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長身の美女ですが、再び会いました

 暗闇で姿が見えなかったから、正直驚いた。

 真っ暗な空間に溶け込む黒髪と、バランスがとれた体躯。月明りに浮かぶ端正な顔が、少し怒ったように私を睨む。でも、その特徴的な薄茶色の瞳には、心配の色が見えて……


 この寒い中、いつからここに居たのだろうか。


 私が質問をしようとしたら、先に蒼井が声をかけた。



「どうした、坊や? 子どもが外出する時間じゃないぞ」


「失礼なオジサンですね。それとも、目が悪いんですか? 成人している初対面の人に、坊やと声をかけるとは」



 初めて顔を合わせたはずなのに、私を挟んで睨み合う二人。しかも、なぜか私の頭上で火花が飛んでいる幻覚まで。



「どうしたの? 二人とも」



 首を傾げる私に黒鷺が一言。



「メール」


「あ!?」



 カバンにスマホを投げ入れたままメールを読まずに放置していた。しかも忙しくて、あれからスマホを触ってない。


 私は慌てて鞄からスマホを出した。とっくに充電が切れ、どれだけスイッチを押しても電源が入らない。

 その様子に蒼井が呆れたように言った。



「それ、病院から連絡があった時に困るやつだろ」


「で、でも、最近は寝る時以外はほぼ病院にいたから」



 苦しい言い訳をひねり出す。実際は何ともなかったと思うから良かった。


 ホッとしている私に黒鷺が肩を落として説明する。



「電話をしても、電源が入っていないか、電波が届かないところに……のアナウンスが流れるばかりで連絡が取れないから、こうして直接来たんですよ」


「えっ!? その、いつから待ってたの?」



 底冷えするような寒さに、時折吹く凍てついた風。冷蔵庫のような気温の場所で、いつ出てくるか分からない私を待っていたなんて。

 無限地獄のような時間だったのでは。



「……」



 ソッと伺うように黒鷺の顔を覗き込むと、無言で背をむけられた。その頬と耳は寒さで赤くなっており……

 相当待っていたのだろうと想像した私はすぐに頭をさげた。



「ごめんなさい! そんな大事な用だと思わなくて! あの、なんのメールだったの?」



 少しの沈黙のあと、黒鷺の体が動いた。頭上に視線を感じたが、同時にため息も落ちた。



「いや、もういいです」



 その言葉とともに黒鷺が歩き出す。



「ちょ、待って!」



 私は去っていく背中を追いかけようとして、蒼井の存在を思い出した。慌てて振り返り、声をかける。



「私、途中で買い物するから、このまま帰るわ」



 何か言いたげな顔をしていた蒼井が諦めたように手を振る。



「わかった。今日はこの寒空の下でずっと待っていた根性に免じて譲ってやるよ」


「ゆずる?」



 首を傾げた私に蒼井がシッシッと手の甲をむける。



「こっちの話だ。ほら、さっさと行かないと置いて行かれるぞ」


「そうだった! お疲れ様!」


「お疲れさん」



 私は軽く手を振ると、暗闇に溶けかけている黒鷺を追った。



 白い息を吐きながら足を動かす。黒鷺は走っていなかったのに、これだけの距離が空いていたとは。


 必死に走った私は、駐輪場でバイクのヘルメットを被ろうとしている黒鷺を捉えた。このまま黙って帰るつもりだろうけど、そうはさせない。


 私は冷たいアスファルトを蹴って黒鷺に飛び付いた。



「待って!」


「……なんですか?」



 押し倒すぐらいのタックルに近い勢いだったのに、平然と受け止められた。しっかりとした体幹を憎らしく思う時が来るなんて。

 ジロリと不機嫌混りに見下ろしてくる薄茶色の瞳に負けじと睨み返す。



「なんですか? は、私の台詞よ。メールの内容を教えて」


「メールを見たらいいじゃないですか」


「だから! スマホの電池がなくて、見れないの!」


「では、家に帰ってから充電してください」



 そう言ってヘルメットを被ろうとする。



「だから! 待って!」



 私は勢いのまま黒鷺の手を掴んだ。私よりも、ずっと大きな手。手袋をしているから、余計に大きいけど。ただ、その中になる筋張った指を感じる。


(って、今は手よりもメールの内容! このままだと気になって夜も眠れ…………いや、疲れてるから寝れるけど)


