第30話 おじさん、闇ギルドを襲撃する
薄雲に月が遮られ、夜闇が一段と深まる領都の片隅。
漆黒に染めた武装を身に着けた冒険者の一団が、ある廃墟に集っていた。
その中にいる背の高い剣士――エレナが、窓の外に目を向けた。
「……確かに、あの倉庫に複数の冒険者が出入りしてたんだな?」
隣の建物――河岸に面した倉庫は、あまり人気のある雰囲気ではない。
登記上はどこかの貿易商の持ち物らしいけど、実際にはリリー家以外の貴族の手中にあるんだとか。
問いかけられたピエール――医療魔法をしっかりかけたので、ハンサムな顔のどこにも傷はない――は、隣に控える冒険者に頷きかけた。
「間違いないね、トレイシー」
「ええ。元はある貴族のお坊ちゃんの素行調査で、ウチのギルドに所属してるパーティが張り込んでいたんだけどね」
その時は不良貴族と小遣い欲しさの冒険者達の秘密基地程度にしか思われていなかったらしい。
しかし、例のボロ小屋と下水道でつながっている施設の内、もっとも人目につかず、内部の様子がわからない場所がこの倉庫だったそうだ。
更に言えば、小屋から倉庫までの間の下水道には人間が行き来した痕跡が残っていたのも、『闇狩り』のメンバーが確認してくれたらしい。
「流石、『闇狩り』だ。よくそんな小さな依頼の情報を引っ張ってきたな」
「お役に立てて光栄だわ、“剣聖”。あなたと仕事ができるって聞いて、ウチのメンバーみんな張り切ってるのよ」
リリー領都の冒険者ギルドに所属する『闇狩り』メンバーでは、彼女――トレイシー・ボーンが一番階級の高いAランクで、リーダーを務めている。鼻筋の傷跡とベリーショートの金髪が印象的な女性で、調査や潜入の専門家。
他、六名のメンバーがパーティに所属していて、闇ギルドを追っているらしい。ちなみにこっちの地上部隊にいるのはニ名で、地下の下水道側に待機しているのが四名。
ピエールとエレナを含めて、どこに出しても恥ずかしくないような優秀な冒険者パーティが成立していた。
(……僕、いらなかったんじゃないかな?)
ここからは十中八九切った貼ったの荒事が待っている。
ただでさえ僕は戦闘は専門外だし、こんな場所では使える魔法も限られるし、宿に戻って待機を……と思っていたのだけど。
「サア、いつ戦闘開始ダ? あの【呪詛】ヤロウはワタシの得物だからナ! 倉庫ごとふっとばしてやル」
一人はしゃぐデズデラに後方支援を任せるのは不安過ぎる、とエレナに押し切られたのだ。
「お前の故郷と違ってここは街中だ、馬鹿な真似はやめろ」
「大丈夫ダッテ。今この近くに他の人はイナイって、アルフレッドも言ってただロ?」
小競り合いを続ける二人。
僕が溜息をついていると、ピエールから冷たい視線。
まだデズデラが僕の愛人だと思ってるのか……流石に面倒くさくなってきた。
「……ピエールさん。王都に残してきたピーターの孫娘――フェリシアは元気ですか? 連絡は取ってます?」
「なっ、え、何故今それを」
「いえ別に。作戦の前にリラックスしてもらおうかと」
あからさまに動揺しながら、何かぶつぶつと呟くピエール。
執務室で話した時に言ってたから、まさかと思ったんだけど。
どうやら彼、フェリシアにも気があったみたいだな。
(なんだ、エレナ一筋だと思ってたのに……人のこと言えないじゃないか)
さて。お遊びはこのぐらいにしておいて、と。
「……そろそろ下水道側の部隊は、配置につきましたか?」
僕が確認すると、トレイシーが腰のポーチから小さな石板を取り出した。
手のひらサイズの薄い板に、話しかける。
「こちら地上班。準備整い次第、連絡を」
『こちら地下班。防毒布の装備も完了。いつでもいけるぜ、トレイシー』
板から男の声が響いてくる。
これは念話石と呼ばれるマジックアイテムで、そこそこの高級品だ。
層状になっている霊銀の原石を薄く剥がして、石板状に整えたもの。元々一つだった原石は内部にある霊素の結び付きが強く、こうして離れていても使用者の意志を届けることが出来る。
魔法使いにしか使えないのと、剥がして時間が経つと効果が失われるのが欠点だけど。
「それじゃ、始めましょう。僕が【眠りの雲】を投げ込みます。中で破裂音がしたら、ピエールさんの【飛翔】で窓から飛び移ってください」
事前に【生命感知】と【地図表示】で中の人数は確認している。
十人というのは思ったより多いが、【眠りの雲】に耐えきれるのは三人ぐらいだろう。
「数の上では有利ですが、慎重に行きましょう。なにせ相手のテリトリーに飛び込む訳ですから」
「アルの言うとおりだ。背中は預けたぞ、トレイシー」
「あなたの背中を守り抜いたら、私ギルドの連中に一杯ずつ奢ってもらうことにするわ」
