第33話 おじさん、新たな来訪者と出会う
パイクがエヴァンに家督の譲渡を迫った時、傍に控えていたという連中。
そして闇ギルドの顧客名簿によれば、パイクが大枚をはたいて雇い入れたA級冒険者でもある。
戦術魔法士と前衛の重戦士、そして斥候を務める盗賊の三人組。
パイクの護衛以外では滅多に外出しないと聞いていたけど。
「さぁ~て、それじゃ次はこの広場ね~。衛兵のみなさぁ~ん、魔法使いを見つけたら、ウチらんとこ連れてきてね、よろしくぅ」
リーダー格の戦術魔法士は女だった。
異様に明るく均一な色合いの金髪は、脱色によるものだろう。肌は浅黒いが、ダークエルフではなさそうだ。濃いピンク一色のローブから覗く腕には、ジャラジャラとした腕輪がたっぷり。
……ものすごく目立つ格好だな。闇っぽさ、全然無い。
「……見分け、ついたか?」
「魔法使いと一般人が見た目で区別できたら、こんなに歩き回らずにすんでるでしょうねェ。ったく、ヒメは人使いが荒いんだからァ」
メイスを腰に提げた巨漢の戦士と、顔の傷が目立つ短身痩躯の盗賊が、うんざり顔でボヤく。
「ちょ~、ネガ発言やめてもらえる? ウチだってさっさと終わらして帰りたいんですけど! つかマジ、この街も飽きたっていうか? やっぱ王都の方がサービス行き届いてんだよね~」
命じた方の戦術魔法士も、それほど乗り気ではないらしい。
どうにも気の抜ける三人組だけど、腐ってもA級だ。
ドラゴンだけじゃなく、より悪辣なグレーターデーモンなんかを討伐した実績があるということになる。
見た目通りの呑気者とは思わない方が良いだろう。
(昨日の倉庫街崩壊事件の犯人探しか。動きが早いな)
僕とエレナとデズデラ、それから『闇狩り』のメンバーで行った闇ギルド支部への襲撃。
【大津波】の余波で侵入の痕跡は根こそぎ吹き飛ばし、現場にいた闇ギルドの関係者も、全員密かに冒険者ギルドの地下牢に放り込んだ。
もう一日か二日は、連絡や事務の応急対応に追われているかと思ったのだけど。
パイクの館に詰めていたメンバーだけで行動に出たらしい。
領主の権限と人手を借りて、犯人――僕達を狩り出すつもりか。
(まずいな。僕はともかく、ユーリィは保護官の紋章を持ってる。疑われたら僕らとリリー家の関係に気づかれるかもしれない)
せっかくエヴァンとジェヴォンをラーヴェルート家の使用人として偽装することで、パイクの目をごまかしてきたのに。
更に言えば、天恵を持つ二人――チヅルさんとカレンの存在に気づかれたら、まったく別のトラブルに発展しかねない。
パイクや闇ギルドの連中にしてみれば、彼女達の才能は霊銀鉱山や名家の看板に匹敵する財宝なのだから。
……いや。
僕にとっては、それ以上の宝物だ。
天恵のことを抜きにしたとしても。
絶対に守らないと。
「どうしたんです、先輩? 難しい顔して」
「あの冒険者達、闇ギルドのメンバーだ。昨日の襲撃の犯人を探してるんだと思う。どうにかやりすごさないと」
ユーリィには昨日の件も一通り話してある。
僕の行動を心配したり怒ったり、大騒ぎで聞いてくれた。
彼女にはチヅルさんとカレンの護衛という重大な仕事を担ってもらってる。情報共有は疎かにできない。
……ピエールとエレナのいざこざについては、黙っておいたけど。
「……なるほど。あの女は、戦術魔法士で間違いないですね。見覚えがありますっ」
「そうか、知り合い? 僕が辞めた後に研究所に入ってきた人だよね」
戦術魔法士は、ほぼ全員が宮廷魔法士でもある。
これは単純な理屈で、戦術魔法士クラスの使い手なら間違いなく王立魔法研究所からスカウトを受けているし、もし受けていなかったとしても資格取得と同時にスカウトされるからだ。
