第七話 シスター・メア
第六話が短めだったのでそのまま続きます。
エリーシャの紹介で新たな仲間であるシスターを迎えることになった俺たちは、彼女がいるという修道院「カルミデ」へと向かっていた。
「所で、そのシスターの人ってどんな人なのかしら。エリーシャは知り合いなんだし、知ってるんでしょ?」
アネッタがエリーシャに問う。今まではその場その場で出会った人とこうして旅をしているが、今回はメンバーの知り合いが相手である。情報は多い方が接しやすいだろう。しかし、当人はあまり乗り気ではない様子。
「あー、あいつはな・・・なんて言えばいいか・・・。」
「そんなに会いたくないのか?」
俺が言うと、エリーシャは首を振る。
「いや、いつもはボクもあの修道院に住まわせてもらってるんだ。会いたくないってわけじゃない。・・・でも、そこが問題なんだ」
「ほうほう、つまりは無断で家を空けた事に対する罪悪感、ってとこかいな?ヒーッヒ」
エミリアが笑う。しかし、エリーシャはそれとも違うようで。
「それもあるが・・・いや、それ以上に面倒というか・・・」
エリーシャはあれからずっとこの調子だ。会いたくない、というわけではないようだが・・・
「・・・あ、あれかな?エリーシャの言っていた修道院ってのは」
アネッタが指をさす先には、大きな施設がある。巨大な十字架が飾ってあり、修道院らしさが出ている。しかし、それ以上に目を引くのが―――
「・・・子供?」
俺はつぶやく。修道院の隣、大きな建物の庭には子供たちが遊びまわっていた。
「ああ、カルミデは修道院だが、孤児院も兼ねているんだ。親がモンスターに襲われたり、盗賊に襲われたり・・・。色々な事情で親を亡くした子供たちをあいつは保護しているんだ」
「優しい人なんだな」
「・・・まぁ、そうだな。・・・あの悪癖さえなけりゃあな・・・」
エリーシャが小声でつぶやく。・・・悪癖?
「あ~!エリーきゅんが帰って来たぁ~!おかえりぃ~!」
ここからでも響く声。その声の主は修道院から出てきたようだ。
「え、エリーきゅん・・・?」
アネッタは困惑したような声を出す。エリーきゅんって・・・エリーシャのこと、なんだよな。
その声の主は黄色がかった長い白髪で、背の高い糸目の女性だ。こっちに向かって走るたびに大きい胸が揺れる。
「エリーきゅん~。連絡もなしに家を空けるから心配したんだよぉ~?」
エリーシャの元までやってきたその女性は彼女を抱きしめる。ちょうど顔が胸にうずまるような態勢だ。
「メア、くるし、離して」
「あらぁ~。ごめんねぇ?・・・あれ?エリーきゅん、お友達を連れてきたのかなぁ?はじめましてぇ、私はメアリー・アンネローゼ。メアって読んでね~」
こちらに気づいたようで、メアリーと名乗った女性がお辞儀をする。ここまでだと、特に変な要素は見当たらないが・・・?
「立ち話もなんだし~、我が家でゆっくりお話ししましょう~?ほら、エリーきゅんも手伝う~」
メアはエリーシャを引っ張っていく。俺たちも後を追うことにした。
――――――
メアリーはエリーシャと共に修道院の奥へと入っていく。俺達はその手前、人の集まるテーブル部屋に通されていた。
修道院の中はかなり広く、先ほど外で遊んでいた子供たちも中に入っている。孤児とは思えないほど身なりが整っており、みんな元気そうだ。しかし、その子供たちに俺はとある違和感を感じた。
「・・・ねぇ、アンタも気づいてるんでしょ?」
アネッタをその違和感に気づいているようだ。・・・そう、子供たちは全員男子が女子の服を、女子が男子の服を着ているのだ。
「お待たせぇ~。うちはあまりお金がないから質素なものしか出せないけどぉ、許してね~?」
メアリーが飲み物とお菓子を持ってくる。見たことのない色だが、香りは紅茶に近い。お菓子は・・・クッキーだろうか。
「えっと、メアリーさん?」
「メアでいいよぉ。それでどうしたのぉ?」
メアは首をかしげる。少しの挙動で揺れる胸に目が行くが、俺は先ほど感じた疑問を口にする。
「メアさん、なぜ子供たちはみな異性の服を着ているんだ?」
「え~。だってぇ、男の子は女の子に、女の子は男の子になった方が可愛いじゃなぁい?」
「・・・は?」
全員が固まる。エリーシャの言っていた悪癖ってこういう事か・・・。
「まぁまぁそれよりもぉ、さっきエリーきゅんから聞いたよぉ、私の力が必要なんだってぇ?」
メアが笑顔を向ける。
「あ、はい。これからの旅に回復能力がいると保険になると思って・・・」
「なるほどなるほどぉ~。それでエリーきゅんが私を紹介したのねぇ~。確かに私の能力は回復よぉ~」
そう言って彼女は胸にかけた十字架をかざす。するとそこから治癒魔法の術式である緑色の魔法陣が出現する。俺の知識が正しいのならば、やはりこの世界にも治癒魔法は存在している。
