第19話 おじさん、JKと家族になる
「さ、いいですか~チヅルさん! 今日から早速、王立魔法研究所始まって以来の秀才にして“魔王の弟子”と呼ばれた、このユーリィ・カレラ★ が、直々に特訓を施してあげますよっ」
「え、えーと……よろしくお願いします」
酒場での歓迎会が明けて、翌朝。
昨日、丸一日をベッド(仕方ないので)で過ごしたユーリィはすっかり元気になっていた。
使い込まれた王立魔法研究所の訓練着を身につけて、薄い胸を得意げに張る。
「じゃあまずは走り込みからっ! がんばりましょうね~」
「えっ? わ、わたし、魔法の練習がしたいんです! 霊素中毒にならないように、簡単なものでいいから使えるようにって、アルフレッドさんが」
「やだなぁ、これも魔法の訓練ですよぉ。疲れて集中できないんじゃ、霊素の制御なんて出来ませんよ?」
対するチヅルさん――こちらはル・シエラが見立てた運動用のシャツとズボンだ――は、半泣きで僕に助けを求めてくる。
「あ、あの、アルフレッドさん、わたし、運動は、ホント全然ダメで……」
「えーと……まあユーリィの言うとおりなんだ。集中力を支えるためには体力がいる。うまくやろうとか、成績を残そうとか、難しいことは考えなくていいよ。ただ、昨日の自分より良くなれればいいだけ」
なるべく優しく言って聞かせるが、チヅルさんはそれでも首を振った。
「嫌、なんです。その……わたし、足が遅くて、それで、周りにすごく迷惑をかけたことが、あって。怒られたりからかわれたりして」
その時、僕の脳裏に浮かんだのは、孤児院時代の記憶だった。
身体が小さくて、運動も苦手で、周りの子達に全然敵わなかった。
「……分かるよ。僕も孤児院では、散々馬鹿にされてたし。子供って容赦ないよね」
「えっ、アルフレッドさんも……?」
「うん。でも、研究所に入った時、師匠に言われたんだ。『腐れヤローの言うことなんて気にしてどうすんのさ。とりあえずやってから考えたら? やってみてキライなら別の方法考えよっか』って」
師匠は、とにかく口は悪いが独特の倫理観を持つ人だった。
要するに、自分が好きか嫌いか、突き詰めて判断しろと言うのだ。
好きなら良し、嫌いなら悪し。
それ以外の判断は全てゴミ、クズ、カス――とにかく無価値で無意味。
「……やってみたら楽しかったんですか? 運動」
「うーん。正直、僕も研究の方が好きだけど……一人でひたすら走るのは意外と楽しかったから、こういうのはありかなって」
特に研究が煮詰まった時は良い気分転換だった。
王都の外壁沿いを三日三晩走り続けてたら、幽霊扱いされて冒険者に狩られそうになったっけ。
「それは、なんか……違う気がします」
あれ? 今、わたしもやってみます! ってなる流れじゃなかった?
僕が首をひねっていると、チヅルさんはおかしそうに笑った。
「……でも、分かりました。とりあえず、やってみてからにします――師匠」
「ちょっとチヅルさん! なに先輩と楽しくおしゃべりしてるんですかっ! ユーリィ、そういうのキビシイですからねっ!」
地団駄を踏んで騒ぐユーリィのもとに駆け寄っていくチヅルさん。
なんだかんだと言いながら走り出す二人の背中を、僕はボケーっと見送る――
「ほらほらアル先輩もっ★ 早くしてくださいよっ」
「……え? 僕?」
「あったりまえじゃないですかっ! 先生がやってみせてくれないと、生徒はついてきませんよっ」
えええ~、いやいや、僕ここで待ってるから、若い二人でどうぞ。
とか言う暇もなく、ユーリィに腕を掴まれる。
「さあっ、行きますよアル先輩っ★」
「……そ、そうですよ! 行きましょう、アルフレッドさん!」
何故か逆の腕をチヅルさんに掴まれる。
くそう、若い人はすぐノリとかでおじさんを巻き込もうとする!