 とにかく、用件が気になった私はズイッと顔を寄せた。



「口で言えないような内容なの?」



 体を寄せたため逃げ場がない黒鷺が必死に私から目を逸らす。



「そういうわけでは……」


「じゃあ、教えてよ」



 ここで、ようやく観念したように、ため息を吐いた。薄い唇からボソボソと言葉が漏れる。



「……父さんが『明日のクリスマスを、我が家で一緒に過ごさないか?』と言っているけど、どうしますか? ってメールしたんです」


「……それだけ?」


「それだけです」



 黒い髪に隠れて表情は見えないが、黒鷺の耳が赤い。



(もしかして、メールの返事がないから、心配になって来たの?)



 体の奥がほわんと温かくなる。くすぐったいような、嬉しいような、複雑な気持ち。


 いや、この寒い中で待たせて、申し訳ない気持ちもある。けど、そんな気持ちも。ここ数日私の中に居座っていた、もやもやした気持ちも。


 すべてが一瞬で吹き飛んだ。


 私はなんて表現したらいいのか分からない気持ちとともに笑顔で返事をした。



「もちろん参加させていただくわ。明日はちょうど休みなの。そうだ! 家まで送って。黒鷺君に渡したいものがあるから」



 やっと解放された黒鷺が少し距離をとって訊ねる。



「渡したいもの? なんですか?」


「それは、あとのお楽しみ。ほら、ヘルメット貸して」



 両手を出した私に、黒鷺がやれやれと後部座席にぶら下げていたヘルメットを取る。


 大きさの割には軽くて頑丈なヘルメットを被り、バイクの後へ。さすがに慣れてきた私は安定した動きでバイクに乗った。



「行きますよ」


「お願いします」



 声とともに黒鷺の腰に手をまわす。夏服よりも厚みがある冬服。体温は感じないが、逞しい身体つきは分かる。



(筋トレしているのかなぁ。私もしないとなぁ)



 そんなことを考えているうちにバイクは出発した。


※※


 アパートに着いた私は黒鷺を外に待たせたまま、急いで部屋に戻った。



「えっと……どこに置いたっけ?」



 買い物から帰って放り投げていた紙袋を急いで探す。

 汚部屋、一歩手前の部屋はゴミ以外の物が散乱していて、物探しには向いてない。



「あー、もう。こんなことになるなら適当に置くんじゃなかっ……あったぁぁぁ!」



 紙袋が積み本の影に隠れるように鎮座している。私は紙袋を持って駆けだした。こういう時に限ってエレベーターは最上階。ならば走って階段を下りたほうが早い。


 アパートの外に出た私は息を切らしながら黒鷺に紙袋を差し出した。



「はいっ、これ……」


「え?」



 プレゼント用にラッピングされた紙袋。

 薄茶色の瞳が戸惑いながら私と紙袋を見比べる。



「あのっ……クリスマス、プレゼントッ」


「僕に?」


「そう。いつも美味しい料理をご馳走になっているから、そのお礼」



 やっと息が整ってきた。

 一方の黒鷺は驚いた顔のまま、呆然と紙袋を見つめている。



(あー、もう! 石像か!)



