第46話 おじさん、若き剣士を諭す
マダム・カミラのサーカス団に満ち満ちる、割と良い大人が突然泣き出しそうになった時に特有の、あの、得も言われない気まずい空気。
けしかけた手前申し訳無さそうなサーカス団員達と、マダム・カミラに別れを告げて。
僕達は、村にたった一つのティーハウスに足を運んだ。
もちろんティーハウスといっても、王都にあるような華やかでおしゃれでスタイリッシュなものではなく。
「いらっしゃいませ~、アルフレッド先生! お待ちしてましたよ~!」
「どうも、ミナ。相変わらず、なんていうか……静かで落ち着く店だね」
都会に憧れるロバート牧場のお嬢様――ミナが飼育小屋の一つを改修して始めた、手作り感あふれるお店だ。
彼女のトレンディで先鋭的なセンスを反映した店内は、やや装飾過多というか、黒く塗られてないスペースの方が少ないというか、天井から吊り下がっている謎の鎖と鳥籠と茨の存在感がすごいというか。
「先生が来てくれなかったら、今日もお客さんゼロになるところでした~! もう、すっごいサービスしちゃいますね~!」
まあ、とにかく。
都会から遠く離れた辺境で育った村人達にとっては、ちょっと早すぎる世界観なのだ。
(……いや、まあ、僕が王都にいた頃も、こういうセンスのティーハウスは見かけなかったけど)
おかげで(?)いつも静謐な空間が保たれているので、研究に行き詰まった時や、少し落ち着きたい時、僕はここを訪れることにしている。
「あ、大丈夫だよ、オリガ。食べ物は美味しいんだ、ロバート牧場のバターとミルク使ってるし」
「ちょっと先生~! 食べ物『は』って言いました~!?」
おっと、聞こえてしまったみたいだ。
ぷんぷんと怒るミナをなだめながら――よく似合ってるよ、その真っ黒でフリルたっぷりなドレス――、用意してくれたミルクティーとバターたっぷりのケーキを二人で黙々と食べ続ける。
オリガは少しずつ、ケーキを口に入れていた。
「……少しは、落ち着いた?」
「あの……はい。すいません、でした」
聞き取れるギリギリぐらいまで小さくなったオリガの声。
なんていうか、本当にアップダウンの激しい子だなあ。
ユーリィといい勝負だ。
僕は二杯目の紅茶をポットから注ぎ、オリガの方に差し出した。
オリガはカップを両手で掴むと、小鳥のように少しずつ飲み始める。
「……初めに言っておくね。宮廷魔法士に剣で勝つことはできるよ。エレナは極端に言ってたけど、魔法使いだって所詮は人間だ。天恵も無い。斬られれば血が出る。エレナも現役時代には戦術魔法士級の相手を何人か斬った経験がある」
どうして僕は、自分が剣で刺されたら死ぬ人間だ、なんて当たり前のことを説明しなきゃいけないんだ。
ちょっと馬鹿馬鹿しい気持ちになったけど、オリガにとっては重要なことに違いない。
「だから、剣を学ぶことは無意味じゃない。エレナに憧れる君は正しい。それは言っておくよ」
オリガはようやく顔を上げて、僕のことを見てくれた。
「……無駄だと言われた気がしたのです。”剣聖”ほどの使い手が今なお努力を続けていても、あなたには勝てなかった。なら、それがしのような未熟者が学ぶことに、どれだけの意味があるのかと」
……そう。そこなんだ。
僕が気になっているのは。
「オリガ。剣のことはエレナに聞いた方がいいと思う。ただ、その……そうだな。ユーリィの先輩として、君に聞いておきたいことがあるんだ」
「は、はいッ。なんでしょうか」
背筋を正すオリガ。
僕は頭を振って、紅茶を勧めた。
「君、この村に来てから、ユーリィとどれぐらい話した?」
「……はい?」
僕もケーキを――甘く煮詰めたリンゴをたっぷり使ったアップルケーキを味わいながら、
「僕のことが気に入らないのは分かるよ。まあユーリィみたいな才色兼備な子が、こんなよく分からないおじさんのこと追いかけてたら、変な目で見るよね」
「あっ、え、いやっ、その……いえ、すみません」
何か言い訳をしようとして、オリガは結局頭を下げた。
素直な子だ。