「――はあ、分かった、分かったよもう」
「さっ、しゅっぱ~つ★」
最終的には両腕を引きずられるようにして、僕はしぶしぶ走り出した。
正直なところ、実際に走り出してみると、思った以上に気分は爽やかだった。
朝が早い村人達と挨拶を交わしながら、やがて郊外ののどかな田園風景の中へと踏み込んでいく。
まだ実りには遠い作物を眺めながら、ふと考える。
(……例の依頼の話、どうやって切り出そう)
リリー家の後継問題への干渉。
ジェヴォン達は血で血をあがなう泥沼へと飛び込もうとしている。
さらにマリーアン様は僕という武器を使って泥沼を干上がらせて、底に眠る財宝を掴み取ろうとしている。
(報酬は霊銀の供給ルートだ――チヅルさんの天恵の調査には、確かに必要だ)
霊銀。
多量の霊素を吸収保持する性質から、マジックアイテムや霊薬の素材としてこれ以上のものはないとされる金属。需要は多いが採掘量は少なく、王都の市場での価値は常に上昇を続けている。
こんな片田舎では、おいそれと手に入るものではない。
(……リリー領から霊銀が供給されれば、この村でも上質な霊素吸収剤が安定して製作できるようになる)
チヅルさんの天恵の調査を続けるなら、また霊素中毒になる危険性は高い。
(万が一のことを考えれば、霊銀を使用した上質な霊素吸収剤は必要だ)
とはいえ、マリーアン様の訪問について行って長期間家を空けるのも心配だし、そもそも交渉には危険がつきものだ。
僕にもしものことがあったら、今度こそカレンは一人ぼっちになってしまうかもしれない。
(……他に霊銀を仕入れる方法があるんじゃないか? ユーリィの伝手とか)
そんなことを考えながら走っていると、
「せ、せ、せんぱ~い、ちょっと、待って、くださいぃ~」
「アル、フレッド、さん、速、すぎ、です……っ」
いつの間にかチヅルさんとユーリィを置き去りにしていた。
慌てて戻る。
「ごめん、ちょっと飛ばしすぎたね。休憩にしよっか」
いつの間にか田園も終わり、森の境界近くまで出てきていた。
周囲に人気はないが、モンスターの気配もない。小規模な魔法の練習には最適な環境だ。
ユーリィが背負ってきてくれた敷物を広げて、水筒で一息入れる。
「さ、さすが、先輩、ですね……これ、だけ、走っても、顔色、一つ、変えない、とは」
「悪かったよ、ユーリィ。荷物、ここからは僕が持つから」
ははは、と笑いながらぐったり倒れるユーリィ。
……実は君もトレーニングサボってただろ。
「チヅルさん、落ち着いたら練習を始めよう。構成を編むところからだね」
「は、はい! 構成って、えーと、魔法の設計図、みたいなものでしたよね」
その通り。
構成は魔法の鋳型のようなものだ。そこに霊素を流し込むことで、初めて効果を持つ。
鍛冶屋で見た、鋳型と熱した金属みたいな関係だ。
(問題は、魔法を使おうとした時にチヅルさんの天恵がどういう働きをするか、なんだよな)
今まで見てきたケースから、天恵が発動して霊素を急激に取り込むのは、彼女自身に魔法が向けられた時だけだ。
じゃあ、自分の意志で体内に霊素を取り込み、引き出そうとした場合はどうなのか?
普通に発動すれば問題はない。
厄介なのは、取り込んだ霊素を構成に流し込めない場合だ。
もしそうなら、霊銀の必要性はますます高まる。
「……あの、アルフレッドさん。考え事ですか?」
チヅルさんの指摘に、どきりとする。
「あー……うん。分かる?」
「口に出てましたよ」
うわ、独り言。気をつけないと。
「ふふっ、嘘です。でも、すごく真剣な顔してるから。昨日、領主様に連れて行かれた後、ずっとそんな感じですよ?」
「……そっか。バレちゃうね、それは」
「よかったら、何があったのか教えてもらえませんか? ……ル・シエラさんも気にしてたみたいですし」
どう話せばいいのか決めかねていたけれど……もったいぶってみんなを不安にさせるのも、それはそれでよくないか。
「あの。あんまり大きな事は言えませんけど……わたしも、何かの役に立てるかもしれないし、それに」
「それに?」
「……わたし達、その。家族みたいなもの、じゃないですか」
うん、そうだね。僕もそう思ってるよ。
……って、普通に返すだけでよかったのに。
(なんだこれ……なんか、泣きそうだ)
チヅルさんは本当に――僕の、一番情けないところを思い出させてくれる。
そんなところまで、チトセに似てるなんて。
「えっ、ど、どうしましたアルフレッドさん? 大丈夫ですか?」
「あーうん! ごめん! 全然、あの、ホコリが目に入っただけ、ホントに!」
一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから――僕はマリーアン様の依頼を、かいつまんで説明した。
できるだけ来訪者と霊銀関連の話は抜きにして。
「……領主様からの依頼で、他家の後継問題に口を出す……って。うわぁ、なんかいよいよファンタジーって感じですね」
「いや、僕は口出さないからね。マリーアン様の護衛……というか、相談相手? みたいな」
「でもすごいですよ! 確かに、アルフレッドさんが後ろにいたら、相手も無碍にできないでしょうね、“世界最強の魔法使い”ですもん!」
何故か目をキラキラさせはじめるチヅルさんをよそに、僕は溜め息をついた。
……チヅルさん、ちょっとユーリィに毒されてない?
