第九話 侵入
シスターであるメアを仲間にし、戦力が整った俺たちはピスティスへの侵入法を検討していた。
「正面突破は難しそうなのかなぁ?兵士くらいなら私が眠らせることが出来るけどぉ~」
メアが腕を鳴らす。・・・眠らせるで済むならいいんだけど。
「それは難しいわ。現在城の警備には兵士の他にオーウェンが使役している魔物もいるわ。それら全部を相手してたら王宮内部までバレちゃうわ。・・・ま、その預言者ってやつが全部お見通し、なんてことにはなってそうだけれど。」
「あいつのことだ、どう侵入したところで筒抜けだろうよ。それならなるべく消耗せずに侵入した方が楽だろうねぇ。ヒーッヒ」
「消耗しない方法、か・・・。アネッタ、門以外で侵入できる箇所に心当たりはないのか?ボクたちは少数だ。狭い道でも通れると思うけど・・・」
「うーん、私は正門以外から通ったことはないから・・・。エミリアは何か知らない?」
「いくつか候補はあるけど、アタシが知ってる場所はだいたい奴らにも知れ渡ってるだろうさ。どこも兵士に化けた魔物が封鎖してるだろうさ」
エミリアが言う。・・・正門『以外』はモンスターが変装している。そこに活路がある。そんな気がする。
「アネッタ。正門は普通の兵士が固めていたんだな?」
「あ、え、うん。オーウェンが直々に魔物をぶつけてきたりはしていたけど、それ以外は本物の人間・・・のはずよ」
アネッタが言う。・・・相手は人間。常に敵意を振り撒いているモンスターには憑依は通用しないが、隙が存在する人間なら。
「・・・俺に、いい考えがある」
――――――
ピスティス正門前。見張りの兵士は二人。モンスターはいない。・・・これならいけるか。
「アンタ、本当にやるつもり?下手するとアンタが一番危ないのよ?」
アネッタが心配そうに言う。・・・だが。
「これは俺にしか・・・。いや、俺の能力でしかなし得ない。俺がやるしかないんだ」
そう言って俺は憑依の腕輪を構える。アネッタはもう一度口を開く。
「・・・アンタはいつもそう。どうして私の手伝いをしてくれるの?アンタは関係ないのに。」
「・・・俺は、この世界に来て、まだ何をなし得るか、その目的を見出していない。・・・でも、俺はアネッタに初めて会った時、思ったんだ。・・・お前を、アネッタを。助けてやりたい。そう思ったんだ。だから俺は戦う。・・・実際に戦うのは俺じゃないけど、それでも、その手伝いをしたいんだ。関係あるとか、ないとかじゃない。俺がしたいから、アネッタを助けるんだ」
「ケンゴ・・・」
「それじゃ、行ってくる。・・・憑依!」
――――――
「今日も平和だなぁ。最近はあの姫を語る変なやつもやってこないし。魔物もオーウェン様が全て従えてくれる。このままイーゼロッテ様が王妃になれば、この国は完全に安泰だな」
「ああ、そうだな。・・・ん?お前、どうした?」
兵士が動き出す。
「え?いや、そろそろ休憩の時間だろ?戻ろうと思ってさ」
「・・・あれ?もうそんな時間だったか?・・・なら、もうすぐ代わりの兵士が来るだろ。それまで待つしかないだろ」
「大丈夫だって。最近は平和だし、数刻門を開けても大丈夫だよ」
「・・・そうかな・・・?いや、確かに・・・」
『思考誘導』。憑依した対象の思考をハックしてこちらの思惑通りに動かす。今まで憑依した仲間の攻撃を正しい方向へ導いたり彼女たちの知らない魔法を唱えさせたりするために自然と使っていたが、これを応用すればこんな風に相手の言動をコントロールすることが出来る。
・・・憑依先の意識が残っているからあまり突飛な行動も出来ないし、今回だって確実に成功するとは思っていなかった。・・・だが、どうやら賭けには勝ったようだ。
