始まりの街
一週間ぶりですね、今回は街を探して歩き出します。
いったいどれくらい歩いただろう。残念ながら、俺の身に付けていた電波時計は歩き始めた時点から全く動いてくれない。ここまで開けた場所で電波が受信できないことには違和感もあったが、今はそれを気にしても仕方がない。大体何時間くらいたったのかと言われれば、体内時計のみの勘定になるが大体十二時間くらいだろう。もともとサッカー部なので体力はある方だったのだが、ここまで飲まず食わずで歩き続きけられるとは、正直自分でも驚いている。しかし
「もう、限界か……」
流石にここら辺が体力の限界だった。ゼエゼエ吐く息の音が分かりやすく全身に伝わっていく。
あの後すぐに夜が来た。周りに街灯の類は無かったが、その代わりに星明りがよく煌めき、視界が閉ざされることは無かった。道中、気まぐれにしてみた天体観測では特に習った覚えのある星は見つけられなかった。こんなことで不真面目な授業態度を反省するとは、なんだか複雑な心境だ。
そんなことをしながら数時間、俺の歩く道にも朝が来た。前方から上る太陽は高度が上がれば上がるほど、じわじわと熱をまし俺の体力をそいでいく。そしてここまで続いてきた登り坂とどめを刺されたという訳だ。
近くに大木を見つけて腰かける。木陰はひんやりとして気持ちがいい。地面は高さのまばらな雑草が生い茂っていて座り心地はよくないがもう体は限界だ。少し腰を落としただけで瞼が重くのしかかる。眼前が暗転しもう眠ってしまおうかという直前、五百メートルほど先に何かが見えた。ここまで嫌というほど続いてきた草原ではない
「あった、街だ……」
渇いたのどから、掠れるような声を出す。目の前にあったのは街だ。もう動かないと思っていた身体が、脚が、力強く動き出した。
整然と敷き詰められた石畳、木組みの装飾と色鮮やかな屋根の家々はさながらアニメーションの世界に入り込んだようだ。街に入ってからはこうした驚きの連続で、高鳴る胸の鼓動に合わせて俺の歩幅も心なしか大きくなっていた――筈だった。
「なんなんだよこの街は、どこへ行っても読める文字が無いじゃねえか」
街に入ってからもう二時間ほどたった。この街は中心にそびえる巨大な塔から数本の道が放射状に延びそのあいだを網の目状に小道が通っている、というものだ。これならレストランもホテルも、何の苦もなく見つけられると思うだろう、そう思っていた。しかし現実とはあまりにも非情なもので、この街で使われている文字はおおよそ俺の知らないものだ。店の看板、街を示した地図、人の会話さえ俺には何一つ理解できない。よくある陳腐なラノベなんかだと日本語はあらゆる世界の公用語、どんな世界のどんな種族の生物だって日本語を話すのだ。しかしこの街ではその万能公用語すら通用しない、どうか次の店には日本語が書かれていてくれ。そう願い次の建物に目を移す。
『飯田〇>☆(飯田の文字以外は何を書いているのかわからない)』
ふざけているのか、何が何だか訳が分からない。頭の中が一瞬白くなり、周りの会話がよく聞こえてきた。
「近藤――」
「――――茨田」
『近藤』、『茨田』……日本人の名字だ。間違いない、確かに会話の中に日本人の名字のように聞こえる部分がある。洋画を見ている時に空耳のようなものではないしさっきの看板のこともある、これはきっと偶然の産物じゃないだろう。辺りを見回すと、看板に、商品の値札に、あらゆる場所に日本でもよく見た名字が刻まれている。しかしそれ以外に掛かれている文字は文字と呼んでよいのだろうか、何一つ読める気がしない。訳の分からない場所で目覚め、やっとの思いで街についてみれば言葉すらわからずじまいときた。
