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第43話 おじさんと女戦士、相まみえる

「嫌だ! 絶対、ぜったい、ゼッタイ、絶対、それだけは死んでも嫌だ! むしろ死ぬから嫌だ! 殺される! 五体をバラバラに切り刻まれて川に流される! 嫌だっ、本当に全力で心の底から嫌だーっ!!」


 予想を遥かに超えて大人気なく喚き散らすアルを見ていると、なんだか孤児院時代に戻ったような気がする。


 あの頃のアルはシチューにキノコが入ってただけで、死物狂いで嫌がってたっけ。

 カレンは好き嫌いがなくてえらいよなぁ。

 とてもアルの娘とは思えない。


「エレナッ! 君、なに遠い目してるんだよっ! いいからこの手を離してくれっ、離さないとアレだぞ、ひどいことするぞ! ホントだぞ! すっごい奴だぞ!」

「おーおー、構わんぞ、それが試合開始の合図になるからな」


 両肩を上から押さえ込んだだけで、アルはもうあたしから逃げられない。

 いくら化け物じみた魔法使いとはいえ、肉体はごく普通の三十歳だからな。

 腕力勝負なら、とうの昔にニンゲンをやめた(・・・・・・・・)あたしの敵じゃない。


 ……一瞬、不埒な考えが脳裏をよぎったが、すぐに追い出した。

 あたしのはそういうんじゃない、もっと清くて純情なヤツだからな!


「何も本気で殺し合いをするわけじゃない。あたしは模擬戦用の木剣を使うし、お前は初級魔法だけを使う。昔はよくやっただろ?」

「あの頃のエレナはドラゴンを刻めなかったし、素手でリンゴも潰せなかっただろ!」


 失礼な。当時でもリンゴぐらいは潰せたぞ。

 ちなみに今はヤシの実までいける。


「余計に嫌だよ! もう! もう!」


 子供のようにジタバタとするアルのローブを掴んで、村外れの練習場――あたし専用のではなく、チヅル達が使っている初心者用の広場へ引きずっていく。


「あのっ、アルフレッドさん、デリックさんとロバートさんのところから納期の確認が来てて、よその村のお祭りへの納品が重なりそうらしくて」

「ああ、ええと、グロリア、ありがとう。候補を上げといたから、その中からデリックとロバートに選んでもらって。あとエレナを止めて」

「アルフレッド先生? オリバーさんとミナお嬢さんが出店したいと申し出があったんですけど、ご希望のエリアはもう出店者が決まってしまっていて」

「お手数おかけします、アガタ司祭。あの二人なら、手作りアクセサリーのお店ですよね? 骨董品と衣料品のエリアの間なら喜んでくれると思います。あとエレナを止めてください」


