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【改題】パパは世界最強の魔法使い ~異世界女子高生と愛娘と過ごす幸せスローライフ  作者: 最上碧宏
第1章 おじさんの元に元嫁そっくりなJKが舞い降りた
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第13話 おじさん、JKにプレゼントを贈る

 村役場、冒険者ギルドに続く村で三番目に大きな建物、それが教会。

 女神ムール・ムースを祀ったその教会は、酒場と並ぶ村人達の拠り所だ。

 住民の信心がどれほど篤いかというと、「村が滅びる日が来るとしたら、絶対に教会派と酒場派の対立が原因だ」なんて説が囁かれているほど。


「わぁ、この像、もしかして……本当に女神様だったんですね、あの人」


 礼拝堂の奥に飾られた女神像を見上げて、チヅルさんはさも見てきたかのように言った。


 あ、そうか。

 実際に会ったんだよね、女神ムール・ムースに。


「この像に似てた?」

「はい。でも、なんていうか……もうちょっと、セクシーというか、色々フリーダムな感じでしたけど」


 えええ、そうなの?

 教典にはたおやかで貞淑な女性って書いてあるんだけど……まあ、偶像化されてるってことなんだろうな。


「あら、アルフレッド先生。ようこそ、太母の家へ。お祈りですか?」

「先日は森まで探しに来ていただいて、ありがとうございました、アガタ司祭。実は今、彼女に村を案内していて」

「ツアーの締めくくりがこの教会ですか? 光栄ですね」


 奥から顔を出すなり、慈愛に満ちた笑みを見せてくれたのは、教会を預かっているアガタ司祭。

 僕が村に帰ってきたのと同じ頃に王都から派遣されてきた才媛で、とても心優しい人だ。僕らは環境が変わったばかりで、お互いに相談することも、されることも多かった。


 単純に、年齢が近いというのもあったし、特に僕は……まだ、妻を失って間もなかったから、よく懺悔室で話を聞いてもらっていた。

 弱音やら愚痴やら、誰にも話せないようなことばかり。


(本当に、助けてもらったな)


 女神がいるならきっとこんな人だろう、と思ってたけど……そうか、違うのか。


「あ、あの! その節は、お世話になりました!」

「太母の家へようこそ、正客(ゲスト)さん。この世界にはもう慣れましたか?」

「はい、その……アルフレッドさんや、皆さんのおかげで」


 ムール・ムース教会に務める人達は、来訪者(ビジター)のことを正客(ゲスト)と呼ぶ。

 女神様が招いた方だから『お客様』という訳だ。


 正客(ゲスト)はみんな神様、かというとそうでもなくて、例えば異界のタコなんかが現れた時は、『招かれざる客』としてきっちり対応してくれたりするので、彼らは人々に頼られるのだ。


「そう、それは良かった。太母のお導きに感謝ですね」

「本当に……最初はちょっと、対応が適当だったので、すごい不安で、どうなるかと思ったんですけど」


 わりと本気で、チヅルさん。

 ムール・ムースという女神がどんな性格なのか、少し分かった気がした。


「アガタおねーさん、こんにちは!」

「はいこんにちは、カレンさん。お菓子、食べますか? いただきものですけど」

「わーいやったー! アガタおねーさん、好きー!」


 てってけと走り寄るカレンに、いそいそと菓子を与えるアガタ司祭。


 なんていうか、子供の扱いを心得ている人だなあ、と思う。

 もしかしたら子供がいたのかもしれない。


 他国の宗教と違って、ムール・ムース正教は婚姻を禁じていない。赴任先に家族でやってくる司祭も珍しくない。

 でも、アガタ司祭は一人で村にやってきた。

 つまり、そういうことだ。


「あ、そうだ、ちょうど良かった。アガタ司祭、一つお願いがあるんです」

「はい、なんでしょう?」

「このペンダントに、祝福を授けていただけませんか?」


 僕は、雑貨屋のアインがおまけしてくれたビロード張りの箱から、例のペンダントを取り出してみせた。

 窓から差し込む夕日を浴びて、アミュレットの宝石がキラリと光る。


「まあ、素敵な首飾り。アルフレッド先生が仕立てたんですか?」

「いえ、ギドランズさんのところのアミーがほとんどやってくれたんですけど。僕とカレンから、こちらのチヅルさんにプレゼントしたいんです。王都の魔法研究所へ旅立つ前に」


