第12話 おじさん、JKと最後のデートをする
「あら~カレンちゃん! ちょっと見ない間にずいぶん大きくなったわねぇ。今日はお父さんのお迎え?」
「あ、あの、どうも、はじめまして、ええと」
「おつかれさまです、ローズ先生。ええと、彼女はカレンじゃなくて、チヅル・アマミさん。知人の娘で、療養のためにウチで預かってるんです」
「あら! そうだったのね、ごめんなさい。絹みたいに素敵な黒髪だから、つい間違えちゃったわ!」
白髪を綺麗に編んだ上品なマダム――家庭科担当のローズ先生はいつも通りたおやかな挨拶を残して、職員室へ去っていく。
彼女の背中を見送ってから、僕達は改めて笑いあった。
「お待たせ、チヅルさん。ようやく生徒達の質問が終わってね。ここまで迷わなかった?」
「はい、あの、村の皆さんが親切に道を教えてくれたので」
「そのカゴいっぱいの野菜とチーズも?」
「ええ、その……なんか、『アルフレッドさんの職場に行きたい』って伝えたら、あの、『娘さんに腹いっぱい食べさせてやりなよ、お母さん』って、ロバート牧場の方が……」
流石はロバート、“村一番のうっかりもの”の称号は伊達じゃない。
チヅルさんが子供がいるような年頃に見えたのだろうか?
というか、僕の妻の話は――ああそうか、してなかった。
うん。ごめんロバート。君は悪くな……くもないな。
「相変わらずだね、ロバートは……ごめん、今度会ったら誤解を解いておくよ」
「いえ、全然、わたしは気にしていないです、全然っ。むしろロバートさんの厚意に甘えちゃって申し訳ないというか」
何故か赤い顔で、チヅルさん。
年上に見られたり年下に見られたり、気を悪くしてないといいんだけど。
「――おとーさん! おまたせー!」
「お! おつかれさまーカレン! 今日も勉強がんばったかな?」
「ちょーがんばったー!」
初等教室から飛び出してきたカレンは、背負ったリュックをガチャつかせながら走ってきた。
僕はしゃがんで受け止め、思いっきり高く持ち上げて――
「よーし、高い高い――あ、ごめん、やっぱ無理、腰、腰が……」
「もー、無理しちゃダメって言ってるでしょー。おとーさん、おじさんなんだから!」
だよね、うん、知ってた。
おじさん、無理、よくない。
「チヅルおねーちゃん、こんちは! 道、迷わなかった? 寄り道しなかった?」
「うん、大丈夫。お父さんにも同じこと訊かれたよ」
「おとーさん心配性だからねー。すぐ心配するの! カレン、もうお姉さんだし、一人で学校行ってもだいじょうぶって言ってるのにー」
「ごめん、でもハラハラしちゃうんだよ、お父さん」
じたばた暴れるカレンは、僕の腕から下りるなりさっさとチヅルさんの手を取った。
「さ、いこーチヅルおねーちゃん! カレンの秘密基地、連れてったげる!」
「えー、ホントに? 楽しみだなぁ」
そのまま二人で歩いていってしまう。
……本当に懐いてるなあ、チヅルさんに。
(チヅルさん……すっかり元気になって、良かった)
急性霊素中毒の後遺症もなさそうだ。
すっかり元気になったチヅルさんは、残り少ない村での滞在を満喫しているようだった。
朝早く起きてル・シエラの手伝いをし、僕とカレンが学校に行くのを見送ったあとは、読み書きの練習(女神の祝福は会話にしか効果がないらしい)をしたり、顔を出してくれたグロリアと遊んだり。
そして今日は、滞在の締めくくり――病床で約束した観光プランの実行日だった。
(楽しい一日にしよう。カレンにとっても、チヅルさんにとっても、いい思い出になるように)
僕が決意を新たにしていると、カレンがくるりと振り返って、
「おとーさん! こっちこっち! 置いてっちゃうよー!」
「ああ、ごめん、今行くよ!」
小走りに追いかけて、差し出してくれた右手をしっかりと握る。
「よし! まずは秘密基地だね? チヅルさん、高いところは大丈夫?」
「えっ!? た、高いって、ど、どれぐらいですか?」
「だーいじょうぶだよ! こわかったら、カレンが手をつないでてあげるから!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
