第2話 おじさん、JKを抱えて逃げる
「オイ、テメェ! 誰に断って来訪者攫おうとしてんだ、コラァ!」
僕はクレーターの縁、声がした方を振り仰いだ。
人影は四つ。冒険者のパーティか。
「こっちァ、一週間クソど田舎に張ってたんだぞ! あァん!?」
やけに荒っぽい言葉遣いの女。
交渉担当という訳でもなさそうだが。
「誰だ、君は! 名を名乗れ!」
「うるっせー黙ってろ、おっさん!」
……僕は、ちょっとカチンと来たけど、それ以上は取り合わず、来訪者――チヅルさんを振り向いた。
明らかに怯えている。まずい。
「一応言っておくね。あいつらは、僕も知らない相手だ。多分、どこかの冒険者だと思う」
「ぼ、ぼうけんしゃ……?」
「大丈夫、心配しないで。この世界は『チキュウ』よりも荒っぽい連中がちょっと多いんだ……まずは僕が話をしてみる。信じて、君には指一本触れさせないよ」
「……は、はい」
絶対に、ここで『天恵』を暴走させられる訳にはいかない。
カレンに危険が及ぶ。
少女に笑いかけると、僕はもう一度クレーターの縁を見上げた。
(あの態度の悪さ。『来訪者狩り』か……厄介な連中が来たな)
異世界からやってきた来訪者が持つ『天恵』はとても強力だ。
もしも彼らを従えることができれば、魔法士団一つと同じぐらいの価値がある。
となれば、多少強引にでも来訪者を手に入れたい連中も存在する。
『来訪者狩り』とは、冒険者ギルドを通さず、どこかの貴族に直接雇われた冒険者のことだ。
冒険者ギルドは国王の直営だから、来訪者の捕獲依頼が出ても単なる王立魔法研究所のヘルプ業務に過ぎない。
報酬は悪くないが破格ではない。
だが、貴族が出す非正規の依頼は違う。
貴族は王国の勢力図を書き換えたいと、常に手ぐすね引いている。
『天恵』を手に入れるためなら大枚をはたくし、集まる冒険者も腕利きになる。
(相手は四人。どのクラスの冒険者か分からないけど、B未満ってことはないだろう)
冒険者の評価はSからEまで。
仮にBクラスだとすれば、ドラゴンを狩れるパーティということになる。
つまりは一流だ。
「いいかコラ! さっさと来訪者から離れて、両手を上げて地面に伏せろ! でないと、【炎の矢】ぶっこんで消し炭にすんぞ、おっさん!」
やめてくれ、せっかく来訪者に消し炭されるピンチを乗り切ったばかりなのに。
「乱暴な物言いはよしてくれ! 来訪者が怯えている! まずは、君達のパーティ名と依頼主を教えてほしい!」
普段大きな声をほとんど出さないので、油断すると声がうわずりそうになる。
「黙れ! そんなことをテメェに教える義理はねェ!」
やはり間違いない。非正規依頼を受けた冒険者だ。
ギルドにバレて、ライセンスを剥奪されるのを恐れている。
Bランクの冒険者と揉めるのは避けたい。
だが、ここで来訪者を売り渡す訳には行かない。
それで僕達が無事に助かる保証もないし、何より娘のカレンに情けないところは見せたくない。
「なら、君達に来訪者は引き渡せない! 苦情は後で、王立魔法研究所の職員に伝えてくれ!」
「オイオイ、なんだテメェ、カッコつけるじゃねぇか――一発かましてやれ、レオン!」
「……やれやれ。あまり目立つ真似はしたくないのですが」
女が勇ましく腕を振りかざすと。
傍らにいたローブ姿の男――レオンが呪文を唱える。
「奔れ――【炎の矢】!」
一節詠唱。やはり手練だ。
レオンの手元で生まれた炎の塊は、まさに矢の如く僕の元へと飛来する。
【炎の矢】は中級魔法。体格の大きなモンスターへの用途が主だ。
何故かと言えば、人間相手だと威力が高すぎて死体が残らないから。
冒険者にとって死体が無いのは不都合なのだ。
戦利品は奪えないし、個人が識別できなければ賞金も貰えない。
(何が『目立つ真似はしたくない』だ、本気で過剰火力ぶちこんでくるなんて!)
僕は手をかざすと、用意しておいた防御魔法の一つを展開した。
(【反射】――【半減】!)
僕の思考を触媒にして大気中の霊素が集中する。
いくつもの光輪を重ねたような魔法の障壁が、【炎の矢】と衝突した。
「あの光は、【反射】――いや、違う!?」
――まるで水面に飲み込まれるように、炎は光輪へと吸い込まれ。
再び、勢いよく射出された。
今度は術者――レオンと呼ばれた魔法使いに向かって。
「クッ――開け、【盾】!」
展開された障壁にぶつかると、烈火は跡形もなく四散した。
残る熱風だけが、魔法使い達のマントを揺らす。
「オイなにやってんだレオン! テメェ、手抜いてんじゃねーぞ!」
「……落ち着いてください、ジェヴォン様。ヤツはただ者ではありません――上級魔法、無動作無詠唱、しかも他者の構成に介入して威力を減衰させてからの反射。少なくともA級ライセンスは保持しているはず」
「るっせーガタガタ抜かすな! 目的を果たせなきゃ、何ランクだろうとカスだろーが!」
ひたすらに口が悪い女――ジェヴォンを、レオンがたしなめようとする。
その隙に僕は来訪者の少女――チヅルを抱え上げた。
「ひゃあっ――ちょ、何を――っ!?」
「ごめんよ、不躾な真似を――しばらく我慢していてくれ!」
カレンよりも重い人間を抱えたのは久しぶりだ。
運動不足の腕と背中と腰がみしみしと悲鳴を上げるが――この際、仕方ない。
(頼む、保ってくれよ僕の身体――【疾風迅雷】)
中級魔法【疾風迅雷】――風と雷の速さを身体に宿す強化魔法。
全身に注ぎ込んだ霊素が、力へと変わる――そして軋む肉体。
「い、い、いだ、痛だ――ッ」
苦痛を押し殺しながら、僕は走り出した。
砂埃を上げながら、凄まじいスピードでクレーターを駆け上る。
「な――オイ、テメェ! 何ケツまくってんだコラァ!」
「自身に強化魔法をかけるとは――肉体にも自信があるようですね」
無いよ。全然無いよ、自信なんて。
全身の筋肉が今にも破裂しそうだよ。
「ひゃああああああああ――ちょ、速っ、速いですーっ!」
「黙ってて、舌を噛むから!」
叫びながら、クレーターにほど近い岩陰に滑り込む。
「おとーさん!」
「カレン! お父さんの背中に!」
背中に飛び乗ってきた七歳児という追加ウェイト。
いよいよ本格的に腰が辛い。
「しっかり掴まってるんだ――落ちるなよッ」
「りょーかい! がんばっておとーさん!!」
それでもカレンが応援してくれるなら。
僕は何度でも立ち上がり、走り出せる。
(ただし、この後三日はベッドから起き上がれないかも……)
いや。
そんな心配は、無事逃げ切ってからにしよう。
「待てやコラァ! おうファド! ミド! 出番だぞ!」
「ひゃっほー! 人狩りだァー!」
「行くぜ行くぜ~!」
背後から聞こえる不穏な歓声を無視して、僕は再び全速力で走り出した。