近藤 ①
敵との戦いが始まります。①って書いてある通り数話跨いでの戦闘になりますが、ご了承ください。
では、どうぞ
宿に戻ると、ちょうど夕食の時間だった。
「美味いな、このステーキ。何の肉だ?」
「これは鹿の肉ね、結構いけるでしょ」
やはりというかなんというか、この世界の食文化は俺の世界のものとはかなり違う。しかし美味いものも多いのが事実だ、事実この鹿肉もかかっているソースも絶品だ。この肉の扱い方をわかっている、といった妙な安心感を感じる味が心地よい。
「逆に、あんたの居た世界では牛肉の方がメジャーなんてのも意外よ。あんなの最近流行りのジビエってやつじゃない。珍しさだけで、ちゃんと調理できてないのよアレ」
「ステーキくらいなら俺にも作れるな、今度材料があったら作ってみようか」
「ぜひ食べてみたいです!」
一見おとなしそうに見えるエレオノールが食に貪欲というのは、やっぱり違和感がある。俺と同じ鹿肉のステーキを三皿、そんなに多くの食い物がどこに溜まっているのやら。その後も適当な雑談で盛り上がり、エレオノールが六皿目に突入しようとしたところで今日はもう、部屋に向かう事となった。
寝付けない。遠足に行くわけでもあるまい、というか明日はそんな軽い気持ちで臨めるような事をするわけではないのだ。しかし、このどうにもならぬ胸の高ぶりが俺に寝るなと言っているのだ。
「外の空気でも、吸ってみるか」
部屋に取り付けられた窓を開けてみる。ビュウウと強めの風に思わず目を瞑ってしまった。窓から顔を出して深呼吸一つ、ふと上を見上げると満天の星空がそこにあった。
「あんたも眠れないの?」
なんとなくで登った屋上、そこにいたのはアミフィアだった。
「ああ、本当なら早く寝ないといけないのにな」
「当たり前よ、ってそう言うあたしがまだ起きてるんだから文句付ける資格ないけど」
満天の星を彩る天球、街灯が少ない分街の中でも星明りが綺麗だった。
「きれいな、星空だな」
「何それ、告白?」
意地悪そうに笑うアミフィアをなぜか直視できない。確かに彼女は顔も整っているしスタイルもいい、おまけに俺を助けてくれた恩人だ。って何を考えているんだ俺は、思春期男子特有の勘違いに陥ってしまいそうな俺が恥ずかしい。
「フフッ、耳まで真っ赤よあんた」
「別にかまわねえだろ、これまで同世代の女と話すことも少なかったんだし」
「そう、まあいいけど別に。ところで、あんたの居た世界の星空はここと比べてどうなの?」
「お世辞にもいいとは言えんな。街にはここよりも街灯が多くて、電気の明かりしか見えなかった」
「ふーん、でもそれもなんか面白そう。ほら、こっちはまあ電気の普及しているところもあるけどまだまだじゃない。一度そう言う景色も見てみたいわね」
隣の芝は青く見える、とはよく言ったものだが強ち間違いでもないらしい。腐るほど見てきたもとの世界の風景、もう見れないとしたら少し寂しい。
「この戦いが終わって、俺がもとの世界に戻れたら見に行けるかもな」
「あんた、いちいち言うことが大きいのよ。戦いが終わったらって、まだ始まってもいないのに。ま、小さい事ばかり気にしてるやつの方が気に入らないけど」
そういって柔らかく微笑んだ。かと思えば、少し真面目な顔になって。
「あたしはね、ここの星空が好きなの。いつまでも変わらないでって、そう思ってる。でもね、星空と違って私たちは変わらなければいけない、変えなければいけない。たとえ今夜でこの景色とお別れになるとしても、あたし達は前に進まなければいけないの。ねえ亮介、あんたにはそれくらいの覚悟がある?目的を成し遂げるために死ぬ覚悟が」
それは、弱音だった。本当はアミフィアだって怖いのだ。二人とも俺と同じくらいの年齢、ありきたりで何でもない名字として産まれた俺と宿命に名字として産み落とされた彼女たち。あんな平凡な人生を贈っていた俺だって怖いのだ、アミフィアが今の状況を恐れないはずがない。
「ああ、ここから先に待っているのは修羅の道だろうな。確かに、いつ死んでもおかしくないような危険な道だ。そして俺は死ぬのが怖い、前に電車に轢かれたときみたいな恐怖は、もう二度と味わいたくないさ」
「じゃ、じゃあ」
「でも、俺は逃げない。覚悟があるなんて言ったら嘘になるが、それでもダメでもともとな二回目なんだ。それを二人に救われちまったからな、最期まで俺はこの拳を振るうって決めたんだ」
