近藤 ④
近藤編完結です!果たしてこの戦いの結果やいかに……まあ鈴木クロニクル自体はしばらく続くので、よろしくお願いします
近藤の姿が、消えた。さっきのような突進を警戒していたが、どうやら戦い方を変えるらしい。それにしてもどこにいるんだ、近藤の姿はまったく見えない。
「横、後ろ、前、確認が甘いなぁ。それだから俺には勝てないんだよ」
「上かっ!」
「もう遅い!」
近藤の全体重を乗せたボディプレス。バックステップで避けたつもりになっていたが間に合わなかった。
「脚が……」
「ちっ、反射神経はかなりいいようだな。これなら教えなきゃよかったぜ」
左足の痺れは残るが、何とか再起不能にはならずに済んだ。ここぞとばかりに一撃を叩き込む。
「グッ、てめえ」
ボディプレスを打った相手の反動を利用した蹴り、そのままマウントポジションを取る。近藤に降り注がせるのは拳の暴風雨、ガントレットを付けていようといまいと関係ない。ただ体重を乗せたパンチを打ち続ければいい。
「これで、勝てる!」
「果たして、本当にそうかねえ?」
フッと近藤がほほ笑んだ。一瞬の隙を突かれ右から手打ちが飛んでくる。転がるようにして何とか避けきる。
「こいつを避けるか、やはり速さは至高の領域に近い……」
「だろ、素人だと思ってなめられちゃ困るぜ」
それを聞いて近藤は大声を出して笑い出した。
「亮介、お前まだ自分の状況が分かってないようだな」
「ん、状況だと?」
「ああ、そうさ。マウントを取られた状況での俺の手打ち、当然威力なんてもの出るはずもないんだが――判断を誤ったな」
気づくのが遅すぎた。俺に格闘技に関する知識なんてものは一切無い、もちろん喧嘩に関してもだ。近藤はそれを見抜いた。見抜いたうえでの一手、気付いた頃にはもう遅い。ボディプレスの時に手放した剣を回収した。
「ふんっ」
大きく振りかぶった一撃、だがきっとこれはフェイク。本当に狙っているのは中心、蹴りだ。脚を受け止めてもう一度俺のペースに――
「残念!剣への注意がおろそかなんだよ」
左半身を爆撃が襲う。近藤の能力、攪乱やこけおどし目的に使ってもパワーがある。
「厄介な能力だ」
まずはあの剣をどうにかしよう、近藤本体とやりあうのはその次だ。そう考えている間にも攻撃を受ける。大剣をナイフのように使った、さっきと同じような連撃だ。ただ一つ、さっきと完全に違うのは振った先々で爆発を起こしているという事だろう。大小さまざまな爆発のせいでタイミングは全く読めないし、耳も痛い。集中とは完全に切り離された戦況だ。その中でも何とか近藤の斬撃兼爆撃を避け続ける。だが、やはりこれは長く続かない。もうそろそろ耳が聞こえなくなりそうだ。
「『あれ』を使ってもらわないと厳しいか」
右、左、今度は上。避け続けるだけで反撃はしない。これがいつまで続くかはわからないが、今の俺が一人で近藤に勝つことは不可能だ。それは否というほど分からされた。だからこそ『あれ』がすぐに発動する事に賭けて、ゼロにも百にもならない可能性を信じて、俺はただ耐える。
「もう反撃する気はないか、つまらんな。俺だって不本意だがもういい、死ね」
真上からの一撃、脚を踏まれているがもう俺に逃げる気はない。いくら健筋を避けても、爆風だけは避けられない。血はだらだらと体を伝い、もう何本かの骨は折れている。ここで逃げたところで意味は無いのだ。だからこそ、俺は信じる。ここから逆転しうる一手を、『あれ』が発動し、最後の戦いに近藤を持ち込むことを。
時間が、いやにゆっくりと流れる。あの時と同じ感覚だ、電車に轢かれ意識が朦朧としていたあの時と。確かあの時は走馬灯を見た。しかし今見えているのは目の前にいる近藤の姿、俺の足を踏みつけて片手で大剣を振りかざしている。そこから振り下ろす姿も実にスローだ。その無限の時間で、俺は考える。どうしたら俺は勝利できるのか、どうすれば目の前の男を倒せるのか。みぞおちに一撃加えてみようか、どのみち剣で切られて爆発させられる。ではヘッドバット入れるか、前に行ってはだめなのだ。じゃあ後ろに下がって隙をつくるか、脚を踏まれている以上その動きは難しいだろう。
振り下ろされた剣が俺の頭頂部に達する。ああ、ここで俺は死ぬのか。そう思ったその時だ。
「何っ!?身体が、動かねえ……」
来た。賭けに勝ったのだ、俺は。迷わず頭上の剣の側面を殴りつける。これまで聞いたこともない大爆発、爆風で吹き飛ばされそうになるがここで隙を見せてしまえば近藤に勝てるチャンスは二度と来ないだろう。爆発に耐え、粉塵の中から顔を出したのは刃が無くなった近藤の大剣。
