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プロローグ 十六歳の僕がおじさんになるまで

 僕が、本物の魔法使い(ウィザード)――つまり宮廷魔法士になったのは、十六歳の時だった。


 これは完全な自慢だけれど、当時は史上最年少の魔法士として結構な話題になった。

 しかも貴族の血縁ではなく辺境地域の孤児院出身。


 それはもう凄まじいほどのやっかみと嫉妬、反作用としての期待と希望を浴びせられた。

 でも正直、そんなことはどうでも良かった。


 とにかく僕は魔法が好きだった。

 生まれて間もなく親を失い孤児院に預けられた僕は、お世辞にも体が強い子供ではなかった。

 運動では誰にも勝てなかったし、読み書きが得意と言っても、孤児院の蔵書はたかがしれていた。


 そんな僕にとって、魔法は唯一にして最高の遊びだった。

 宮廷魔法士になれば、好き放題に魔法を使って、もっと良い魔法や面白い魔法を生み出していい。

 その為なら大抵のことは許される。とても自宅ではできないような大規模な実験だって。


 僕にとってはこれ以上ない環境だった。

 王立魔法研究所での生活は本当に夢のような日々だったと思う。



 ――振り返ってみると、僕がこれまで手にしたもので、躊躇なく最高だと言えるものは三つある。


 一つは、工房(アトリエ)

 少しずつ自分の好きなものや実験器具を集めながら作っていった夢の城。

 多分、王立魔法研究所には今でも僕の名前が冠された建物が残ってるはずだ。


 そしてもう一つ――この言い方は語弊があるかもしれないけど――妻だ。


 この世ならざる魔法の力――『天恵(ギフト)』を持っていた彼女のことを、僕は最初、単なる実験対象だと思っていた。

 突然、僕の前に現れた彼女の持つ力が研究のヒントになるかもしれないと。


 彼女は、異世界『チキュウ』からやってきた来訪者(ビジター)だった。

 生まれも育ちも文化も、考え方もまるで違う。一緒にいて飽きることがない。


 そして何より黒い瞳の美しさ。

 夜空をそのまま写し取ったって、あんな色にはならないと思う。


 単なる知的好奇心だと思っていたものが、世間で言うところの恋愛感情だと気付くまで、かなり時間がかかった。

 僕はいつも研究漬けで、恋愛沙汰とは無縁の青春を送っていたから。


 でも、そうと分かれば話は早かった。


 今でも憶えてる。

 徹夜で練った最高のデートプランが大失敗に終わった日の夜。

 魔法士としての給与三ヶ月分(ということは、平民の生活費三年分)の指輪を渡して、プロポーズした時の彼女の顔。

 僕の手が緊張で震えすぎていたせいで、はめようとした指輪が広場の噴水に落っこちて、二人でぐしょ濡れになりながら探したこと。


 そして、三つ目の『最高』。

 彼女との間に授かった娘。


 僕は宮廷魔法士として、多くの神秘を目の当たりにしてきた。

 いわゆるエルフ、妖精、天使、オーロラ、オリハルコン――筆舌に尽くしがたいほど美しいものもたくさんあったけれど。


 出産を終えた妻と生まれたばかりの娘に比べれば、全てが色あせて見えた。


 妻と娘のために、宮廷魔法士として最高の仕事をしようと思った。

 そうすることが家族の幸せにつながると思っていた。


 それが正しかったのか、間違っていたのか。

 僕は今でも分からないでいる。



 ……結論から言おう。


 僕は研究に失敗した。

 制御を誤り、暴走した魔法は一つの都市を消し去った。

 そこに住んでいた多くの人々と――妻を巻き添えにして。


 僕は。

 宮廷魔法士としての職を辞し、娘とともに自分が育った辺境に戻った。

 今は村の小さな学校で教師として働きながら、娘を育てている。


 十六歳にして不世出の天才と呼ばれた僕は、三十歳にしてただのおじさんになった。


 たった一つ残された『最高』を守ることだけが生きがいの。

 ごく普通のおじさんに。

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