 私は広い胸に紙袋を押し付けた。



「とりあえず、受け取りなさい!」


「あ、ありがとうございます」


「どういたしまして」



 やっと受け取ったことに満足していると、黒鷺が遠慮気味に訊ねてきた。



「開けても、いいですか?」


「うん、開けてみて」



 大きな手が紙袋から箱を取りだす。それから、丁寧にラッピングを外して、中から出てきたのは……



「マグカップ?」


「そう。しかも、マグカップの上にコーヒーフィルターが置ける、猫ちゃんマスコット付き。それと、某有名カフェ店のクリスマスブレンド珈琲」



 私の説明に薄い茶色の目が驚いたように丸くなる。



「漫画を描く時に、よく珈琲を飲んでいますけど、話したことありましたっけ?」


「ふふん。医者の観察眼をなめないことね」



 以前、黒鷺が風邪をひいた時、机の上にマグカップがあった。しかも、内側が茶渋で茶色くなっていたので、珈琲をよく飲むのだろうと推測。

 結果、このマグカップと珈琲をプレゼントすることにした。


 予想だったけど、当たっていたので良かった。黒鷺が緩んだ口元を手で隠している。その表情に心がふわりと温かくなる。まるで、心にだけ春が来たみたい。


 満足していると、突風が吹きつけた。


 冷えた風に頭が冷え、意識が現実に戻る。



「あー。夕食、買い忘れた……」



 夕食というより夜食の時間だが、この近辺にコンビニはない。だから、職場の周辺にあるコンビニでご飯を買ってから帰ろうと考えていたのに。



「失敗したぁ。何か食べる物あったかなぁ……」



 頭を抱える私にプレゼントを紙袋に収めた黒鷺が言った。



「ウチに来ます? 簡単なものでしたら、作れますよ」


「でも、この時間にお邪魔するのは悪いし……」


「明日、来るつもりだったのなら、今日来て泊まっても同じじゃないですか?」


「そこは違うでしょ」



 さすがに、それはねぇ……と考えていたが、次の一言ですべてが覆った。



「ビール飲んで、そのまま寝れますよ?」


「行くわ!」



 私は速攻で部屋に戻ると、着替えなどの必要なものをまとめて黒鷺のバイクに跨った。


※※


 バイクであっという間に黒鷺の家に到着。クリスマスにピッタリな雰囲気の洋館。

 私は黒鷺に案内されるまま玄関を潜った。



「ぉじゃましまぁーすぅ」


「なんで小声ですか?」


「え? 夜遅いし、迷惑にならないように」



 小声でコソコソと廊下を歩く私を薄茶色の目が呆れたように見下ろす。



「なら、声を出さなければいいじゃないですか」


「それは、それで嫌なの」


「変なこだわりですね。とりあえず、風呂に入ってください。その間に、ご飯の準備をしておきますから」


「あ、夜遅いから、量は少なめでお願いします」



 私の要望に端正な顔が傾く。



「ビールに合う、おつまみ系なら、どうですか?」


「さすが黒鷺様! わかってらっしゃる!」


「はい、はい。お風呂はここです。タオルはこれを使ってください」


「ありがとう」



 お風呂の使い方の説明を一通り聞いた私は湯船に浸かった。



「足が伸ばせるお風呂、最高!」



 私のアパートのお風呂は少し足を曲げないといけない。けど、ここのお風呂は広い。



「なんか、こんなことになっちゃったけど……まあ、リク医師もいるし、黒鷺君と二人っきりというわけではないから、いいよね」



 体の真から温まった私は、髪を拭きながらお風呂から出た。漫画の監修のために何度も来ていたため、我が家のような感覚になっていたのかもしれない。


 完全に油断していた。



「いい湯だったわ。ありがと……」



 リビングのドアを開けて私は固まった。



「なんで、ここに……」



 大きな薄茶色の瞳と目が合う。


 柔らかそうな茶色の髪を背中に流した、ナイスバディな体。小さな顔に、分厚い艶やかな唇。色気垂れ流しのモデルのような美貌。


 クレープ屋の前で黒鷺と一緒にいた長身の美女がリビングに立っている。



「どうして……」



 思わず漏れた言葉を私は両手で塞いだ。

 黒鷺の彼女ならクリスマスを一緒に家で過ごすのも普通だ。少し考えれば分かること。



 温まった体が急激に冷えていく。ふわふわと軽くなった気持ちが重くなる。グリグリと胸を削られ、足元が崩れていく感覚に襲われた。




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