学校近くの秘密基地から始まった観光ツアーは、ハビエ姉妹のパン屋で腹こしらえ、川沿いの粉引小屋で水遊び、オリバーのリンゴ農園でおやつタイム、アインの雑貨屋でお土産探しと続き――
「チヅルおねーちゃん! これ! これ、かわいくない?」
「ホントだ! このペンダント、不思議な模様……これ、鉄なのかな?」
「おー、流石カレンちゃん、お目が高いねえ。コイツはさる異国の美姫がつけていたという曰く付きの逸品でねえ」
いつものように始まった店主の与太話――ただうろ覚えなだけなのか、それとも単なる嘘なのか、いつも判断に困る――に、目を輝かせるカレンとチヅルさん。
なんでも、その『異国の美姫』とやらは狂王たる母によって祖国を追放され、身を守るために冒険者に身をやつしたのだという。
彼女は旅を続ける中で、魔法使いの男と出逢った。
魔法使いは姫の正体を知ったあとも、決して媚びへつらわず、姫はその男に心惹かれたそうだ。
男もまた姫を愛し、やがて二人は結婚した。
結婚の証として、魔法使いは自らが作った首飾りを贈ったという。
二人は子供を授かり幸せに暮らしていたが、過去からは逃れられなかった。
かつての臣民達が母の暴政に苦しめられていると知った姫は、反乱軍の旗を振りかざす。
戦に向かう姫は必ず戻ると約束して、家で待つ二人の娘と夫の魔法使いのもとに、あの首飾りを残していた。
やがて反乱は成功するが、引き換えに姫は戦場で命を散らした。
残された家族は、形見の首飾りを代々の家宝として受け継ぐことを決めた……
「――その首飾りが、そう、まさにこれ! ってワケだ」
いやいやいやいや。
家宝、売り払われちゃってるんだけど。
「……そんなロマンチックな由来があったんですね」
「すごーい! アインおねーちゃん、どこで拾ったの?」
「え? うん、それは買い付けって言って……あー、まず、仲介業者っていうのがあってね」
うん、まあ、いいんだ。
二人が楽しいならそれでいい。
おじさんが野暮なこと言っても、「夢がない」「ロマンがない」「加齢臭がキツい」とか言われるだけなんだ。
分かってる。分かってるよ。加齢臭対策には耳の後ろをちゃんと洗うといいんだよね。分かってるんだ。
「という訳でどうだいアルフレッドの旦那! こちらの可愛らしい恋人さんに! 安くしとくよ!」
「こ、こい、恋人!?」
「……あのね、アイン。話に尾ひれつけるのも程々にしとかないと、ホントに信用無くすよ――おや?」
アインが押し付けてきた革紐のペンダントを、とりあえず手にとってみると。
妙な手応えだった。
紐に結ばれた円形の飾りには、確かに魔法使いが使う魔導文字が刻まれている。魔刻器にしては不完全な構成で、それ自体に効果はなさそうだったけれど。
問題は重量感の方だった。
見た目はくたびれた鉄そのものなのに、ずいぶんと軽い。
中が空洞なのかと思って振ってみるが、空気が動く気配もない。
「……これ、霊銀製じゃない?」
「えっ、霊銀って、あのミスリルですか? 魔法の剣とかの材料?」
「いやいやアルフレッドの旦那、アタシを担ごうったってそうはいかないからね?」
僕は手のひらのペンダントに向けて、霊素を放出する。
予想通り、円形の飾りはぼんやりとした光を放ち、魔導文字が輝き始める。
間違いない。霊銀による霊素吸収反応だ。
「……ホントに掘り出し物かもしれない、これ。由来の真偽はともかく」
「は……はは。マジすか、旦那。すっごい掘り出し物じゃないすか! いやー、アタシの運も捨てたもんじゃないねえ!」
アインは目を金貨みたいにキラキラさせながら、叫ぶ。
「で? これ、いくら?」
「えっ、え、えー、そうっすねえ、こ、これぐらいで……」
恐る恐るアインが示したのは、三本の指。
「なるほど、そうだね、鉄製のアミュレットならこんなものかな?」
と、僕は銀貨を三枚手渡す。
「ちょっ、旦那ぁ! そんなご無体なぁ」
「ごめん、嘘だよ。でもまあ、鑑定料は差し引いてもらっていい?」
「ぐぬぬぬ……仕方ないっすね! 持ってけドロボー!」
交渉成立。