「アミフィアが打った矢、シラハ。あれはただ強いだけの攻撃じゃない、食らった相手を一度だけ使用者が操れる。文字通り必殺技なんだよ」
「大した自信じゃねえか。まあ結構驚かされたが、だがまだ俺を倒すには至らない。ただお互いの条件を一緒にしただけのこと」
「ああ、だからこそアミフィアがくれたチャンスを俺が繋ぐんだ。殴り合いだったらお前にも勝てる」
先手を取ったのは俺だ。何もつけていなかった右手はもう完全にいかれてしまっている。ガントレットを嵌めた左手での一撃、近藤は右足の前蹴りで応戦してくる。
「さあ、仕切り直しと行こうぜ」
「ああ、これで本当に終わらせてやる!」
殴っては躱し、相手の次の行動を読んでそれに備える。そんな戦闘がもう一時間は続いた。パワーでは俺が上回っていると思ったが、身体を爆発させた勢いで殴る事で、もともとのパワーと合わせて俺を軽く上回る力を出してきた。完全な膠着状態、このままではスタミナで大きく下回る俺の方が圧倒的に不利になってしまう。
だが、そんな勝負の終わりはあっけなく訪れた。近藤に次の打撃を入れようとした瞬間、小さな爆発音とともに俺の世界が百八十度入れ替わった。
「そろそろ限界だったろ、結局戦いってのは頭を使ったやつに軍配が上がるのさ」
近藤が行ったことは間違いなかった。ここまでの戦いの中、俺はただ近藤に拳を充てることだけを考えて腕を振っていた。それは近藤も同じだと、そう思っていた。だがそれは大きな間違い、近藤は全て計算しつくしたうえで俺の攻撃を捌き、俺に攻撃を与えてきたのだ。近藤が多く当てていたのは俺の右脚、それ以外の打撃はただの牽制にすぎなかったのだ。そして疲れ切った右脚を少し爆発させてやる。これで近藤は俺に勝ったのだ。殴り合いの中で気づけなければ意味もないが。
「じゃあな、これでお前との戦いも終わりだ」
実に大ぶりな、とどめの一撃。アミフィアとの戦いのときはその隙を利用してこちらが仕掛けられた。しかし今の俺は身体が動かない。完全に負けた、そう自覚して目を閉じる。真っ暗な世界の中で、俺はただ死の瞬間を待つのみだ。
「結局、俺じゃ無理だったんだな」
異世界に転生して敵を倒す、そんなのは結局俺の役目ではなかったらしい。少しの見せ場も無しに俺は死ぬ、たぶん二回目は無いだろうと一度こうして転生した者の勘が言っていた。
ああ、ここで俺もアミフィアもエレオノールも死んでしまうのか。アミフィアとエレオノール、真っ暗な世界の中に二人の姿が見えた。まだ出会って数日の二人だったが、この世界を俺は一人で生きていくことはきっとできなかっただろう。
「大見得きって出しゃばったのに、このザマかよ……」
頬を一筋の涙が伝う。ああ、やっぱり俺は死にたくない。これからも二人と一緒に居たいし、三人で戦いたい。何よりも俺の後ろで、二人に死んでほしくない――
閉じていた眼を見開き左手で顔面を守る。近藤の拳をとらえそのまま二の腕にかぶりついた。肉を引きちぎろうとする姿は獣同然だったが、今はそんなこと気にしていられない。
「俺は絶対に勝つ、何をしても勝つんだ。勝ってアミフィア達とこの世界で生きていたい!」
そのまま近藤を抑え込み馬乗りの姿勢になる。あとは無心で、ただ殴り、喚き散らした。近藤の纏っていた鎧を破壊し、顔面を数倍にまで腫れあがらせてもなお殴り続ける。
「俺は勝ったんだ。見たか近藤、これが俺だ。お前を倒したのは俺なんだ。天江を倒した俺はの名は、鈴木亮介だ!」
近藤の顔から生気が消えた。首も手首もめちゃくちゃで脈は取れそうになかったが、近藤は確かに死んでいた。
「近藤を、倒した。亮介あんたやったじゃない!」
「ええ本当に、ありがとうございます。亮介さん」
アミフィアとエレオノールが、這いつくばりながらも寄ってくる。
「それで、どうするの?これからもあたしたちと戦う?」
「ああ、もちろんだ」、そう言うつもりだったがもう声も出ない。腕も足も、もう一切動く気配が無かった。だが、
「ええ、大体わかったわ。これからもよろしくね、亮介」
二人は簡単に、俺の心を読んでしまった。そう、これは始まりに過ぎない。近藤を倒したらまた次の敵が出てくる。次の敵を倒したらまた次の敵……きっとしばらく終わることは無いだろう。そしてその戦いの度に、俺たち三人は死に直面することになるだろう。だが俺はもう逃げない。見学としてではなく最初から、鈴木の戦士として二人と戦うと心に誓った。
いつの間にか夜は明けて、差し込んだ朝日は俺を明るく照らし出していた。
来週は作者の都合上お休みします。学校再開により、かなり忙しくなるのでこれからしばらくは隔週投稿になりますがどうか温かい目で見守ってください!