 アガタ司祭は、まあ、と頬に手を当てて、


「はなむけですね、素晴らしい。私で良ければ、ぜひ祝福させていただきましょう」

「ありがとうございます」


 僕は臙脂の絹が敷かれた祭壇にペンダントを置くと、チヅルさんとカレンを呼び寄せた。

 三人並んでひざまずき、胸の前で手を組む。


 アガタ司祭は祭壇の横に立ち、顔の前で十文字と菱形の聖印を切った。


「大いなる母、ムール・ムースよ。大地より生まれた美しき細工に祝福を与え給え。この首飾りを持つものの行く先に、幸多からんことを」


 しばしの静寂。


 この時、ムール・ムースの声が聞こえる、という人もいる。

 僕は聞こえたことがない。多分、これからも聞こえないだろう。


 でも、ペンダントがほのかに光を――霊素(エーテル)反応光を放つのが見えたから、確かに祈りは届いたのだ、と思う。


「……それでは、アルフレッド先生から、正客(ゲスト)の方にペンダントをかけてあげてください」

「えっ、ぼ、僕ですか?」

「もちろん。カレンちゃんには、まだちょっと難しいでしょう?」


 カレンを振り向くが、『まかせた!』と言わんばかりに頷き返される。


 なんで僕が……いや、別に嫌とかではなくて。

 こんなおじさんにペンダントをかけられても、チヅルさん的には嬉しくないんじゃないかな、とか。


「おねがいします……アルフレッドさん」

「は、はい。では、僭越ながら、僕が」


 何故か妙にかしこまってしまって、チヅルさんに笑われる。アガタ司祭にも。


 僕はペンダントを受け取ると、恐る恐るチヅルさんの首に腕を回し、アミーが仕立て直してくれた留め金をうなじで留めた。

 カレンの見立て通り、チヅルさんの肌には銀の鎖がよく馴染む。


 ……ほっそりとした首筋が、どういう訳か、みるみる赤くなっていく。


「ど、どうしたの、チヅルさん?」

「……あの、顔を近づけられて、照れているのではないかしら。……というか、後ろからかけてあげるのだと思っていましたよ、アルフレッド先生?」

「あ! ですよね! ご、ごめんチヅルさん! 近かったね! ごめん! 加齢臭がね! するよね!」

「い、いえ! 全然! そ、その、いい匂いしましたし!」


 慌てて離れた僕と、ぺこぺこ頭を下げるチヅルさん。

 僕らが落ち着くのを見計らって、アガタ司祭が微笑む。


「……正客(ゲスト)さん――いいえ、チヅルさん。これから先、もし辛いことがあったら、きっと思い出してくださいね。あなたは女神に招かれてこの世界を訪れた、祝福された存在であることを」


 アガタ司祭はチヅルさんの肩に手をおいて、静かに語りかける。


「そして、ここにいる二人――アルフレッド先生とカレンさんが、いつもあなたの幸せを願っていることを」


 チヅルさんは彼女の青い目を見上げて、そして頷いた。

 こみあげるものをこらえながら、小さな声で、


「……はい」


 ――僕は、チヅルさんが教えてくれた、前の世界での暮らしのことを思い出していた。

 家族との距離は遠く、図書館だけが安らげる場所であったこと。


 願わくば、この世界で寂しい思いはしないでほしい。

 好きなものを、好きなことを、好きな人をたくさん見つけて。


 満ち足りた人生を過ごしてほしいと、心から思う。


「……それと、チヅルさん。これは私からの個人的なお願いなのですけれど」


 今までの厳かな表情を崩して、アガタ司祭。


「もしいつか、あなたの心に余裕ができたら、アルフレッド先生のことも、支えてあげてくださいね」

「え、いや、なんで僕を――アガタ司祭、何言ってるんです?」

「多分、チヅルさんならお気付きだと思うのですが。この人、少し頼りないところがあるでしょう?」


 待ってくれ、何の話だ?

 と僕は思ったけど、いたずらっぽくウインクするアガタ司祭に、チヅルさんははっきりと同意した。


 おかしいな、アガタ司祭はともかく、チヅルさんにまでそんな風に思われてたなんて。

 がんばって保護者らしくしてたつもりなのに。


「カレンからも、おねがいします! チヅルおねーちゃん!」

「はい。おねがいされました」


 なんか楽しそうに微笑みを交わす三人。


 一人だけ蚊帳の外に置かれた僕は、所在無く女神像を見上げた。


(……僕、そんなに頼りないですかね、ムール・ムース様?)


 こんな時だけ頼られても、女神様だって困るだろう。


 ……さて、そろそろ良い時間だ。

 今日はル・シエラが腕によりをかけて晩餐を用意すると言っていた。

 エレナとグロリア、それにメリッサやサリッサも顔を出すらしいから、出迎えの準備をしないと。


「それじゃ、失礼します。アガタ司祭」

「ええ。幸多からんことを」


 アガタ司祭に別れを告げ、家路につく。


 夕暮れの村を三人で手をつないで歩くひととき。

 少し眠くなってきたカレンを励ましながらゆっくりと進む時間は、もったいないくらい贅沢で。


 その途中――冒険者ギルドの前を差し掛かった時。


「あーっ! 探しましたよっ、アル先輩!」


 僕は呼び止められた――まさかいるとは思わなかった人物に。


「……ユーリィ?」

「もーっ、どこ行ってたんですかぁ! ここのギルドの人、全然頼りにならないし、村の人が教えてくれたとこ行っても、全部もういないって言われるしーっ! ユーリィ、超心細かったんですからねっ」


 旅用の使い込まれたマントを羽織った少女は、駆け寄ってくるなり僕の胸板をボカボカと殴りつけてきた。

 そのまま、ぐっと顔を押し付けてくる。


「……ずっと、ずっと会いたかったです――アル先輩っ」


 天下の往来で――しかもよりによって夕方、村人の半分以上が集まっている酒場の前で突然泣き出し始めたのは。


 王立魔法研究所時代、僕の助手としてストラヴェック工房(アトリエ)に所属していた魔法使い――ユーリィ・カレラだった。


 ……なんで彼女がここに?

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