仕入れがいくらか知らないけれど、金貨が出た時点でかなりの儲けだろう。
「やったね、おとーさん! 丸くてかわいいやつ!」
「あの、すみません、ありがとうございます、アルフレッドさん!」
「いえいえ、どういたしまして」
二人の笑顔が見られるなら、安いものだ。
ただ正直、このペンダントは細工物として不完全というか――作り途中のように見える。
魔刻器として機能させるなら、魔導文字を継ぎ足さないと――
そこでふと、思いつく。
「チヅルさん、カレン。ちょっと寄りたいところができたんだけど、いいかな?」
「え! なに、どこいく? おかし屋さん?」
「違うよ。チヅルさんがまだ見たことないところ」
多分、『チキュウ』ではあまり見られない場所だと思う。
チヅルさんは首を傾げて、
「見たことないところ……ですか?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おうおうおう、なんじゃあ、アル坊! 珍しいのう! ようやく鎧の一着でもこしらえる気になったか!」
「先日の森ではお世話になりました、ギドランズさん。今日はちょっとお願いがあって――あ、すみません、武器の発注ではなくて」
何故か嬉しそうに壁に飾ってあった武具を見繕い始めた店主――ギドランズを押し止める。
「うわあ……すごい。本物の鍛冶屋さん……テレビでしか見たことない、です」
「ギドランズ&スティーブ工房。農具や食器はもちろん、剣や鎧も手がけてくれる村一番の鍛冶屋さんだよ」
チヅルさんは心底珍しそうに、炉の火で赤々と照らし出された工房を見回していた。
火事を防ぐため、むき出しの岩と砂だけで作り上げられた内装は、どこかドワーフ達の故郷である洞窟を思い起こさせる。
作業の真っ最中だったのだろう、炉には火が入っていて、そばの鉄床では助手のアミーが小物をいくつか叩いていた。
むせ返るような熱気と、耳に刺さる金属音。
どこにいっても走り回っているカレンも、ここではチヅルさんの手を握ったまま大人しくしていた。
以前、イタズラをしようとしてギドランズさんにこっぴどくしかられたせいだろう。
その時は流石に僕も怒らざるを得なかった。ここは危険じゃないものの方が少ない場所だ。
「アインの店で、こんなアミュレットを見つけたんですよ」
僕が差し出した首飾りを、ギドランズは残っている右目――隻眼は鍛冶屋の職業病だ――で見定める。
立派な顎髭を撫でながら、
「霊銀じゃな。仕上げでごまかしちゃいるが、この軽さは鉄じゃないのう」
「ええ。どうやら魔刻器らしいんですが、作りかけみたいで。ギドランズさんに仕上げをお願いしたいんですよ」
「ふむ。魔導文字の継ぎ足しとな……おいアミー!! こっち来るんじゃ!!」
大声も鍛冶屋の職業病。
慣れないチヅルさんはもちろん、カレンもびくりとなった。
呼ばれた助手のアミーは、平然とゴーグルを上げる。
煤で汚れた頬を拳で拭うと、
「なんだよ親方、アタイ忙しいんだけど。これ全部明日までだぞ?」
「せっかくお前さん好みの仕事が回ってきたっつうのに、生意気言いよる。んじゃ、ワシがやっちまうぞ? コレ」
ギドランズが掲げたペンダントを見るなり、アミーの顔色が変わった。
小躍りしそうな調子で、亜麻色のポニーテールをふりふりやってくる。
「魔刻器か! いーねえ、こういうちっさいのは、いいよな、機能美がある! しかもアルフレッドにいさんの頼み? やるやるやるよ親方! アタイにまかせとけってんだ!」
なめし革のオーバーオールに包まれた胸をドンと叩くアミー。
ギドランズは、うむ、と頷いてから、
「心配するなアル坊、こいつの腕は儂が太鼓判を押してやる」
「ええ、頼もしい跡継ぎがいてよかった。スティーブおじさんも喜んでるでしょうね、きっと」
僕の言葉にギドランズは大きく頷いて、アミーは照れくさそうに鼻をこすった。
アミーの亡き父スティーブは、工房の共同経営者だった。
話好きのギドランズとは真逆の寡黙な細工師で、領主のアクセサリーも仕上げるほどの名匠だったのだ。
子供が大好きな人で、僕がまだ孤児院にいた頃、よくおもちゃを作ってくれたのを憶えてる。