逆に言えば、戦術魔法士という称号はそのためにある。
つまり、在野の優秀な魔法使いを王のもとに集めるための、名誉という餌だ。
「あの。ユーリィに考えがあるんですけど。任せてもらってもいいですか?」
「ホントかい、ユーリィ。王立魔法研究所きっての秀才の実力、見せてくれる?」
「さっすが先輩、褒め上手! そーいうとこ好きですっ★ ユーリィ・カレラ、がんばっちゃいますねっ」
ばっちりウインクを決めて、ユーリィが立ち上がった。
まっすぐにピンクの魔法使いへと向かっていく。
魔法使いと衛兵達のの登場で少し静かになった雑踏の間なら、声が聞き取れるぐらいの距離。
「失礼。あなた方、冒険者ですよね。少しお話良いですか?」
……嘘だろ。
あのユーリィが、あんなキリッとした顔で、真面目に、大人みたいな態度で他人と話せるなんて。
僕の工房に入ってきた頃は、触るもの皆傷つける、イガグリみたいな子だったのに。
というか今の今まで、子供みたいにはしゃいでたのに。
いつの間にか、チヅルさんが「でしょ?」と言わんばかりの顔で僕を見ていた。
彼女が言ってたことは本当だったのか……
「ア? なに? ちょっとウチら、いそがしーんですけど」
「お時間は取らせません。わたくし、こういうものです」
ユーリィがローブの胸元から、絡み合う二匹の蛇と松明が彫り込まれた紋章を取り出した途端。
ピンクの魔法使いの顔色が変わった。
「あ、へ、へぇ~、アンタ、魔法使いなの?」
「ええ。王立魔法研究所で来訪者保護官をやっています、ユーリィ・カレラと言います」
喜び半分、動揺半分とでも言えばいいのか。
ピンクの魔法使い、結構顔に出やすいタイプだなあ。
「私は今、王立魔法研究所から逃亡した来訪者を探しています。カザモリ・ミヅキ、女性です。東方系の顔立ちで、年齢は十代後半。爪に派手な装飾を施しているのが特徴なんですが……ご存じないですか?」
あ。今、手を隠したぞ、ピンクの魔法使い。
本当に分かりやすい人だな。気の毒になってきた。
「いや~、ウチはちょっと分かんないかな~? てか、何? 逃亡って大げさじゃない? ソイツ、なんかやらかした系?」
「彼女が姿を消した際に、担当していた保護官が亡くなっているんです。その件で、彼女には殺人の容疑がかかっています。もし天恵を悪用しているなら、非常に危険な状況と言えます」
来訪者が自由を求めて研究所から逃亡っていうのは、前例のない話じゃない。
だからこそ保護官なんて専門職が生まれたぐらいだ。
僕も何度か来訪者拘束作戦に参加したことがあるけど、とんでもなく危険で、時には死者が出た。
天恵は強大だ。
どんな熟達した魔法使いのチームでも、運が悪ければあっさりと殺される。
「……もし何か思い出されたら、後でもいいので連絡をいただけますか? 研究所の方に郵便をいただいても構わないので」
「あ、あ~……わ、っかりましたァ。それじゃ、ウチ、ちょっと急いでるんでェ」
ピンクの魔法使い――カザモリ・ミヅキ(仮)は、くるくるに目を泳がせたまま仲間を呼び集めると、そそくさと去っていった。
「ホラ、行くよみんなァ~! 次行こ、次!」
「……いいのか?」
「まァ、姫が言うなら従いましょっかねェ」
去っていく冒険者と衛兵達を見送って――振り返ったユーリィの、ドヤ顔ときたら。
「ありがとう。助かったよ、ユーリィ」
「ふっふふ~ん! どうですか先輩、どうですか! 褒めてくださいっ! ユーリィ・カレラ、クレバーな活躍でしたよねっ★」
子供みたいに走ってきて、子供みたいに僕に抱きつこうとする。
さっきまでの落ち着きはどこに行ったの?
