クリスマスプレゼントですが、買ったら思わぬ光景と遭遇しました
「つか……れ、た」
自宅に戻った私はベッドに倒れ込んだ。結局、最終バスには乗れずタクシーで帰宅。
日付が変わる前に帰ってこれたが、疲労はピーク。
「お風呂……お風呂だけは……」
今、体調を崩すわけにはいかない。そのためには根性で風呂と食と睡眠は死守する。
私は風呂を入れて、湯に浸かった。あまり広くないので手足は伸ばせないけど、しっかり温まる。徐々に体がほぐれていく体。明日は休みなので、時間を気にせずゆっくり入れる。
「ふぅ~」
吐いた息とともに黒鷺の声が脳裏に甦った。
『冬の間ぐらいは住んでもいいですよ』
のぼっていく湯気を眺めながら、ぼんやりと考える。
(ここまで忙しいとなると、冬の間だけ黒鷺の家に……少しでも通勤時間が短いほうが……)
ふらふらと誘惑に負けていく思考。そこに、天井から冷たい水滴が落ちてきた。
「冷っ!? そ、そうよ。こんな遅い時間にお邪魔するって迷惑だし、そもそも他人なんだから!」
意識が現実に戻る。黒鷺との距離感が近くなりすぎて麻痺していた。
「私は漫画の監修をして、そのお礼として食事をもらっているだけ。ビジネスライクな関係なんだから」
そう自分に言い聞かせながらも、ふと考える。
(でも、ご飯は美味しいし、気を使うことがない。話していると、いつの間にか笑っていて、安心するというか、自然な姿で……)
私は無理やり思考を止めた。
「マズイ……なんか、マズイ気がする……」
全てを流すように私はブクブクと湯船に沈んだ。
※※
翌日。
私は疲労と眠気が残る中、根性で起きた。久しぶりの一日休み。時間は朝というより、お昼前だけど。
「もう、昼ご飯でいいよね」
私は近くのカフェで優雅にランチセットを食べると、今日の目的を遂行するために歩き出した。
「財布か、キーケース……」
さまざまな店が並ぶ通りを歩く。服や帽子、雑貨などオシャレな商品が鎮座するショーウインドウ。
その中で皮製品の店が目に入ったのでドアをくぐった……のだが。
「良いのがなかった……」
クリスマス限定品などもあったが、黒鷺のイメージに合わなかった。カッコいいデザインのキーケースもあったし、似合わないわけではない。
ただ、しっくりこない。
しかも店員には、なぜか弟へのプレゼントって決めつけられた。私は、大学生に人気のキーケースありませんか? って聞いただけなのに。
「どうせ、年下の彼氏がいるようには見えないんでしょうけど……って、彼氏とか、そんなのじゃないし! 大学生なんて、子どもだし! 弟だし!」
ひたすら言い訳をしながら早足で歩く。そこで、ショーウィンドウに飾られたある物が目に入った。
なんとなく黒鷺が使っている姿が目に浮かぶ。違和感のない姿。
「……これ、いいかも」
私は吸い込まれるように雑貨店へ入った。
クリスマスグッズで飾られた店内。可愛らしいツリーやリースにくわえて、クリスマスソングまで降ってくる。
そんな中、私は棚に飾られた商品を見つけて、手に取った。両手に収まる丁度いい大きさと形。これなら実用的だし、邪魔にもならないはず。
「これが良いわ。黒鷺の机にあったし」
直感に任せて購入。そのまま、プレゼント用にラッピングしてもらった。
さっきまで悩んでいたのが嘘みたい。
「あ、これに合わせて、アレも買おう」
次の目的地が浮かんだ私は、ウキウキと足を運んだ。
こんな気分になるのは、何年ぶりだろうか。そもそも、誰かのためにプレゼントを買うことが数年ぶりのような。
相手の好みを推測して、喜ばれそうなものを選ぶ。宝探しのような、ドキドキとワクワク。すっかり忘れていた。
香ばしい香りに誘われて、次の目的の店へ。いろんな種類があって悩みそうになったけど、ここはオススメというホップを信じてクリスマスブレンドを購入。
プレゼントを一つの袋にまとめ、腕に抱えて道を歩く。
「これで、完璧ね。あ、久しぶりにクレープを食べちゃおうかな」
学生の頃、友達と学校帰りにクレープを買って無駄におしゃべりをした。ちょっとしたことでも楽しくて、今のようなウキウキすることが多くて。つい、懐かしくなる。
そこに、前から歩いてきた二人組の女の子の話し声が耳に触れた。
「すっごいカップルだったね」
「美男美女って感じ?」
「そう、そう。背が高くて、モデルみたいだった」
「モデルなんじゃない?」
「そうかも」
キャッキャと明るく楽しそうな声。
私もあんな感じだったなぁ、学生時代を思い返しながら、ますますクレープが恋しくなる。たしか、この道の角を曲がった先に店があったはず。
横断歩道の手前の角を曲がると、記憶通りにクレープ店があった。
「良かった。ちゃんとあった……?」
その光景を目にした瞬間、私の足が止まった。
周囲の雑踏が、音が、消える。
痛いほどの静寂が私を包み、視界が狭くなる。
呆然としている私の足に冷たい風が絡みつき、黒髪を巻き上げる。
――――その先には。
苦笑いをしながらクレープを食べる黒鷺……と、長身の美女。
「……だれ?」
私の口から呟きがこぼれる。
私の前で、長身の美女が黒鷺に微笑む。
高い位置で一つにまとめた、柔らかそうな茶色の長い髪。色素が薄い茶色の大きな目と、長い睫毛。筋が通った鼻に、ぷっくりとした魅惑的な唇。
モデルのように整った小さな顔に、大きな胸と引き締まった細い腰。健康的な浅黒い肌に、スキニーが似合う長い足。
モデルにした見えない二人が、笑い合いながら、お互いのクレープを食べ比べしている。
その姿は仲が良いカップルそのもの。
雑誌かドラマのような光景は、男女問わずに羨望の眼差しが集まる。
「……あぁいう子が好みだったのね」
腕に抱えているプレゼントが重くなり、食欲が波のように引いていく。
「……帰ろう」
私はクレープ屋に背を向け、逃げるように駆けだした。