 家からついてきたグロリアとアガタ司祭に、きちんと指示を出すアル。

 流石、と言いたいところだが……村の中を引き回されている状況だと若干シュールな光景だな。


 というかグロリアとアガタ司祭も止めろよ。あたしが言うのも何だけど。


「いやー、だってエレナさんにヘッドロックされたくないですし……」

「聖典に曰く、『二人の間に生まれた火は、ウンディーネでも消せない』ですよ」

「そのことわざ、多分使い方間違ってますよ、アガタ司祭……」


 そんな話をしているうちに、目的の練習場に到着する。

 待っていたのはオリガとユーリィ、それにチヅルとカレン。


「よし、揃ってるな。今日はあたしとアル先生の特別講義だ」

「わーい! とくべつっ! がんばってね、おとーさん!」

「だ、だ、大丈夫ですか……お二人が戦うなんて……怪我とかしたら、大変なんじゃ」


 カレンは無邪気に喜び、チヅルは不安そうな顔をしている。

 一方で、オリガは何とも微妙な表情のまま、


「しかし“剣聖(ソードマスター)”殿、その、そちらの、微妙に情けないポーズで引きずられているアルフレッド殿が……本当に宮廷魔法士だったのですか……?」


 ああ、そうか、オリガはアルのことは詳しく知らないんだったな。


「何度も言ったでしょっ、オリガっ! アル先輩は“世界最強の魔法使い(オールマイティー)”と呼ばれたほどの宮廷魔法士だったんだからっ★」

「それは何度も聞いたけど、ユーリィ。それほどの大人物が何故こんな辺境に?」


 ごもっともな指摘だ。

 誰だって気になるだろうが、まあそこまで説明してやる義理もない。


「まあ、実力の程は見せた方が早いだろ。ホラ、ちゃんと立てよアル」

「ヤダって言ってるのに……エレナって、ホント自分勝手だよね」


 オイ。

 あのな、お前にだけは言われたくないぞ。本気で。


「もう分かったよ、早くやっつけよう。グロリアとアガタ司祭を待たせるのも悪いし」


 億劫そうにローブの裾を払い、アルはあたしから距離を取る。

 歩数にして十歩。


「もっと間合いを開けてもいいぞ?」

「それなら一旦、家に帰りたいんだけど」

「少しはやる気を見せろ、アル」

「はいはい」


 武器を使った訓練試合では、この間合いは遠すぎる。

 だが、魔法使いとの戦いなら、これぐらいでないと勝負にリアリティが生まれない。


 あたしは剣帯に差してきた、二振りの木剣を抜いた。


(三歩までなら、絶対あたしの剣が勝つしな)


 もし本気で戦うなら、アルは十歩も踏み込ませないだろう。

 その前にあたしの足を止めるか、それが出来なければ息の根を止める。


(……アルは、そういう奴だ)


 実際に試したことはない。

 けれど、あたしは確信している。


 万が一、あたしがアルと敵対することがあれば――例えばカレンを傷つけようとしたなら。

 アルはあたしを殺すだろう。ためらうことなく。


 もちろん、そんな時は絶対に来ない。

 誰かがカレンを傷つけようとするなら――そいつを殺すのはあたしの仕事だからだ。


「よし。それじゃ、始めるか。ユーリィ、合図を出せ」

「は~い、じゃあ行きますよ……よーいっ★」


 ユーリィの手のひらに浮かび上がった小さな火球が、パンッ、と音を立てて弾ける。


 その刹那。


 あたしは全力の一歩目を踏み出し。

 そのまま加速して、アルが魔法で生み出した泥沼の表面を走り抜けた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 信じられない――それでも信じるしかない。


(流石はS級冒険者――もうモンスターだよ、こんなの!)


 普通、全力で踏み出した先が泥沼になっていたら足を取られて転ぶしかない。

 しかしエレナは一瞬で渡り切った。


 理屈で考えたら、一歩目が泥に沈むよりも早く二歩目を出し、二歩目が沈む前に三歩目を出す、みたいなことかもしれないけど。

 魔法も使わずに、そんな奇跡みたいな真似ができるのか?


(いや、そんなこと考えてる場合か!)


 エレナの剣が届く間合いまで、残り四歩。

 こちらの手札は初級魔法のみ。


(――【石壁(ストーン・ウォール)】ッ)


 急速に地面から伸び上がった石の壁を、エレナは蹴って跳び越える。

 尋常じゃない反射神経。


(なんの、【水弾(ウォーター・バレット)】――【風弾ウインド・ブラスト】ッ)


 視界と進路を塞ぐ局所的な暴風雨を、エレナは空中にいながら身体を捻ってかわしてみせた。

 めちゃくちゃな身体能力。


(ここで【足絡み(ベア・トラップ)】――【麻痺針(スタン・ニードル)】!)


 着地したエレナは迫り上がってきた石の牙に足を取られ、神経系を混乱させる微弱な電流を右腕に打ち込まれ、流石に動きを止める。


 ――はずがなかった。


 自由に動く左手だけで地面を叩き、その反動で【足絡み(ベア・トラップ)】から足を引き抜き。

 ダンサーよろしく前方宙返りを決めながら、痺れているはずの右手で木剣を振り下ろしてくる!

 化け物じみた筋力とバランス感覚。


(くそっ――【(シールド)】ッ)


 掌に生み出した光輪状の力場が、すれすれのところで木製の刀身を受け止めた。

 ビキビキと不穏な音を立てながらせめぎ合う剣と魔法。


 揺れる光輪越しに、エレナと目が合った。

 激しい興奮のあまり、爛々と光を放つ緑青の瞳。


(久々に見たな。エレナの、こんなに楽しそうな顔)


 子供の頃からずっと変わらない。


 エレナは心底、戦うことが好きなのだ。

 力と知恵を振り絞って、溢れ出るアドレナリンに身を任せながら、ギリギリのところで勝利をもぎ取ることが。


 そして僕も――そんなエレナに付き合うのが、嫌いじゃない。


リンゴを握りつぶせるお姉さん、かわいいですよね。キュンってなります。

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