第八話 預言者の影
修道院を出たきり戻ってこないというトリス、という男を探しに出た俺たちは、エリーシャのよく行くという雑貨屋にいた。
「結構いろんなものが売ってるんだな」
雑貨屋は想像よりも広く、ゲーム内でも見たことのあるアイテムや、元居た世界でも見るような土産物などが売っていた。この修学旅行とかで買う剣の形をしたアクセサリ、どこの世界でもあるんだな・・・。なんとなく気になったので、一つ買うことにした。
「アンタ、そんなもの買ってどうするのよ。」
「こういうのは思い出に買うんだよ。俺にとってはここのものはどれも見たこともない物ばかりだからな」
アネッタは呆れたようにこちらを見る。・・・こちらでもこういう物を買うのは子供ばかりなんだろうか?
「エリーシャよ、そのトリスというやつは見つかったかのう?」
店員と話していたエリーシャが戻ってくる。エミリアが成果を聞くが、エリーシャは首を横に振る。
「いや、彼はここに来ていないようだ。・・・となると、ここにたどり着く前にどこかに行ってしまった、と考えるのが妥当だろう。街に出て彼を見たという人がいないか探そうじゃないか」
「そうだな。・・・しかし、そのトリスってやつはどんな奴なんだ?容姿が分からなければ聞き込みも出来ないぞ?」
俺はエリーシャに聞く。エリーシャは少しためらったように口を閉じるが、すぐに口を開く。
「ああ・・・、あいつは、金髪ツインテールの吟遊詩人の服を着ている。・・・メアのところにいるんだ、どっちの性別に見えるかは言わなくても分かるだろう?」
「あ、そうね・・・」
アネッタが納得する。・・・最初は男を探しているつもりだったが、そういや女装しているんだったな・・・。
「それじゃ、全員で散開して探すとしよう。30分経ったらまたここに集まる、ということで。それじゃボクはこっちで聞いて来るよ」
そう言ってエリーシャは人込みの中に溶けていく。アネッタとエミリアも同じように聞き込みに行ってしまう。・・・さて、俺も行くとするか。
――――――
「金髪の女吟遊詩人?見てないねぇ」
「そんな美人がいるなら俺だって会いてぇよ」
「そもそも吟遊詩人自体このあたりでは見かけないねぇ」
「・・・ダメだ。全く成果がない」
聞き込みを始めて20分が立った。しかし、誰も彼の居所を知っていない。・・・彼は本当にこの町に来ていたのだろうか。
聞き込みを繰り返していて忘れていたが、思えばかなり遠くへ来てしまっている。そろそろ戻らないといけないか・・・。
そう思いながら歩いていると、ふと、金色の髪が見えた。
「あれは・・・」
金髪でツインテの、吟遊詩人。女性の服を着ているが、体つきからあれは男にみえる。・・・もしかして。
「おい、待ってくれ!」
俺は叫びながら追いかける。他の皆と合流してからの方がいいか、とも思ったが、モンスターと戦う訳でもない。俺一人でも大丈夫だろうという考えからそのまま追いかけることにした。それに、ここで逃したらもう会うことが出来ないかもしれない。俺はそう直感していた。
――――――
「戻ってこんのう」
私達は聞き込みを終え、雑貨屋の前に戻ってきていた。
「アイツ、まだこの街に慣れてないだろうし、どこかで迷ってるんじゃないかしら」
「ミイラ取りがミイラになってどうするんだ・・・」
エリーシャは呆れている。でも、ケンゴはああ見えて観察力は高い。道に迷う、なんてことがあるんだろうか。
「しっかし、トリスとやら、いったいどこにおるんじゃろうか。三人の話を合わせてもこの街にいたという痕跡が存在せぬ。ここまで来ると街に到達できなかった、と考えるのが妥当じゃないかのう?」