「それじゃ行こうぜ。大丈夫だって、それにもし今侵入者が来てもオーウェン様が何とかしてくれるさ」
「・・・それもそうだな。んじゃ、さっさと休憩しようぜ。ずっと突っ立ってるのも疲れるしな」
兵士は去っていく。その時に兵士に合図をさせる。アネッタたちに知らせる、侵入開始の合図だ。
――――――
「坊やからの合図だ。行くぞお前たち!」
目を鳥に変化させ、遠くまで見渡せるようにしたエミリアの合図で私達は行動を開始する。
私達が無事に中に侵入できるまで、兵士の思考誘導が解けないようにケンゴはまだ兵士の中にいる。私はケンゴの体を背負って門へと駆け寄る。
私に続いてエリーシャ、メア、エミリアも門の中に入る。・・・オーウェンの攻撃は飛んでこない。ケンゴの言うとおり、兵士が感知しなければオーウェンは攻撃を行うことが出来ない。・・・全員が入ったことをケンゴに伝えるため、エミリアに合図を送らせる。
エミリアは服の一部を千切りとり、鳥の姿に変化させケンゴの決めた動きをさせる。
その合図を送るとすぐに、ケンゴの体が動き出す。
――――――
「・・・どうやら、成功したようだな」
兵士の視点から合図を確認した俺は、即座に憑依を解除した。そこそこ離れていたためすぐに戻れるか心配だったが、どうやら憑依する場合は目視が必須だが、解除する場合は距離や目視は必要ではないようだ。自らの体に戻るだけだから、自動で場所が判定されるのだろう。
「ああ。さすが坊やだ。あの程度の情報で兵士の隙を作る術を思いつくなんてな。外の世界でもそうやって人の隙でも狙っていたのかえ?ヒーッヒ。」
「人聞きの悪いことを言わないでくれエミリア。俺はただ、与えられた情報で出来うる限りの最善の策を思いついただけ。実際にやってみないと分からない、賭けだ」
「お前はいつもそうだよな。一か八かの賭けをすぐにする。ま、そのおかげでボクたちは今ここにいるわけだけどね」
エリーシャが笑う。そうだ。今までの戦いはいつだって一か八かの賭けだらけだった。でも、今まですべて乗り越えてこれた。そしてこれからも、俺は乗り越える。運命が、神様があるとするなら、今だけは俺に微笑んでいてほしい。少なくとも、この戦いが無事に終わるまでは。・・・アネッタが、本当の意味で笑うことが出来るまでは。
「ここからは教国の中だ。外と違って簡単にモンスターで攻撃することもできないだろう。人間相手なら坊やの能力で無力化できることも確認済みだ。さ、一気に城まで向かおうじゃないか!ヒーッヒ!」
エミリアの言葉に全員が頷く。そう、これは始まりであって、終わりじゃない。むしろこれからが、本当の戦いだ。
宮廷魔術師アルフレッド・オーウェンに謎の預言者。そしてアネッタの妹、イーゼロッテ。誰が真にこちらに敵意を向けているかは分からない。・・・でも、立ちふさがるものはすべて倒す。・・・アネッタのためにも、俺はそう、思い続ける。
――――――
城の内部。王国内を巡回させている不可視の魔物『インヴィジアイ』に反応があった。どうやらイレギュラーたちがこの教国内に侵入したらしい。
・・・だが、それも預言の通り。『あのお方』の導く世界の通り。
世界は全て定まっている。それは、この世界。いや、あらゆる次元に適用される、『全ての始まりにして終わりの物語』。
「あぁ、我が愛しの『ヒメ』よ。救済はここに訪れん。世界は総て、あなたの掌で動いている」
預言者は一人嗤う。この国も、イーゼロッテも、そして自分自身も。全ては道具。舞台装置。それを知りながらも、預言者は演じるのだ。
道化を、悪を、正義を。・・・それが、己に記された『運命』なのだから。