「んで、アルフレッドにいさん、彫りたい魔導文字の構成はもう出来てるんだろ?」
「ああ。そこの紙とペン、借りていいかな?」
さっき思いついた魔法の構成を、作業台の上で書き出していく。
アミーは楽しそうに、僕の手元を覗き込んでくる。
「なあなあ、にいさん、これ女物だよな? ようやくエレナ姐さんとやってく気になったのかい? よかったねえ、ついに想いが通じたってワケだ! なあ、二人の結婚指輪は絶対アタイに作らせてくれよな!」
「いや……ええと、そこにいるチヅルさんへのプレゼントなんだけど」
言った瞬間。
アミーは見たことないぐらい冷たい目をした。
視線だけで二人は殺せそう。僕ともう一人。
「……は?」
「えっ……ごめん」
反射的に謝ってしまうが。
アミーは音を立てて振り返ると、ドカドカとチヅルさんに詰め寄っていく。
「おうおうおうアンタ! どこの馬の骨だか知らねぇが、誰に断ってアルフレッドにいさんのハートをいただいてんだ、アァン? 『イヌに紛れてヒツジをいただく』なんてなぁ、お天道様が許してもアタイが許さねえぞ!」
「えっ、えっ、イヌ? ヒツジ?」
「アルフレッドにいさんのハートが欲しけりゃ、アタイの金槌とエレナ姐さんの剣を破ってからにしやがれってんだ、オウ!」
ああああ、チヅルさん、完全に怯えちゃってる。
(アミー、鋭い目つきはスティーブおじさんそっくりだけど、思い込みが激しいところはギドランズさんそっくりなんだよなあ……)
どうやって止めようか迷っていると、先にカレンが割って入ってくれた。
「こら! アミーおねーちゃん、ダメ! チヅルおねーちゃんこわがってるでしょ!」
「オイオイ、どうしたんだよカレンちゃんよぉ、アンタ、エレナ姐さんがお母さんだったら楽しいかも、ってアタイに言ったじゃねえかよぉ」
待ってくれ、それ初耳だ。
エレナが? いや、確かによく懐いてるし、面倒も見てもらってるけど、それは酒場のメリッサとサリッサとかも同じだし……え?
「チヅルおねーちゃんは、もうすぐ……もうすぐ、王都に行っちゃうの! だから! だから……カ、カレン、と、お、おどーざん、がら、あれ、ブレゼンド、ずるのぉ」
カレンの大きな瞳が、見る見る涙に沈んでいく。
垂れてきた鼻水をズビズビすすりながら、
「ガレンど、おどーざんの、こと、わずれないでね、って、王都にいっでも、げんぎで、ね、っでえええええええええ」
いよいよ嗚咽をこらえきれなくなったカレンを。
チヅルさんが、抱きしめてくれた。
「……ありがとう、カレンちゃん。わたし、嬉しいよ」
「あああああああああ、おねえぢゃあああああん」
彼女の細い腕にしがみついて、カレンが涙をこぼす。
ようやく事情が飲み込めたのか、アミーが申し訳なさそうな顔でこちらを見る。
僕は頷くと、カレンの傍にしゃがみこんだ。
「うん、そうだね、カレンはチヅルさんのこと、大好きだもんね。今日もいっぱい楽しんでもらうって、張り切ってたんだよね」
「うん」
「えらかったね。カレン、すごくえらかったよ」
ハンカチで涙と鼻を拭いてやり、嗚咽が収まるのを待つ。
アミーも膝をついて、カレンと目線を合わせた。
「……すまねぇ、悪かったよ、カレンちゃん」
「……ん」
「お詫びといっちゃなんだけどよ……ペンダントに、カレンちゃんの好きなモン、彫ってやるよ。その……そっちの方が、チヅルおねーちゃんとやらに、憶えててもらいやすいだろ」
その提案に。
カレンはすっかり笑顔を取り戻して、
「それ! それ、カレンやる! ありがと、アミーおねーちゃん!」
作業台へと駆け出した。
「チヅルおねーちゃん、待っててね! すっごいやつ、彫ってもらうからね!」
「うん。楽しみにしてるよ」
僕が書いた魔導文字のメモとカレンが書き上げた力作を並べると、アミーはイキイキとした顔で袖をまくり始めた。
「よっし、あとはアタイに任せとけ! そんなにかからねーと思うからよ、親方と茶でも飲んでてくれや!」
そろそろ物語も佳境かもしれません。ご覧になったら是非ブックマークと評価をお願いします!




