第6話 おじさん、幼馴染にプロポーズ?する
ギルド内にある冒険者達の待機フロア――という名の酒場に、腰を据える。
ここはライセンスを持たない人々にも開放されていて、村人達の夜は大抵ここで一杯引っ掛けるところから始まる。
もちろん昼は昼で、ランチ目当ての客で賑わっている。
取り急ぎエレナはドミニクさんの醸造所が卸しているエールを、僕はいつもの薬湯を頼んで。
「まったくかわいいもの頼むよな、アルは。女子か?」
「気をつけてるんだよ、君みたいに酔わせて襲おうとするヤツがいるから」
「なっ――おま、ち、違、そんなことしてないだろ! もう! バカ! バカ!」
「ちょ、痛、エレナ、冗談――げっほげほげほげほげほ!」
「すすすすまん! 大丈夫か、アル!」
おふざけにしては叩く力が強すぎる。
腰に続いて背骨まで砕かれるかと思った。
どうにか僕の呼吸が落ち着いた頃に、頼んでおいたフィッシュアンドチップスがテーブルに届く。
ついでに、給仕係のメリッサのウインクも。
「珍しいわね、アルフレッド先生。こんなガサツな酒場に」
「森ではありがとう、メリッサ。あまり顔出せなくてごめん。今日はエレナの手伝いでね」
「小さな子供がいると大変よね。昼間でいいなら、アタシと一杯どう? 今週末は空いてるし、うちの妹なら喜んでカレンちゃんの面倒見てくれるから」
メリッサは優しい人だ。
時々、うちに料理を差し入れてくれたり、妹のサリッサ――村の学校に通う生徒で、僕の教え子でもある――と一緒にカレンを外へ連れ出してくれる。
自警団の一員も務めていて、元は冒険者だったらしいが詳しく聞いたことはない。
僕は他人の過去について知るのを、できるだけ避けている。
理由はもちろん、自分の話をしたくないから。
「オイ、仕事中だろメリッサ。向こうのテーブルでジョージが待ってるぞ」
「あら怖い。エレナ、先生をデートに誘うなら、私の目が届かないところのほうがいいわよ?」
「デデデデデデートじゃない! 仕事の話だ! もう、早くあっち行けよ! あとエールおかわり!」
「昼から飲みすぎないでよね、“鬼神”さん。じゃ、予定空けといてね、アルフレッド先生」
いたずらっぽい笑みを残して、メリッサは去っていく。
エレナは、勢いよく飲み干したエールのジョッキをダンッと置いてから、溜め息をついた。
「……まったく、嫌な仕事だ。ファドとミド、だったか……あんな子供を脅さなきゃいけないなんてな」
「へえ。“鬼神”様の口からそんな台詞が聞けるなんて、驚きだよ」
「やめろアル、そのあだ名をつけた奴は鼻が曲がったまま戻らなくなったぞ」
相変わらずサラッと怖いことを言う。
僕は苦笑しながら、ゴブレットを傾けた。
「あの獣人をエサにして残りの連中をおびき寄せる、か。ちゃんと手伝ってくれるんだろうな、アル? 相手はB級とはいえ魔法使いなんだろ?」
「もちろんだよ。多分、連中はチヅルさんを狙う前に、獣人達を取り戻したいはずだ。バラバラに戦ったんじゃ僕には勝てないって分かってるだろうし。よそに増援を頼んでるうちに、王都から保護官が来たら全部おしまいだ」
奥の手の上級魔法すら封じられ、真正面から叩き潰されたことを忘れるほど馬鹿な連中じゃないはずだ。
少なくとも、あのレオンという魔法使いは。
「……なあ、さっきの【錆付き】。どうやったんだ? いくらお前でも、あの一瞬では無理だろ?」
「普通の方法だよ。君が見てない時にあらかじめ魔法をかけておいて、じわじわ腐食させただけ」
「お前……あたしの剣にそんな魔法を仕込むとは、いい度胸してるな」
【錆付き】のような非生命体に干渉する魔法は、難易度が高くない。
無詠唱はもちろん、無動作無呼吸で使うのも難しくない。
「エレナこそ、いつもの剣じゃなかっただろ? 付与魔法がかかってなかったし」
「まあアルが止めてくれると思ってたからな。台無しにされてもいいヤツにしといた」
これだから元S級冒険者は恐ろしい。
僕が止めなかったら本気で首を刎ねるつもりだったのか?
……というのは、聞くだけ野暮か。
エレナが無意味に剣を抜くところを、僕は見たことがない。
「あとは、お前達の――というかカレンの護衛をどうするか、だな。連中にとっちゃ狙い目だろうし。まぁ、ル・シエラとアルがいればB級パーティごとき、どうとでもあしらえるか?」
ビネガーをたっぷりかけた揚げ芋をもぐもぐとやりながら、エレナ。
確かにル・シエラはただのいたずら妖精にしか見えないが、人間離れした能力の持ち主だ。たかが人間の魔法使いに過ぎない僕より、よっぽど頼りになる。
とはいえ、だ。
カレンを本当に安心させるには、僕とル・シエラだけじゃ足りない。
戦力がどうとか、安全がどうとか、そういうのは抜きにして。
「護衛の件なんだけど。エレナ、頼みがあるんだ」
「どうした、改まって」
「エレナもウチで一緒に暮らさないか?」
その刹那。
酒場の天井に綺麗な虹が架かった――エレナが吹き出したエールと、向こうの席に座ってたジョージが吹き出した蒸留酒と、カウンターにいたトニー爺さんが吹き出したワインと、あとはザックとジェイソンとミックとシェリルとリナとアーダンと――それからメリッサが引っくり返したジョッキのせいで。
「ちょ、おま、おまおまおま、どどどど、どう、え、えええええ、いや、だ、おま、おまえおまえー!」
「落ち着いてエレナ。何言ってるか全然分からない」
「おおおおおおおおおおお前が言うな! バカ! お前! そういうのは、もっとこう、段階を踏んで、ロマンチックなシチュエーションで、言ってくれれば? その、あたしだって――」
何故か真っ赤になって口ごもるエレナ。
……本当に何を言ってるんだ?
とにかく僕は、気を取り直して話を進めることにした。
「チヅルさんは、やっぱりウチで預かりたいと思って。無理に引き離すより、そっちの方がカレンの中でも整理がつく気がして。ただ、チヅルさんとカレンの二人を守るとなると、僕とル・シエラだけじゃ不安だから、エレナの手も借りたいんだ」
その刹那。
エレナが見せた表情を、僕はしばらく忘れられないと思う。
「……あ、あー。ああ、うん、へー、そういう、なるほどね、そういうことかぁ……って」
まるで谷底に突き落とされた後、海底火山の噴火で天空まで打ち上げられたような。
「なにぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
再び酒場中に響き渡ったのは、驚愕の叫び。
結果、メリッサが運んでいたジョッキがもう一杯犠牲になった。
ごめんよ、メリッサ。