それよりも、もし本当に闇ギルドの拠点なら、人間以外の防御方法ぐらい仕込んであってもおかしくない。
【霊素感知】では極端に強い反応はなかったけれど……
「気をつけてエレナ、皆さんも」
「お前こそ油断するなよ。また無理して倒れないでくれ」
エレナが差し出してくれた拳に、こつんと自分の拳を合わせる。
「えっ、ナニソレ! ワタシもやる!」
「はいはい、気をつけて」
デズデラとも拳をこつん――しようとしたら抱きつこうとしてきたので、振りほどく。
もうツッコむのはやめよう、めんどうくさい。
「奥さんは我々が守りますよ。不要かもしれませんが」
「ははは、いえ、心強いです。何かあったら、すぐに念話石で呼んでくださいね」
トレイシー達は、僕のことを『妻のことが心配でついてきてしまった元冒険者のアルフレッド・キーネイジ氏』だと思っている。ピエールがうまく説明してくれたおかげだ。
エレナが心配なのは嘘じゃないから、こっちも対応しやすい。
トレイシーから渡されていた三枚目の念話石に向かって、合図を出す。
「行きますよ。三、ニ、一、ゼロ!」
僕が放った魔法――【眠りの雲】と【石弾】の合成魔法は倉庫上部の小さな窓を砕くと、内部でガスを拡散させ始める。
防毒布――【眠りの雲】への対抗魔法を付与したマジックアイテムで口元を隠したエレナとデズデラとトレイシー達が、腕を組んで窓から飛び出す。
「――【飛翔】!」
ピエールが放った魔法が、飛び出した突入班をまとめて割れた窓にねじこんだ。
見事な受け身をとりながら武器を抜き放った突入版が散開していく。
僕とピエールは窓の影に隠れて、音だけで中の状況を伺う。
「……大丈夫かな」
「ご心配な気持ちはわかりますけどね。あの“剣聖”エレナ様ですよ?」
僕だってエレナの腕前は疑ってない。
引退したと言いながら日々のトレーニングは欠かしていないし、村の周辺に出没する危険度最上級のモンスターを討伐しているのは八割がエレナだ。
(でも、今回の相手は人間だからな)
モンスターより力は弱いけど、その分用心深い。
まして用心深くなければ存在意義すらない闇ギルドのアジトだ。
こういう時に備えて罠の一つや二つ、必ず仕掛けているだろう。
割れた窓の向こうで、微かな剣戟の音、そして小さな爆発音が聞こえた。
もちろん、そう長くは続かない。
最後に誰かが倒れた音がして――静寂が訪れる。
「……かたづいたようですね」
「だといいんですが」
僕とピエールは立ち上がり、念話石からの音声を待つ。
「こちら突入班、敵全員の拘束完了。地下班との合流も完了。負傷者三名、救護をお願いします」
「了解。支援班も窓から侵入します」
【飛翔】の魔法で窓から入り込み、倉庫内の足場に着地。
上から見下ろすと、広い倉庫内には大きな木箱や麻袋がいくつも置かれていて、どうやら実際に倉庫としても使用されているようだった。
「デズデラ、どうだ? この中にお前が会った男はいるか?」
「イナイ! アイツ、どこ行っタ! 耳が惜しくて逃げたカ!」
中にいた十人のうち、六人は手足を拘束されてもまだ眠っている。
なんとか意識を保っていたらしき四人は、みな一撃で意識を奪われていた。
(……流石だな。一体どうやってやったんだ)
【呪詛】による自爆を警戒した結果が、この不意打ち作戦だった。
普通に拘束しても、何がきっかけで【火球】と化すか分からない以上、霊素を供給される前に意識を断つしかない。
首を刎ねてしまえばいいという意見もあったが、これは万が一ハズレだった場合に備えて見送られた。
というか、僕が止めた。いくらなんでも乱暴過ぎる。
「アル、頼む」
「了解。今降りる」
木箱を伝って床まで降りると、味方の治療をピエールとデズデラに任せて、僕は敵全員を結界に閉じ込めた。
【霊素遮断】と【盾】を組み合わせた合成魔法で、【呪詛】の発動はもちろん、万が一の被害も防げる。
「証拠の方は見つかりましたか、トレイシー?」
「ギルド長。荷の下に、音の違う床がありました。こちらです」
ピエールは、トレイシーと共に問題の床を見分する。
「何かの仕掛けで動く秘密の部屋……というところですか? では、スイッチになるものを探しましょう」
「まだるっこしい。どいてろ」
ピエールを押しのけてずいっと進み出たエレナ。
鋭い呼気を吐く。
――その瞬間、既に床は切り刻まれていた。
バラバラになった板と裏に仕込まれていた鉄板が、地下室の床に当たって音を立てる。
「時間短縮だ」
エレナは軽く払った刃を鞘に納めると、躊躇なく梯子を降りていった。
残されたメンバーはまだ唖然としていて、誰も動けないのに。
「……久々に見ましたが――エレナ様の剣、引退前よりも速くなったのでは?」