どうでもいいけど、やっぱり自分で言っても傷つくな、おじさんって。
「その、少し驚いたというか……学生時代のユーリィは『オトコなんて虚栄心の煮こごり、レンアイなんて時間の使い道を知らない凡人の暇つぶしですよぉ』などとのたまっていたので」
ああ、やっぱり王立魔法研究所に入る前から尖ってたんだね、ユーリィ。
僕はうんうんと頷いて、
「突然の変化に戸惑ったのは分かるよ。でも、僕を理由にユーリィを遠ざけるのは違うんじゃないかな、と思って」
「……はい」
僕が言うのも、差し出がましいとは思う。
それでも、何か伝えておいた方が良い気がして。
「仮定の話をさせてもらうね。……僕は、例えエレナが剣なんて握れない、ごく普通の人だったとしても、一緒に旅をしたいと思うよ。彼女は、僕にとって大切な人というか、家族みたいなものだから」
エレナと初めて会ったのは、僕が三歳の頃。
戦災で親を亡くし、テレジア先生が営む孤児院に来たばかりだった。
右も左も分からなかった僕の手を、彼女はしっかりと引いてくれた。
あの時からエレナは、僕の大切な家族だ。
「……君とユーリィの関係について、僕はよく知らない。でも、君の努力を見ていれば、ユーリィとの約束を大切に思ってるってことは分かる」
「……はい。それがしにとって、ユーリィは……大切な人、です」
僕とエレナの関係とは、違うとしても。
二人の間には、二人にしか分からない何かがある。
「約束を守るために剣の技術を磨くことは大切だ。でも、君とユーリィの関係はそれだけじゃないはずだ」
誰かのためになすべきことをする。どれだけの犠牲を払っても。
それがオリガの覚悟なのかもしれない。
僕もそれが正しいと思ってた。
チトセとカレンのために、宮廷魔法士として研究に邁進することが。
でも。
「……せっかく久々に会えたんだ。もっとゆっくり、ユーリィと色んな話をしてきなよ。そうすれば修行の意味、思い出せるんじゃないかな」
もっと一緒にいればよかった。色んな話をすればよかった。
そんな後悔はしない方がいい。
大切な人がいるなら、絶対に手を放すべきじゃない。
どれだけの犠牲を払っても。
「……ご助言、痛み入ります。アルフレッド師匠」
「君の師匠はエレナだろ。僕は、ただのよく分からないおじさんだよ」
少しからかうと、オリガは真面目くさってぶんぶんと首を振った。
「いえッ! ”剣聖”殿の夫君であれば、それがしの師匠も同然ッ! 最上の敬意を以ってお言葉を授かりたく――」
「いや、あの、ええと、家族っていうのはそういう意味じゃなくて……あー、オリガ、とりあえず声のボリューム下げてもらっていいかな。ミナが驚いちゃうから」
案の定、お皿の割れる音がキッチンから聞こえてきた。
僕はため息をつくと、後片付けを手伝いに行こうとして――疾風のように駆け抜けるオリガに突き飛ばされそうになった。
「ミナ殿ッ! 申し訳ないッ、怪我はありませんかッ、ミナど――あっ」
がっしゃん。
……結局、皿は合計で十二枚割れた。
ドジを炸裂させたオリガは渾身の土下座を披露し、ミナは僕に助けを求め、僕は仕方なく魔法で皿を修理した。
元の状態が分からなかったので少し前衛的なデザインになってしまったけど。
(まあ、ミナが喜んでくれたから良しとしよう)
その後、間借りしているエレナの家に戻ったオリガは、早速ユーリィを食事に誘って断られたらしい。
僕もそこまでは面倒見きれない。
「でもッ! だってッ! ユーリィの奴、明日はアルフレッド師匠と夏祭りの準備があるから時間無いって!」
いやそんな予定ないよ、絶対でまかせだよ。
もしかして、単にオリガと食事したくないだけじゃない?
……なんて正直に言う訳にもいかず。
僕は仕方なく、夏祭りで打ち上げる花火の準備に、ユーリィも加わってもらうことにしたのだった。
何故かオリガ達もついてきたんだけど……まあいいか。
大人が泣き出すと、絶妙に気不味くなりますよね……なりません?
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