第32話 おじさん、娘と穏やかなひとときを過ごす
「おとーさん、これ! これすごい! おいしそー!」
「ああ、ホントだ。これは……肉団子入りのスープだね。少し辛いかも」
「おにく! たべたい! おにくー!」
「分かった分かった、落ち着いて。……えと、じゃあこっちのパンと一緒に。ありがとう」
木製の皿にこんもりと盛られた肉団子とスパイスのスープ――店主いわく「宣伝料だ、おまけしとくよ」――とパンを手に、僕とカレンは近くのベンチに腰掛けた。
領都に三つある広場のうちの一つは、朝市の書き入れ時が終わっても、まだ雑踏と喧騒で賑わっていた。
パイク・リリーの過剰な産出計画のおかげで生まれた一時的な好景気だと、レオンは言っていたが。僕達のような観光客にとっては、同じことだ。
「ほぐほごはがほごもぐむぐもご」
「……カレン、落ち着いて、まずは飲み込もう」
「――んぐ。これ、おいしいねー、なんかピリッとして、しょっぱくて、ジュワーってしてる! おとーさんも、はいっ」
「ありがとう。……うん、ホントだ、おいしい」
炭鉱で働く人々のために作られたのだろう、濃いめの味付け。
たっぷりのスパイスが舌に心地よい刺激を与えてくれる。それを包み込むような脂の甘さ。
確かに美味しい。
マリーアン様とエヴァン達が滞在している高級宿の食事とは違う種類のグルメ。
(ああ……ホッとする)
僕は心の底からそう思った。
明日はいよいよパイク・リリーとの直接対決だ。
予備日として残しておいた一日、僕はカレンとのひとときを満喫するつもりだった。
そのために冒険者ギルドでの資料検討だけを早々に終えて、構成員の尋問はピエール達に任せてきたのだ。
(思えばチヅルさんが来てから、カレンと過ごす時間が減ってたし。寂しい思いをさせてたよな)
あの日から相次いだトラブルの対処に追われて、こんなに落ち着いた時間は久しく過ごせていなかった。
もちろんチヅルさんが悪い訳じゃない。
ただ、周りが――僕達が新しいゲストに慣れていないだけなのだ。
もっと時間が経てば、彼女を来訪者と祭り上げる人も減るだろう。
いつかこの世界に溶け込んだ時。
それが彼女にとって、本当のスタートになるはずだ。
「あーっ★ 先輩、見ーつけたっ」
「ちょ、ちょっとダメですよ、ユーリィさん! 二人の邪魔しちゃ!」
行き交う人々の間をすり抜けて、騒がしい人がやってくる。
紙袋いっぱいのドーナツを抱えたユーリィと、果実の砂糖漬けが詰まったコップを手にしたチヅルさん。
「あ! チヅルおねーちゃんとユーリィおねーちゃん! なにそれー! おいしそう!」
「ふっふーん、でしょう? 向こうの路地でパン屋さんが作ってたんですよー!」
甘い匂いに食いついたカレン。
ユーリィがドヤ顔で差し出したドーナツを、すぐさま頬張り始める。
「すみません、あの、別の方向に行ったつもりだったんですけど、色々見てたら、いつの間にかここについてて……」
「気にしないで。二人が楽しそうでよかった」
宿を出る時に、チヅルさんは僕らに気を使って別行動を申し出てくれたのだ。
当然、保護官であるユーリィもチヅルさんに付いていくことを見越して。
本当に気が利く子だと思う。まるでチトセみたいに。
「それにしても、チヅルさん。ユーリィと打ち解けられたみたいで、本当によかった。ちょっと騒がしいけど、いい子だろ?」
「いえ、あの、すごく落ち着いた人で、優しいし、魔法のことも色々教えてくれますよ。ユーリィさんが担当で良かったです」
すごく? 落ち着いた? 誰が?
「……ええと。その。ユーリィさんは、アルフレッドさんがいない所では、全然……落ち着いてるっていうか、普通、ですよ?」
「信じられない。もう一回言うね。信じられない」
「……あはは」
何とも言えない顔で笑うチヅルさん。
いや冗談じゃなくて、これ本気で言ってるからね?
