クリスマスプレゼントですが、悩みます
病院の木々がイルミネーションで飾られ、街中ではクリスマスソングが流れる今日この頃。
今日の私は朝から病棟で仕事をしていた。
パソコンでカルテに記入しているところに、神妙な顔をした看護師長がやってきた。何事かと身構える私に心配そうな声が落ちる。
「最近は急患が続いてますが、明後日のクリスマス会は大丈夫ですか?」
「あぁ、手品なら大丈夫よ。新ネタも用意しているし」
「助かります。子どもたちが喜びますので。あ、すみません」
他の看護師に呼ばれ、看護師長がさっさと立ち去る。その後ろ姿にホッと息を吐いた。
「ミスとかじゃなくて、よかった。それにしても、クリスマスかぁ」
忘れていたわけではないが、もうそんな時期なのかと思う。
そこに若い看護師がコッソリと隣に来た。
「ゆずりん先生は、誰と過ごすんですか?」
キラキラ輝く目に、好奇心がこもった声。肌艶も良くて、若さがあふれている。
「柚鈴先生って呼びなさい。過ごすって、どういうこと?」
「クリスマスです。知っているんですよ?」
「な、なにを知っているの?」
若い看護師がぐいぐいと体を寄せて、内緒話をするように耳元で囁く。
「早く帰ろうとする日。あれ、デートなんでしょう?」
思わぬ言葉に私は笑いながら手を振って否定した。
「違うって。そんなんじゃないわ」
「えー。でも、早く帰る日の先生は、とっても嬉しそうですよ?」
早く帰れるだけでも嬉しいのに、漫画の監修で、黒鷺の美味しいご飯が食べられるから……って、そんなことは言えない。
私は誤魔化すように顔をパソコンにむけた。
「そ、そりゃあ、早く帰れるのは嬉しいもの。あなたも、そうでしょ?」
「だから、そうじゃなくて!」
若い看護師がもどかしそうに怒る。でも、本気で怒っているわけではなく、その仕草は可愛らしく見えるほど。
「もう! じゃあ、プレゼントとかあげないんですか?」
「プレゼント……」
いつもの料理のお礼に、プレゼントの一つぐらいあげてもいいかもしれない。
そう考えた私は若い看護師に視線を戻した。黒鷺より二、三歳上ぐらいだろう。
(これぐらいの若い子って、何が欲しいのかしら?)
まったく想像できない私は素直に質問した。
「あなたなら、どんなプレゼントがほしい?」
「私ですか? 私なら、バックか、靴か……あ、コートもいいな。あれ? 先生、プレゼントをあげる相手は女性です?」
「あ……」
根本的なところを間違えていた。これでは欲しい物など、ますます分からない。
考え込んでいると、若い看護師がムフフと笑いながら肘で私を小突いた。
「やっぱり彼氏じゃないですかぁ」
「だから、そういうのじゃないのよ」
「またまたぁ。で、クリスマスはどうするんですか?」
私の否定は否定され、その光景を見つけた看護師長が止めに入るまで質問攻めが続いた。
※
昼食。
病院の食堂で蕎麦を食べていると、トレイにカレーをのせた蒼井がやってきた。
「ここ、いいか?」
「どうぞ」
「サンキュー」
ため息とともに蒼井が私の前の席に腰をおろす。カレーのスパイスの匂いが鼻をくすぐった。
その顔は心なしか疲れているようで、イケメンが三割減……になることもなく、カッコいい。気怠そうな姿も、色気と哀愁が相まって絵になる。
「お疲れ?」
「あぁ。どこも人手が足りなくて、あっちこっちから呼ばれてさ」
「モテモテじゃない」
「風邪の診察要員で呼ばれても嬉しくない。オレの専門は形成だ」
「あー、外来は人がいないからねぇ」
この忙しさで徐々に風邪をひく職員も増えている。それは医師も例外ではない。
担当医でなくてもいい風邪の診察に引っ張り出される。
「世間はクリスマスだの、正月だので、賑わっているのにな。ま、毎年のことだけど」
「私たちには無縁の行事よ。あ、そういえば、蒼井先生はクリスマスプレゼントに何をもらったら嬉しい?」
「無縁の行事って言っておきながら、その質問かよ?」
カレーを食べながら呆れた視線を飛ばされた。
無縁の行事だけど、今年は関係があるんだから仕方ない。それに、この相談なら、蒼井以上に最適な人を私は知らない。
なぜなら……
「蒼井先生は毎年クリスマスに貢がれているでしょ?」
「だから、言葉のチョイス!」
なんか叫んでいるけど、無視して話を進める。
「たくさん貢がれているから、参考になるかなって。嬉しかった物とか、印象に残っている物とか」
「その前に、貢ぐというのをやめないか?」
「なんで? 事実でしょ?」
私が首を傾げると、イケメンが盛大にため息を吐いた。この外見で頭と腕も良いんだから、貢ぎたくなるのも少しだけ分かる。分かるだけで、貢ぐことはないけど。
「ほんと、そういうところだからな。見た目は良いのに、モテないのは。えっと、クリスマスプレゼントの話だったか。貰って嬉しかったのは……好みの物を貰った時だな。で、印象に残っているのは……」
「どうかした?」
蒼井のカレーを食べる手が止まる。先ほどとは違う、ナニかを吐き出すような深いため息。
「食べ物だな……昔、手作り菓子をもらったら、その中に髪の毛が……それ以来、手作りの菓子は食べられなくなった」
「そんなこと、本当にあるの!?」
背筋に悪寒が走った。口に入れようとした物から、そんなのが出てきたら……トラウマになって食べられなくなる。
ドン引きしている私の前で蒼井が額を押さえて俯いた。
「マジなんだよ……あれには、参った」
「モテる人は大変ね。あ!」
白衣のポケットから呼び出しコールが鳴る。確認すると外来から。
私は急いで蕎麦を食べ終えて、立ち上がった。
「ちなみに、どんな物だったら貰ってもいいと思う?」
蒼井が形のいい顎に手を当てて素早く考える。
「無難なのは、財布とかキーケースとかじゃないか?」
「そう。ありがとう」
「色は赤がいいな」
その言葉に赤い財布を持った黒鷺の姿が頭に浮かぶ。
「んー、なんかイメージと違うなぁ」
「オレって赤は似合わない?」
「いつから、蒼井先生にあげるクリスマスプレゼントの話になった……って、のんびりしてる場合じゃなかったわ。ありがとう、参考にするわ」
急いで食器を返却した私は外来へ走った。
(明日は休みだし、プレゼントを買いに行こうかな)
久しぶりの休日に気分が上がり……かけて、外来の受付の光景に足が止まる。受付にある椅子に座り切れず、立って待つ人まで。
(午後一番でこの人数……何時に終わるんだろう……)
弱きを振り払うように大きく頭を振る。
「いや、いや、いや。大丈夫! いつものこと!」
私は気合いを入れて診察室に入った。