線に見つめてくる真っ黒な瞳。僕の素顔を見ても色目をいっさい使ってこない。
純粋に治療法が知りたい、患児を治したい。その一心。
そこで、少しだけ興味が湧き出た。
料理を出せば、嬉しそうにパクパク食べる姿は女っ気がなく、子どものようで。
かと思えば、手術の時は。
ピリッと空気と緊迫した雰囲気にのまれることなく、テキパキと仕事をこなす。その真剣な顔と眼差し。あんな表情もできるのかと、感心してしまった。
それだけに、その後の酒による失態との落差が酷い。本当に同一人物か? と疑うレベル。
しかも、僕が風邪をひいた時は完全に子ども扱いしてきた。まったく異性として見られていない。
こんなの初めてだし、なんとなく癪にさわった。
(男だってことを少しぐらい意識しても、いいんじゃないか?)
歩きながら過去の記憶に耽っていると、声をかけられた。
「ねぇ、君。芸能界に興味ない? モデルでも、いいけど」
何度も聞いた言葉にうんざりする。街中を歩くと、こういうのに声をかけられる率が高い。
無表情を作り、視線を動かす。
僕の隣に並んで歩く、スーツを着た四十代ぐらいの男。ニコニコと人当たりが良さそうな笑顔を浮かべ、不快な印象を与えない態度と服装。
「別に怪しい者じゃないんだよ。こういう事務所で……」
男が名刺を出す前に、僕は早口で質問をした。
「Cosa c'è che non va? (何か用ですか?)Sono occupato.(私は忙しいんです)Non ne ho bisogno, vai da qualche parte. (必要ないので、どっかに行ってください)Piuttosto,Va via(むしろ、どっか行け)」
「え? あ、いや、あの、日本語、話せる? ジャパニーズ」
「No.Giapponese(日本語はない)」
「ノ、ノーね。そう。じゃあ、いいや。バイバイ」
男がスタスタと人波の中に姿を消す。
(あの発音だと、英語も話せるか怪しいな)
僕は前をむいて足を進めた。
街中で声をかけてくる人への対処法として、様々な方法を試したが、早口のイタリア語が一番撃退できた。
英語で返すと、たまに英語で勧誘してくる人もいるが、イタリア語は滅多にいない。あとは日本語と英語が話せないから、とイタリア語で押し通せば相手は諦める。
「それより、さっさとクリスマスプレゼントを買って、夕食の準備をしないと」
もらえるとは思っていなかった、クリスマスプレゼント。しかも、その相手が柚鈴とは。
思い出しただけで、口元が緩む。
お返しをと考えるけど、柚鈴の欲しい物なんて分からない。
(とりあえず、目についた物を買えば、どれか一つぐらいは好みの物があるだろう)
それにしても、大通りだけあって人が多い。寒いからか、みんな足早になっている…………が、カフェの前で人々の足が遅くなっていた。
「なにかあるのか?」
疑問に思っていると、すれ違った男たちの会話が耳に入る。
「美人だったよな」
「声かければよかったのに」
「おまえが声かけろよ」
「あんな人前で断られたら、恥ずかしいだろ」
「まあな。けど、声をかけようとしていたヤツもいたぞ」
「根性あるなぁ」
軽い笑い声を聞きながら、男たちが歩いてきた先に視線を向ける。すると、そこには見知った顔が。
「なんで、ここに……」
一人は生まれた時から見ている姉。
身内の自分が言うのもなんだが、そこそこの美人だ。声はかけられやすく、そこからトラブルになることも、しばしば。
で、一緒にいるのは……
「ゆずりん先生?」
後ろ姿だからいまいち確信がもてない。けど、日本で姉さんが一緒に珈琲を飲むとしたら柚鈴しかいない。
そんなことを考えていると二人組の男が、姉さんたちのテーブルに近づいく姿が見えた。
長め髪を明るい茶色に染めているが、根元は黒い。大きめの服を着崩し、靴は踵を踏んで履いている。
「あ、これ姉さんが嫌いなタイプだ。下手をすると喧嘩になる」
姉さんはラテン系の外見だが、好みのタイプは大和撫子や清楚系、あとは紳士。
まだ、オシャレに着崩しているならいいが、あの二人組はオシャレというより堕落。姉さんから確実に論外の烙印を押される。
僕は急いで姉さんが座っているテーブルに移動した。
先に僕と姉さんとイタリア語で話していれば、あの二人組は声をかけてこないだろう。知らない言葉で会話しているところに、日本語で声をかけてくるほどの度胸があるようには見えない。
そう考えて、僕は声をかけようとした…………のだが。
目に入った柚鈴の横顔に思わず固まる。
(化粧がいつもと違う!? なんか、可愛い!?)
いつもは吊り上がっている眉が、なだらかな曲線を描き、優しい雰囲気に。普段の赤い口紅は穏やかな薄ピンク。頬にも軽くチークをのせて、顔色を明るくしている。
たぶん、平素はキリッとした年上女性に見える化粧をしているのだろう。
だが、実際はこの化粧の方が合っている。
思わぬ状況に、僕の思考は固まってしまった。
とんだ不意討ちに、顔が勝手に緩みかける。柚鈴は僕に気づいていない。
まっすぐ正面を向いているため、こちらからは横顔しか見えない。
それにしても…………
(化粧を変えた、だけ……だよな? なんか、ますます可愛い…………いや、いや。そうじゃなくて!)
葛藤している僕に姉さんが気づく。ニヤリと口角を上げ、意地悪く聞いてきた。
「そんなことないわよ。ねぇ、天音?」
なにがそんなことなくて、なんの同意を求められているのか、さっぱり分からない。
(それより今は、こんな腑抜けた顔を柚鈴に見られたくない!)
柚鈴が振り返る前に、僕は慌てて口元を隠して顔を背けた。