「……あの人も、来訪者なんですね」
「うん。あの様子からすると、カザモリ・ミヅキ本人に間違いないだろうね。戦術魔法士の資格を取得した後、宮廷魔法士のしがらみを嫌って出奔した、のかな?」
「しかも止めようとした保護官を殺して。ああ見えてとんでもない悪党ですよ、まったくっ」
来訪者には、色んなタイプがいる。
前の世界で抑圧されてきた分、この世界では好き放題に生きたい、って人は多い。
まあ、天恵なんて無敵の力を渡されたら、そう考えない方が珍しいのかも。
チトセやチヅルさんみたいなタイプは少数派だろう。
「あ! チヅルさんはあんな人とは全然違いますからねっ。ユーリィが保証しますよ★」
「ありがとう、ございます」
チヅルさんは浮かない顔だ。
……やっぱり、自分と同じ来訪者が悪しざまに言われて、いい気分はしないだろう。もしかしたら同じ世界の出身かもしれない。
「ちなみに、ユーリィ。カザモリ・ミヅキの天恵は?」
とはいえ、明日の交渉は万全を期す必要がある。
最悪、戦闘となった場合のために、対応策ぐらいは用意しておかなければ。
「【地霊加護】ですねぇ。保護官殺害の段階で、かなりの練度に達していたみたいです」
母なる大地に祝福された力。
シンプルが故に強力な天恵。
「あの、アルフレッドさん。それって、どんな天恵なんですか? すっごい魔法が使えるんですか?」
「うん。概ねその解釈で合ってると思う」
さっきまでの憂鬱はどこへやら、急に目を輝かせるチヅルさん。
魔法に対する好奇心の強さ、素晴らしい学生だと思う。
「大地の精霊――僕ら魔法使いが使役できるような小精霊じゃなくて、精霊王クラスの上位存在の協力を得られる、という天恵だね」
霊素は遍く世界に存在し、魔法使いはとにかくありとあらゆる方法でそれをかき集め、言うことを聞かせようと必死になっている。
それが魔法という技術体系だ。
しかし、【加護】が得られたなら、苦心の必要はない。
霊素は自らの意思を以て主に付き従い、全力を行使するのだから。
【地霊加護】であれば、見渡す限りの地中に存在する霊素は全て来訪者の手中にあると言ってもいい。
つまり、土や石に関する魔法について、彼女は超人的な能力を発揮できる。
彼女が指を一つ弾けば、大地は喜んで割れ裂け嘶くだろう。石礫が進んでダンスを披露し、山ですら己を平らげるかもしれない。
まさに女神の祝福――|この世界の法則を超えた力。
「まあ実際にそんなレベルに達するまでは、経験と訓練が必要らしいけど。それでも、訓練開始時には無詠唱無動作発動が可能で、上級魔法の習得も数週間で終わるとか」
「それ、十分な凄さですよね。彼女――カザモリさんは今どれぐらいのレベルなんでしょう……?」
「そうですねぇ……戦術魔法士の資格は持っているので、戦闘なら最低でも百人単位は相手取れるはずですよっ」
最低ラインが高すぎる。
だから戦術魔法士とは関わり合いになりたくないんだ。
そんなのと張り合えとか、マリーアン様もレオンも期待が過ぎる。
(しかも来訪者とか……流石に、今回は相手が悪い)
相手はただの魔法使いじゃない。それどころか、普通の戦術魔法士ですらない。
来訪者――災害とも称されるような存在だ。
普通の手段じゃ、とても勝ち目はない。
「……おとーさん、明日、強い人と戦うの?」
どこまで話の内容を理解していたのか。
カレンは、不安そうに僕を見上げてくる。
僕は苦笑いで首を振った。
「心配いらないよ。明日は話し合いに行くだけ。戦わなくて済むようにね」
「ホントに?」
「ああ、本当だよ」
言いながら、僕は考えていた。
もしも最悪の事態に陥った時――どうやって生き延びるのか、を。
ギャル魔法使いだ! やったぜ! ご覧になられたら、ぜひ評価&ブックマークよろしくおねがいします!