「エリーきゅんの頼みならぁ~、いくらでも手伝うわよぉ?」
メアは何と無しに言う。
「・・・でも、これから向かう先はとても危険よ。相手はこっちを殺すつもりで襲ってくる。・・・あなたの回復能力が頼りになるのはそうなのだけれど、・・・あなたがいなくなったら、孤児院の子たちが心配するんじゃ・・・」
「そうさね。協力的な態度をとってくれるのはこちらとしてはありがたいが、こうしてお前さんを頼っている子供たちを見ると少し気が引けるからのう」
エミリアは近くにいる子供を撫でながら言う。確かに、見る限りここはメア一人で切り盛りをしているように見える。彼女がここを空けるということは、子供たちの親代わりの人がいなくなる、ということ。・・・戦力は欲しいが、彼女を連れて行くのは忍びない。
「あらぁ~、そういえばそうねぇ、困ったわぁ」
メアが困ったように腕を組む。今までそのことに関して考えていなかったのだろうか。
「メアねーちゃん、どっかいっちゃうのか?」
子供の一人がメアの服の裾を握る。メアは困った顔をする。
「うーん、手伝ってあげたいのだけどぉ、やっぱり子供たちが心配ねぇ。うちにもっと人手があればいいのだけど、今のままだと難しいわねぇ」
「仕方ないですよ。・・・それよりも、エリーシャの男装もあなたが?」
エリーシャがいないうちに聞いておきたいことを聞く。あまり詮索するのもいけないが、どうしても気になる。メアに男装をさせられているだけならば、あそこまで激高することもないはずだが・・・
「んーん、むしろ逆よぉ。あの子が私に男装女装の良さを教えてくれたのよぉ」
メアが笑顔で答える。・・・どういうことだ?
「エリーきゅんからは何も聞いてないのねぇ。まぁ、あの子が話すとは思えないけどぉ。・・・あの子も元は孤児だったのよぉ。いえ、孤児、というか、家出娘?」
「家出娘・・・?」
アネッタが不思議そうな顔で言う。そうなのよぉ、とメアは続ける。
「エリーきゅんがここに来たのは今から3年前くらいだったかなぁ。雨の日だったんだけれど、ふと外を見たらエリーきゅんが立っていたのよぉ。なんでも―――」
「おいメア。それ以上言うとたとえお前でも斬り伏せるぞ」
気が付くとメアの背後に今までに見たことのないような形相でエリーシャが立っていた。
「あ、エリーきゅん・・・」
「お前はボクを拾った。ボクはお前を頼った。それ以上に説明は不要だろ?」
「そ、そうね・・・。と、いうわけでエリーきゅんが男装して私の下に来て、私が男装に目覚めたってことよぉ」
・・・エリーシャの過去。気になるが、今聞き出すのは無理だろう。・・・いつか、彼女が過去を話してくれる時が来るのだろうか。
「それと、一つ大事なことを忘れてるぞ、メア。・・・この修道院にはもう一人いるだろう」
「あぁ~、トリスちゃんねぇ。でもぉ、トリスちゃんは昨日エリーきゅんを探しに出てから戻ってきてないのよぉ」
「トリス・・・?」
「ああ。ボクの後に入ってきた男だ。・・・まぁ、ここに住んでるってことはそう言う事だが」
「戻ってきていない、というのは気になるねぇ。どこかで魔物にやられているのか、それとも・・・ヒーッヒッヒ」
エミリアが言う。実際今外はアネッタを探しに魔物が暴れまわっている。その影響で戻れなくなっているのならば危険だろう。
「しょうがない。ボク達でトリスを探そう。・・・だがメア、トリスが見つかったとしても、子供が心配なら無理について来る必要はない。お前は無関係なんだからな」
「それを言ったらエリーシャだってこの件に関係自体はないんだ。メアさんと一緒にここに残っても・・・」
「いいや、言っただろう。ボクはボクの男装を見抜いたお前について行くと。・・・それに、ここに連れてきたのもボクが皆に別れを告げるためでもある。お前たち、ボクがいなくても元気にやるんだぞ」
エリーシャは子供たちを抱きしめる。子供たちは何かを察したのか、こくり、と頷いた。
「よし、これでいい。・・・それじゃメア、トリスを見つけ出してくるまで、よく考えておいてくれ。・・・もう、ボクは独りじゃないからな。」
「・・・エリーきゅん・・・」
「それじゃ行こうか。トリスの特徴はボクが覚えてる。出会うことが出来ればすぐに分かるさ」
「分かったわ。・・・それで、どこに向かった、とかは分からないかしら。」
「あぁ~、それならたぶん都市の中央、いつもエリーきゅんの行く雑貨屋の方だと思うわ~。エリーならあそこにいるだろうー、なんて言って出ていったからぁ。」
「そうか。ならここからすぐだな。行くぞ、お前たち」
シスター・メアの仲間であるトリスを探しに再びエルピス内部へと戻ることになった俺たち。・・・無事だといいんだけれど。