表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/63

バイクですが、慣れました

 バイクが一定のスピードで走り抜ける。そんなに速くないとは思うけど、体に直接風が当たるのは少し怖い。


 そのせいか、私は黒鷺に強く抱きついていた。細く見える腰は布越しでも筋肉が分かるほど。体幹はしっかりしているので、安心感がある。



 と、ここで我に返った。



(これは大学生。大学生よ。大学生なんて、子ども。そう、子どもなのよ。初めてのバイクに緊張しているだけ。このドキドキは、緊張のせい。それだけ、なんだから)



 私は自分を落ち着かせるため、ひたすら心の中で呟いて言い聞かせる。



「ここですか?」


「へ?」



 顔を上げると、私が住んでいる三階建てのアパートがあった。新築なので外観は綺麗。オートロックもあるから安全、安心。

 しかも、職場行きのバス停はすぐそこ。ただし、最終バスの時間が早いのは残念ポイント。



「そう、ここよ」


「ちょっと、待ってください」



 先に黒鷺がバイクから降りてストッパーを下ろす。車体が安定したところで私は地面に足をつけた。

 揺れない大地、素晴らしい。



「ありがとう」



 ヘルメットを外して黒鷺に渡す。すると、黒鷺もヘルメットを外した。

 家に帰るならヘルメットを取る必要はないはずなのに。



「どうしたの?」


「病院まで送りますから、早く準備をしてきてください」


「え? いや、いや。そこまでは悪いわ」



 両手を振って断ったが、黒鷺が動く様子はない。なんか、変な方向で頑固なところがある。



 私は真っ青な空を見上げた。



 朝とはいえ日陰がない屋外は暑い。ここで待たせるのは気が引ける。



「じゃあ、バイクをそこの駐輪場に置いて、私の部屋に来て。オートロックだから、インターホンで私の部屋番号を押して。部屋は202よ」


「別に、ここで待っていますよ」


「熱中症になったら困るの。汗だくで待たれるのも、気分が悪いし」


「……わかりました」



 黒鷺がバイクを押して駐輪場へ移動する。同時に私は猛ダッシュした。


 アパートに入ると階段を駆け上がり、二階へ。


 玄関に鍵をねじ込み、勢いよくドアを開ける。そこで熱い空気に襲われたが、負けじと速攻でエアコンのスイッチを入れた。


 次に、散らかっている服や本をクローゼットに押し込む。

 とりあえず床が見えて、座れる場所があればいい……はず。引っ越した時から置いたままの段ボールは……見なかったことにする。


 エアコンから涼しい風が出てきた頃、インターホンが鳴った。



「どうぞ」



 入り口のオートロックを外す。あとは、シャワーを浴びて、昨日の化粧を落として。あ、着る服を準備しないと。


 動きながら考えていると、玄関のインターホンがなった。急いでドアを開ければ、薄っすらと汗をかいた端正な顔が。やはり、外で待たさなくて良かった。



「入って」


「お邪魔します」



 戸惑うことなく黒鷺が部屋に入る。部屋は急速冷房のおかげで、外より涼しい。


 私はリビングのソファーに案内して、冷蔵庫にあったペットボトルのお茶を渡した。



「これ、飲んでて。私はシャワーをしてくるから」



 それだけを言い残し、お風呂にダッシュする。素早く化粧を落とし、シャワーを浴びて汗を流す。


 スッキリしたところで着替え。


 選んだのはベージュのワイドパンツに、ピスタチオカラーのダボッとしたカットソー。風通しが良く涼しい服装。


 着ていた服は洗濯して返さないといけないが、今は時間がない。

 急いでリビングに戻ると、気持ちいいエアコンの風が迎えてくれた。



「お待たせ」


「早いで…………すね」



 振り返った黒鷺の動きが止まり、間抜けな顔になる。



(なに? その鳩が豆鉄砲くらったような顔は?)



 私はタオルで髪を拭きながら睨んだ。



「私の顔に何かついてる?」


「いや、別に……」



 黒鷺が顔を逸らす。口元を押さえて、なにかを堪えているような仕草。



(あれ? 頬が少し赤い?)