「僕は二十歳の時から太刀筋を追えてないので、ちょっと分からないですね」
やたらと僕を持ち上げたがる人々は、少し考え直してほしいと思う。
エレナこそ本物の世界最強だ――お世辞抜きで。
床と下水道の間のスペースにこっそりと造られた地下室は、いかにも密談にピッタリの部屋だった。
石と土で作られた壁と床、ほのかな明かりは魔刻器が作り出したもので、火事も酸欠も心配ない。
『闇狩り』のメンバーが、薄暗い部屋の隅にある机の引き出しや書棚を手際よく調べていく。
僕は地下室の入り口から、その様子を眺めていた。
あまり結界から離れると維持が難しくなるので、念の為地下には降りてない。
「みんな、何か怪しいものを見つけたら教えて。僕が見る」
「それはいいけど……どうしてです、旦那さん?」
革で装丁された高そうな本を見聞しながら、トレイシーが僕を見上げた。
「トレイシー、魔法使いの工房を調査したことは?」
「いえ。無いわ」
「魔法使いという人種はね、大切なものを守る為ならどんな手段でも使う。家族、研究成果、あるいは悪事の証拠となるもの。奪おうとする者には必ず手痛い罰を与えようとする。見たら眼に針が刺さる、触ったら手が溶ける、とか……一見そうとは分からないような罠を仕掛けたりしてね」
だから慎重に調べて。
っていうつもりだったんだけど。
「そ……そ、そうですか。気をつけます」
あれ、トレイシーに目を逸らされた。他のメンバーにも。
ピエールに至っては何か絶望的な顔をしている。
……うん。これアレだな。完全に自己紹介だと思われたな。
「何言ってル、アルフレッド! 魔法使いでも、みんながみんなオマエと同じじゃないゾ! ワタシはオマエが誰と結婚しててモ関係ないしナ!」
ありがとうデズデラ。
多分フォローしようとしてくれたんだろうけど、二重の意味で悪口みたいになってるからやめてもらえる?
「なあトレイシー、金庫を見つけたぞ」
「どこ?」
「地図の裏だ。扉が壁に埋め込んである」
「これは……旦那さん、こちらに降りてきてもらっていいですか?」
どうやら闇狩りのメンバーがそれらしいものを見つけたようだ。
僕は味方の治療を終えたデズデラを、手招きする。
「捕虜用の結界の維持、代わってもらっていい? 【霊素遮断】だけ維持してくれれば大丈夫だから」
「ハイハーイ。大丈夫、二重詠唱なんてワタシできないかラ!」
何も大丈夫じゃないけど、まあ大丈夫だろう。
デズデラは迂闊な性格だけど、魔法の腕は充分だ。
エルフという種は基本的に霊素との感応性が高い。理由ははっきりしないけど、長く続いている種だから単にそういう個体が生き残り続けたのかもしれない。
僕は地下室に降りると、トレイシー達が見つけた金庫を確かめた。
【霊素感知】、【魔法解析】、【抗魔】……その辺りの魔法をかければ、罠は無効化出来る。
「流石、見事な手際ですね。エレナさんと冒険していた時代に身につけたの?」
「あー……うん、そう。色々なダンジョンに潜ったからね」
本当は違うけど、それをトレイシー達に説明するのも面倒だ。
「……よし。これで大丈夫だと思う。開けてみよう」
最後は念の為、【念動】で扉を引く。
「どうやら、当たりだったみたいだね」
中に詰め込まれていたのは、クリップで束ねた書類とかなりの額のお金。
内容をざっと検めて、ピエールが頷く。
「よし。この内容について、眠っている連中に話を――」
その瞬間。
僕はとっさに魔法を放った。
(――【凍結】ッ)
ピエールの右手ごと、書類を凍りつかせる。
「何を――どうしたんです、アルフレッドさん……ッ!?」
「書類をまとめてるクリップを外して、ピエール! 早くっ」
反応が早かったのはエレナだ。
狼狽しているピエールの右腕を掴み、凍りながらも煙を上げる書類から強引にクリップを捻りとる。
――クリップを掴んだエレナの手が、燃え上がった。
「クソッ――熱っ」
慌てず、僕が【水作成】で消火。
エレナが放り捨てたクリップは、既に白く輝くほどに熱され――ついにはそれ自体が燃え上がった。
凄まじい勢いで立ち昇る炎は、揺れ動きながら形を変えていく。
「しまった――炎の精霊だ!」
罠が仕掛けられていたのは金庫ではなかった。
クリップこそが本当の罠――魔刻器だったのだ。
霊素に意志を与えて使役する上級魔法【精霊作成】。
中でも殺傷力の高い炎の精霊を仕込んでいるということは、触れたものを確実に殺した上で、証拠を全て焼き払うつもりだ。
(流石は闇ギルド、徹底してるな)
さて。
この窮地、どうやって乗り越えるか。
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