「……あ、でも、アルフレッドさん、カレンちゃんのこと心配ですか?」
流石というべきか、察しが良いところは変わらない。
「……うん。最近色々あったしね。リリー領まで行くってなると、それなりに時間もかかるし」
いくらマリーアン様の馬車隊とはいえ、移動には一週間以上かかる。
向こうで用事を済ませて帰るとなると、結局、一ヶ月は家を空けることになる。
「ワープ魔法は使わないんですか? そういうのもあるって言ってましたよね」
「そんなに便利じゃないんだよ、空間転移って。原理的な問題が多くてね……今の構成だと、移動する度に空間の変形が起きて、余波だけでクレーターができちゃうんだ」
「そっか……難しいですね」
そんな気軽に地形を変えていたら、あっという間に政治問題に発展してしまう。
「あ。じゃあ、ついてくっていうのは、どうですか?」
「ええと、カレンを連れてくってこと? それは流石に……観光旅行じゃないし、この世界はチキュウほど交通網が発展してないから、旅は大変なんだよ。モンスターとか、危険も多いし」
「えっと。なので、わたしも一緒についていく、っていう」
……チヅルさん、もしかして自分を『保護者』枠にいれてる?
どっちかというと、天恵の分だけ、色々な意味で君の方が危険なんだけど――
「で、でもでも、天恵の調査とか魔法の練習とか、わたしもアルフレッドさんがいないと困るっていうか……あの、カレンちゃんほどではないと思うんですけど、さ、寂しい、的な」
何故かやたらとわたわたしているチヅルさん。
うーん、確かに空白期間が出来てしまうのも良くないんだよな。他の技術と同じで、魔法の練習も継続が大事になる。
とはいえ、今回は普通の旅行とは訳が違うし、チヅルさんも普通の女の子って訳じゃない――
「ちょ、ちょっと二人ともっ。ユーリィを差し置いて、なんで楽しそうなトークしてるんですかっ!」
「あのね、ユーリィ。今、真面目な話をしてるんだよ」
「ユーリィもですよっ! 来訪者の保護がユーリィの務めなんですから! チヅルさんが行くなら当然同行しますっ★」
言ってない。
連れて行くなんて全然言ってないから。
「ユーリィさん! ありがとうございます!」
「いえいえ、ユーリィは職務を全うしているだけですとも!」
来訪者の危険な行動を止めるのも保護官の仕事だからね?
っていうかなんで、話はまとまった、みたいになってるの?
「わたし、この村以外の場所に行くの、初めてです」
「保護官として国中を飛び回ってきたこのユーリィ・カレラが、この世界での旅についてイチから教えてあげましょう★ 何事も準備が大切ですからねっ!」
僕の話なんてまるで聞こえていないのか、きゃいきゃいと盛り上がる二人。
いいよね、うん、若い人同士で仲が良いっていうのは、ホント、素晴らしいことだよ。
(友達増えてよかったね、二人とも)
……なんて笑っていたら、どうやら二人とも本気も本気だったみたいで。
夕食時に二人から話を聞かされたカレンは、
「お泊りでおでかけ!? したいしたい! カレン、チヅルおねーちゃんとおでかけするー!」
飛び跳ねて喜び、
「いいだろう。来訪者殿とは、ゆっくり話す機会が欲しかったのでな。構わないか、アルフレッド先生?」
提案を聞いたマリーアン様もニッコリと笑った。
「いいですか、アルフレッドさん?」
「いいですよね? ね? アル先輩っ★」
「……分かった。分かりました。はい。うん、そうだね、もうそれでいいです」
彼女達の強大な圧力にはとても耐えきれず、僕は仕方なく、リリー領へ向かうことを承諾したのだった。
……正直、この先に待ちうける波乱を知っていたら、僕は絶対首を縦に振らなかったけど。
ユーリィ、個人的にはすごくかわいいと思うんですが、あまり部下にはしたくないですね……ご覧になられたら、ぜひ評価&ブックマークよろしくおねがいします!