 私が首を傾げていると、黒鷺が顔を背けたまま手で追い払うようなジェスチャーをした。



「さっさと髪を乾かして、化粧をしてください。時間がないんでしょう?」


「あ、化粧をしていないから、見苦しいってこと!?」



 化粧について喧嘩売るなら、もれなく買う。

 私だって、好きで化粧をしているわけではない。だが、化粧をしないと、いろいろ言われるため、渋々している。


 怒る私に黒鷺も怒りで返す。



「どこをどう解釈したら、そうなるんですか!?」


「さっさと化粧をしろって、そういうことでしょ?」



 私は頬を膨らましながら、ドライヤーを手に取った。髪を乾かしていると、黒鷺が何かに気づいたように額を押さえた。それから、言葉を選ぶように悩む。



「そういう意味ではなく……あぁ、もう手伝いますから、早くしてください」


「どういうこと?」


「僕が髪を乾かしますから。その間にファンデーションと口紅と眉ぐらいは出来るでしょう?」


「むー」



 私は不満に思いながらも言葉に甘え、髪を乾かすことは任せた。それだけ時間がないのも事実で。


 黒鷺が慣れた手つきで髪を乾かしていく。髪を掬うように持ち上げ、その隙間を温風が流れる。



(あ、これ気持ちいい)



 ウットリしかけていると鋭い声が落ちた。


「さっさと化粧をしてください」


「わ、わかってるわ」



 黒鷺の声で現実に戻った私はファンデーションと口紅と塗り、眉を描いた。

 それから乾かしてもらった髪を軽く一つにまとめる。



「よし! 完成!」



 時間もギリギリ間に合いそう。



「では、いきましょう」


「お願いします!」


「次はないですからね」



 しっかり釘を刺されながら部屋を出る。



(すみませんね、ダメな大人で)



 駐輪場に移動した私は、さっきよりスムーズにバイクに跨った。

 私のドヤ顔に黒鷺が肩をすくめてバイクを発進させる。



(直接風が当たるのって、気持ちいいかも)



 慣れてきたのか、周囲の景色を見るぐらいの余裕が出てきた。並走している車の運転手につい目が移る。


(あ、あの人、運転しながら朝ご飯食べてる。おぉ、あの人は信号待ちの間に化粧をしてる)


 人間観察に気を取られ、いつの間にか病院の裏口に到着していた。職員用の出入口から少し外れた場所にバイクが止まる。



「ここで、いいですか?」


「ありがとう。助かったわ」



 私はヘルメットを外して黒鷺に渡した。



「昨日、着ていた服は洗濯しています。もうすぐ漫画の監修をしてもらいますので、その時に返しますから」


「あ、それより借りた服を洗濯して返そうと思うんだけど、すぐにいる?」


「姉の服なので、いつでもいいです。当分、帰ってこないでしょうし」


「お姉さん?」


「はい。海外でバックパッカーをしています。いつ帰ってくるかは不明なので」



 姉がいるとは意外……でもないか。年上の女性慣れした感じがあるのは、お姉さんの影響かも。



「もしかして、私が寝ていた部屋は……」


「姉の部屋です」


「そうなんだ。あ、髪を乾かす時に慣れた感じだったのも?」


「姉の風呂上がりに、させられていました」



 やっぱり、と納得したところに他の声がした。



「あれ? ゆずり先生。こんな所で、どうした?」



 軽い口調と、この呼び方。顔を見なくても誰か分かる。

 声がした方を向くと、予想通りのイケメンがいた。



柚鈴(ゆり)だって言ってるでしょ? 蒼井先生」


「はい、はい。それより、午前の診察が始まるぞ」


「分かってる。黒鷺君、ありがとうね」



 私は手を振って走り出した。



「……すっぴんの方が可愛いって、卑怯だよな」


「ん? なにか言った?」



 微かに聞こえた声に足を止めて振り返る。しかし、黒鷺は何事もなかったかのように、バイクに跨っていた。



「空耳かな」


「ゆずり先生、遅刻だぞ」


「だから、柚鈴だって!」



 私は叫びながら建物に入った。



これで毎日投稿終了です

来週からは週二回投稿しますヽ( ̄▽ ̄)ノ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
よければ、ポチッとお願いします(*- -)(*_ _)ペコリ
作者が小躍りしますヽ(・∀・)ノ━(∀・ノ)━(・ノ )━ヽ( )ノ━( ヽ・)━(ヽ・∀)━ヽ(・∀・)ノ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