「あのトリスに限ってこのあたりのモンスターに負けることはないだろうが、アネッタを追ってきているというモンスターのこともある。街の外も探した方がいいか・・・?」
「ま、そうするにもまずはアイツが帰ってくるのを待たないとね。・・・連絡手段でもあればいいんだけれど、アイツ念話できないだろうし・・・」
迂闊だった。ケンゴは異世界人なんだから、念話が出来ないのは分かっていたはずだった。でも、町中なら大丈夫だろうと別れて行動してしまった。・・・何かに巻き込まれてなければいいんだけれど。
――――――
「おい!待ってくれってば!」
俺はトリスらしき人物を追っていた。彼は街を出て、森の中に入っていく。こちらの声が聞こえていないのか、振り返りもせずにどんどん奥へと歩いて行く。
ここで俺は気付くべきだった。俺は走って追いかけているのに彼との距離が全く縮まらないことに。
そうして追いかけていると、森の中にある広場へと出た。そこで彼は立ち止まる。俺は息を切らせながらも彼に近づいていく。
「あの、トリス、さん?あなたを探していたんだ。メアさんが心配して・・・」
そこまで言うと彼は振り向く。しかし、何かがおかしい。
「・・・」
彼は何も言わない。それどころか、表情一つ変えないのだ。
「どうか・・・っ!?」
俺は周囲に何者かの気配を感じ身構える。すると、先ほどまで話を聞いていた人たちがどんどんやってくる。全員表情一つ変えないまま。
「これは・・・!まさか・・・!」
「ふふふ、やっと一人になったね、イレギュラー」
何処からか声が聞こえる。・・・俺のことをイレギュラーと呼ぶ、ということは。
「罠か・・・!」
「その通りさ。キミが既にアネッタと接触しているのは想定外だったが、こうして引き離すことが出来た。しかしキミは不用心だねぇ。せっかく知識があるのに、『ドッペルゲンガー』のことを念頭に置かないなんてね」
その声と同時に俺を取り囲んでいた人々の姿がドロドロに溶け、不定形のモンスターへと姿を変える。『ドッペルゲンガー』。人や動物に姿を変えることのできるモンスター。戦闘力自体はそれほどでもないが、俺一人では対処できない・・・!
「キミのその力は厄介だ。今のうちに排除させてもらうよ。全ては私の計画のためにね。」
「お前・・・もしかして、エミリアの言っていた預言者か!姿をみせろ!」
俺が叫ぶが、預言者らしきものの声は笑う。
「敵に出て来いと言われてホイホイ顔を出すわけないじゃないか。それに、私の体は王宮にある。これはそのモンスターに仕込んだ念導球で声を届けているだけ。見せたくても見せられないねぇ。」
「くっ・・・!お前たちの目的は何なんだ!アネッタを殺して・・・何になるっていうんだ!」
俺の問いに声はあざけるように笑う。
「あっはっはっは!そんなことを聞かれて答えると思ってるのかい?愚かなやつ。冥土の土産に、なんてするわけないじゃないか。キミはここで何も知らないまま死ぬ。それだけさ!」
その声と同時にドッペルゲンガーたちが一斉に俺に襲い掛かってくる。何とか間一髪で避けているが、このままではこちらの体力が持たない。なんとかして皆の下に行くか、いや、相手がそれを許すはずもない。その証拠にドッペルゲンガー4体は、常に俺を取り囲むように動いている。エビルギガースの時より統率が取れている。この声の主が今までの相手よりも優れたモンスターを操る力を持っているのだろう。
「このままじゃ・・・!」
俺が諦めかけたその時。
「『パラライズ』!」
ドッペルゲンガーの動きが止まる。今の声は・・・
「メアさん!?」
「やっと見つけたわぁ。トリスちゃんの言ったとおりだったわぁ」
「元はと言えば僕の失態だ。それで他人を巻き込むのは僕のプライドが許さないからさ」