「はい、先輩もっ★ あ~んっ」
ユーリィが満面の笑みで、鼻先にドーナツを差し出してくる。
「おとーさん、あーん!」
カレンも真似して差し出してくれる。
ああ、なんてかわいい。
僕は一も二もなくカレンのドーナツに食いついた。
「……うん、おいしい!」
「でっしょー! カレン、これおみやげにしたーい!」
残りのドーナツにかじりつくカレンの横で、何故か半泣きのユーリィ。
……ホント、どうしてこう、大人になってくれないんだろう。
僕は仕方なく、ユーリィのドーナツにもかじりついた。
「……こっちの方が砂糖多いね」
「はぁ~んっ★ ユーリィのも食べてくれるなんてっ、感激ですっ」
一転、満開の笑顔。
分かったよ、いいから落ち着いてドーナツ食べてくれ。
「えっと……アルフレッドさん」
「なに、チヅルさん?」
「その……あーん」
果実の砂糖漬けを一粒差し出しながら。
え、君まで?
「……あ、あーん、です」
消え入りそうな声で、耳まで真っ赤になって……いいんだよ、別にやらなきゃいけない流れとかじゃないんだよ? ユーリィから悪い影響受けてない?
と思うけど、チヅルさんの真剣な目には逆らえなかった。
「……あむ」
しまった。
小さなぶどうの実を食べようとしたら、チヅルさんの指まで咥えてしまった。
「――――!!」
「あ、ごめん! これ、ハンカチ使って」
慌てて差し出すが、何故か強く拒否された。
ご、ごめん、でもこれ、昨日宿で洗ってもらったから綺麗だと思うんだけど……
「いえ! その! だ、だいじょう、ぶ……です」
僕が咥えてしまった方の指を胸の前で抱えながら、チヅルさんは首を振る。
……もしかして触るのも嫌とか?
あれ、おじさん、気を使われてる? くさい? 気持ち悪い? 広場の端の方まで離れといた方が良い?
「ちょ、ちょっと先輩っ! チヅルさんに何したんです? こんなに真っ赤になっちゃって! 天恵が暴走したらどうするんですかっ」
「えっ、あ、ごめっ、いや、ごめんよ、おじさん、かわいい子達にチヤホヤされて調子に乗ったかもしれない」
あたふたと言い訳するが。
……何故かユーリィまで頬を赤らめた。
え、なんで?
「……もう一回言ってください」
「え、ごめん、調子に乗りました、すみません」
「そこじゃなくてっ」
そこ? どこ?
「……おじさん、チヤホヤされて調子に」
「違いますっ!」
「……かわいい子?」
ユーリィの顔が、溶けた。
もちろん比喩だ。
でもそうとしか表現しようのない――笑顔? そう、笑顔、多分。
「……でへへへ」
……ダメだ、僕、本当におじさんになったんだな。
若い二人のリアクションがまったく分からない。
「かわいい? おとーさん、カレンかわいい?」
「えっ、ああ、もちろん! カレンは世界一かわいいよ、本当に」
照れてもじもじしている姿なんて、額縁に収めて家に飾っておきたいぐらいだ。
でもそれだと他の表情が見られなくなっちゃうから、頭を撫でるだけで我慢しておこう。
「……しかし、あれだね。甘いドーナツと辛くてしょっぱいスープの組み合わせ、すごいね。無限にいける」
「えっ、そーなの? ……うん、ホントだ! すごい! おとーさん、すごい! これ無限だーっ!」
僕はどちらかと言えば食が細い方だと思うけど、これは誇張抜きでいくらでも食べられそうな気がする。
ありがとうユーリィ、チヅルさん。
「あっ、ユーリィも、ユーリィも食べたいですっ」
「うん、どうぞ」
「え~っ、先輩、ここはあ~んしてくださいよぅ★」
何言ってんのユーリィ、ホントに子供じゃないんだから。
「あ、じゃ、じゃあ、わたしも、あーんを……」
「えっ、チヅルさんも!?」
「あっ嘘です、ごめんなさい、なんでもないです……」
またしても赤面して俯いてしまうチヅルさん。
えええ、どうしたの、ユーリィが感染った……?
なんて、よく分からないながらも和やかにランチを楽しんでいたその時。
ふと。
広場の向こうからやってくる一団に気付いた。
(あれは……冒険者、か?)
思い思いの装備に年齢も性別もバラバラの三人組。
見た目に冒険者なのは明らかだったけれど。
奇妙なのは、彼らが衛兵を従えていることだった。
彼らの間には明らかに上下関係が見て取れる。護送という雰囲気ではない。
(……そうか。アレが例の――パイクが引き連れてきた私兵団だな)
鉱山と言えば肉団子、という世代です。ご覧になられたら、ぜひ評価&ブックマークよろしくおねがいします!