そう、それが俺の本心だ。嘘も誇大もない本音、きっとそれはこの先の戦いに身を投じても変わらないだろう。
「馬鹿ね、それを人は覚悟っていうのよ」
そう言ったアミフィアは、泣いていた。幼子のように目を腫らし、頬を無数の水滴で濡らしながら。
「少し気が楽になったわ、ありがとう。明日はあたしたちが戦うから、しっかりと目に焼き付けておきなさい」
「ああ、そうさせてもらう」
「死ぬのは怖いけど、私は誰にも負けない。行けるところまで、私の全てをかけるわ」
風が強くなってきた、「もう寝るわ」と言ってアミフィアは先に部屋に戻っていった。
「俺も、寝るか」
燦々と輝く星々を後に俺も部屋に向かった。
翌日は怒涛のように過ぎていった。朝起きたら二人に呼びだされて、昼過ぎまで作戦会議をした。会議が終わると部屋から無理矢理追い出されて着替えを始めた。俺もあらかじめ用意してもらった装備に身を包んで、宿の近くで最終調整をすることにした。
「こんな所に居たのね、早く来なさい。エルも待ってるわ」
着替えが終わったようで、アミフィアが俺を呼び出しに来た。普段とは打って変わって、凛々しいパンツ・スタイルに身を包み両前腕と脛には鉄の防具、曰く早く動ける方がいいのだとか。背中には身長とほとんど同じ長さの大弓を抱えている、矢が無いのが奇妙だがこれがアミフィアの『慣れた武器』というやつらしい。
「呼んできましたか、フィア。もうすぐ出ますよ」
連れ戻された宿で待っていたのは、エレオノール。白いローブに身を包み、昨日も見た杖を片手に装備している。その姿はまさに王道の魔法使いといった感じで堂にいってる。
「さあ、出発よ!」
アミフィアの掛け声を合図に、俺たちは宿を発った。
その屋敷は、街の中心にある。『近藤』はこの付近一帯を支配する佐藤勢の幹部クラスの人材だと、二人に聞いた。
「準備はいい?」
俺とエレオノールが、コクリと頷く。圧倒的な威圧感を誇る『近藤』の屋敷、入るのにもう少し心の準備というやつがしたかったがそんなに悠長にしている暇もない。ギイィと大きな音を立て扉があいた。
「誰もいないようですね」
「もぬけの殻ってやつか?」
玄関から廊下を抜けて、いくつかの部屋を調べた。屋敷の中はどこも真っ暗で、時たま差し込む月明かりが無ければ前すら見えなかった。
「ここまで人の気配はありませんね、護衛の一人も見えないなんて……」
「あたしたちの事をおちょくってるのよ、まったく嫌な性格してるわね。亮介!ちゃんと着いてきてる?」
「ああ、何とかな」
階段を上って二階に上がる。ここにも人の気配はない。
その直感は正しかった。この階にも人はおらず、俺たちは心なしか拍子抜けしたような、少し気の抜けた雰囲気になってしまった。
「次が三階、確か最上階だよな」
「ええ、もしかして逃げられたのかしら。他の仲間と合流でもされてたら大変だし、そういうことが無ければ良いけど」
エレオノールを先頭に三階に向かう。最初のうちこそなんて事の無い歩みだった。しかし半分くらい登ったところだろうか、体がビリビリと引き裂かれるような得体のしれない何か。
「おい、これって」
「間違いないわ、確実にこの上にいる。エル、準備はいい?」
「静かに二人とも、何か来ますっ」
ドンドンと、俺の髪を翳めて通り過ぎて行った何かが音を立てる。祭囃子の太鼓のようの音色だが、それに込められたものには決定的に違う何かがあった。それは恐怖だ。有無を言わさぬ恐怖。本来なら俺自身が感じてしかるべきものが、そこに実体をなしていた。ドス黒く、禍々しい、純粋な恐ろしさが確かにそこにあった。人間、ここまでの恐怖に直面すると息をすることさえもためらってしまう。
「ビビってる暇はないわよ、あれを見なさい」
そう言われて前を見ると、階段を抜けた先の廊下に明かりがともる。まるで俺たちを待っていたかのような燭台たちは、廊下の先の大扉までの道を指し示していた。
「行くしか、無いよな」
アミフィアとエレオノールもうんと頷く。目の前の恐怖は、まだ消えない。しかしそれでも俺たちは歩みを止めることを、許されなかった。
木製の大扉は思ったよりもすんなり開いた。
「よお、ガキ共。待ちわびたぜ」
俺の前に顕現した恐怖、圧倒的な威圧感がそこにいた。
次回も来週には投稿します。コロナのせいで家にいる時間も、僕の小説を読んで少しでも元気になってくれると嬉しいです。