木陰からメアと、金髪の吟遊詩人。今の話しぶりからして彼がトリスなのだろう。
「どうしてここが・・・」
俺の問いに、メアが答える。
「皆が出ていった後ぉ、ボロボロのトリスちゃんが帰ってきたのよぉ。それでぇ、ドッペルゲンガーに襲われたって聞いたからぁ、その付近で戦闘が起きてるんじゃないかーってぇ」
「ドッペルゲンガーは変身を解くために一度元居た場所に戻る性質がある。僕の顔を使って誰かを襲うなら、再びここに戻ってくると読んでいたんだ」
トリスがハープを鳴らしながら言う。一瞬目を奪われそうになったが、元は男だということを思い出し邪念を振り払う。・・・メアの男装女装レベルが高すぎる。
「とにかくぅ、先ずはこのモンスターを片付けましょう?」
「メアから話は聞いているよ。僕は自分で言うのもなんだが戦闘能力はあまりない。メアに憑依して、彼女を助けてやってほしい。キミの体は僕が守るよ」
「・・・分かりました。じゃあメアさん、行きますよ!」
―――――
彼が倒れると同時に私の体の中に眠っていた力が解放されるのを感じる。エリーきゅんの話で聞いていたが、不思議な感覚だ。
「それじゃあ、お片づけをしましょうねぇ~」
「『精神強化』『敏捷強化』『破邪能力強化』」
彼の強化が自身に付与されていく。私は十字架に祈りを込め、その両手に魔術をかけていく。
「あの、メアさん?武器とか魔法とかで攻撃しないんですか?」
私の声で彼の言葉が聞こえる。困惑しているようだ。
「私はぁ、物騒な武器とかは持ちたくないしぃ、魔法も攻撃に使えそうなのはないのよぉ。・・・だぁかぁら、こうやって!」
私は一瞬にしてモンスターと距離を詰め、中段突きを放つ。手にかけた防護魔法と対魔物用の洗礼魔法によって強化された拳で戦う。それが彼女のバトルスタイルだった。
その力が彼の魔法でさらに強化され、いつもの勢いで攻撃した、その余波だけでモンスターがはじけ飛ぶ。
「あらあらぁ、あなたの力、とっても強力ねぇ。」
「・・・筋力強化も入れておきます?」
「お願いするわぁ」
そのままの勢いで二体、三体と消し飛ばし、最後の一体となる。
「・・・全く、イレギュラーらしくこちらの予想を超えた行動をするね、キミは」
モンスターから声がする。この感じからして念導球による念話だろう。
「あなたが誰かは知らないけどぉ、私の可愛い子供たちを襲った罪は、償ってもらうわぁ!」
モンスターに向かって上段蹴りを放ち、モンスターは消滅する。モンスターに埋め込まれていた念導球も、その衝撃で砕け散った。
「・・・ふぅ、いい汗をかいたわぁ」
――――――
元の体に戻った俺は、メアに礼を言い、街で待っているアネッタたちと合流する。
アネッタは合流時間に遅れたことで怒っていたが、メアとトリスを見るとホッとしたのか落ち着いてくれた。
「・・・しかし、ドッペルゲンガーか。そんな魔物まで支配下に入れているとは、預言者とやらはかなりの使い手みたいだな」
エリーシャが言う。ドッペルゲンガーは力こそ弱いが能力が凶悪なモンスター。そんなモンスターを手懐けている、ということはそれを上回る力を持っているということ。
そんなことを考えていると、メアが切り出した。
「まぁ~、トリスちゃんも無事に見つかったことだしぃ、私もあなた達の追っている相手に借りが出来たしぃ、やっぱりあなた達について行くわぁ。孤児院はトリスちゃんに任せることになるけど、大丈夫?」
「問題ないさ。それに、メアちゃんが決めたことだから、僕はそれに従うよ」
「ありがとぉ~。それじゃ、改めてよろしくねぇ、みんな~」
「ええ。よろしくね、メアさん。」
こうしてメアという新たな仲間を得た俺たちは、ついに敵の本拠地である教国『ピスティス』へと向かうのであった。