これはきっと夢なんだ、なんて雑なつくりの夢なんだろう。おそらく電車に轢かれたあのくだりから、実際はそんなことは起こってすらいなくて、目を覚ましたらそこは俺の部屋のベッドの上なんだ。そうだ、そう信じることにしよう。どのみちもう体は限界に達している。近くの路地裏で体を休めよう。宿が取れればよかったのだが、言葉もわからない人間を泊める宿は無いだろう。
薄暗い路地裏で身体を縮めていると不思議と謎の安心感があった。ここならだれかに訳の分からない言葉で話しかけられることもないし、もしこれがたちの悪い夢ならここで寝てしまえばきっと元に戻るだろう。眠りに付こうとする中で、俺は二つの問題について考える。
一つ目はこの場所の事。ここは明らかに東京ではない。それはわかりきったことだ。だが仮にそうだとしてどうなる、異世界に転生して~なんて陳腐なライトノベルではよく見る設定だがそんが実際にあるはずがない。第一あの世界は転移した彼らが中心にいるような世界しかないではないか。まあここが異世界だとわかったら、真っ先に元の世界への帰還の事を考えよう。
二つ目は言語。ここがどのような場所であったとしてもここに住む人々の使う言語が分からないのは確定済みだ。まずはどうにかしてコミュニケーションをとる方法を考えて語学の習得をしなくてはならない。まあそれは、ひと眠りしてからしっかりと考えるでもいいだろう。
「相当ヘビーな所だな、ここは」
恨み節ともに瞼を閉じる。肉体的にも精神的にももう参ってしまった。せめてこのまま起きたら、ここまでの状況よりはよくなっていることを祈ろう。そうして俺の今日という長い一日が終わった。
身体に違和感を感じる。なんだこの感触は……まだ寝たりない眼をこすりながら傍らを見れば人影が、どうやら俺はこいつにゆすり起こされたみたいだ。こんな浮浪者も同然の俺を、御苦労なことだ。
「※〒ς▽∍℅?☆☊◊☌(やはり何を言っているのかわからない)」
声をかけている、案の定意味が分かるはずもないのだが。その声を聞いているうちにだんだんと視界も明瞭になってきた。俺をわざわざ起こしてくださった声の主はどんな奴だろう、伝わるはずのない文句でもつけてやろうか。声の主はどうやらこの少女らしい。美人ではないが可愛らしく整った顔の少女だ。思わず面喰って文句をつける暇もなかった。紫紺の瞳をキラキラと輝かせて何か訴えかけている。が、悪いがそれに答えてやれるほどの言語能力は俺に無い。
「◆◊℅♨◎☉」
そう言いながら手のひらを前に突き出すと彼女は突然路地裏の外に出てしまった。相変わらず言葉の意味はわからなかったが、彼女のジェスチャーを見るに「待っていろ」というような意味だろう。
少し待ってやると、後からもう一人の少女が路地裏に入ってきた。杖を持った銀髪の少女だ。顔を真っ赤にして汗で身体を濡らし、ここまで全速力で走ってきたらしいことをアピールしている。茶髪が銀髪の前で手刀を切って何やら頼んでいる。疲れ顔の銀髪はやれやれといった表情で頷き、俺の前で杖を構えた。ここまで呆気にとられるばかりだったが、これには何か身の危険を感じる。それを見た銀髪は顔に微笑みを浮かべ
「○△⤵◎▽?!*」
たぶんこれは俺を安心させるための言葉だろう。俺の動きが止まった隙に詠唱的なものを始める。もうここには逃げ場もないし、俺が抵抗してもたぶん勝てない相手だ。もう諦めてこの魔法的なものをくらってしまおう。
数秒の時間を要した詠唱が終わると、俺の身体は光に包まれた。瞬きの間に光は消えたが、別に痛くも痒くもない。まったくのノーダメージだ。
「これで通じるようになったかしら、とりあえず着いてきて」
そう言った茶髪に腕を引かれるまま、俺は朝方の大通りを疾走した。
理由はよく知りませんが筆者の通う学校がおやすみになったので、来週からはしばらく週二話投稿をしてみます。
P.S. 感想をもらえるととても嬉しいです、筆者が喜びのあまり踊りだします。時間のある人はお願い申し上げます。