第五話 腕輪の力
イーゼロッテの刺客だった錬金術師、エミリアを仲間にした俺たちは、彼女からアネッタの敵―――アルフレド・オーウェンについての情報を聞き出していた。
「ま、アタシもあいつの全てを知っているわけじゃない。イーゼロッテがアネッタ姫を追い出してから彼に追撃部隊として任命されただけだからねぇ。でも、かなり急いでいる様子だったのは確かさね。ヒーッヒ」
「急いでいた・・・?それはやはり、女王任命式に間に合わせるため・・・?」
女王任命式。アネッタが言うには現女王が新たな女王を第一子に継承し、国を守る結界を引き継がせる、という儀式のようなものらしい。だが―――
「それは考えられないだろう。城の内部ではすでにお前さんは死んだことになってる。あの女王陛下ですら既に儀式は第二子であるイーゼロッテに女王任命の儀式を行うと言っているほどにね。ヒーッヒ」
「・・・お母様まで、私は死んだと思っているのね・・・」
アネッタは俯く。そういや、俺もあっちの世界では行方不明ってことになってるんだろうか。こちらの世界での生活に不満があるわけではないが、少し気になるものがある。
「でもアネッタが国の中で死んだことになってるなら別に急いで本当に殺しに来る理由が分からないな。死んだことにするのではなくて、本当に殺さなきゃいけない理由がある、ってことになるのか?」
エリーシャが言う。確かに、内部の人間を全て懐柔できているのならば、あえて既に追い出せているアネッタを殺す理由が分からない。
「そのあたりはイーゼロッテ本人に聞かないと分からないかもしれないわね。・・・でも、あの子が私を殺そうとするなんて、一緒にいたころは考えられないのだけれど・・・」
「確かに急ではあったねぇ。オーウェンも昔からどこかつかみどころのない奴だったが、ここまでやる奴ではなかったはずなんだけどねぇ。ヒーッヒ」
「そんな奴にお前は従ってたのか?違和感とか感じてなかったのか?」
俺はエミリアに問う。今はこうして話し合っているが、こいつは一応あいつらの手先だった奴だ。少なくともあいつらの所業に賛同していたということになる。
「あー・・・まぁ、アタシはオーウェンに恩義があったからねぇ。それに、アタシはアネッタは国の裏切り者だ、って聞いていたからねぇ」
「裏切り!?私が国を裏切るなんてあり得ないわよ」
アネッタが激高する。アネッタの性格上、裏切るなんて発想は出ない。今まで行動を共にしてきたがそれだけは言える。
「ああ。お前さんを見てそれは良ーくわかってるよ。・・・だがやはり、あのオーウェンが他人を落としいれる奴にはアタシには思えないんだ。アタシを裏切ったアイツは一発ぶん殴りたい気持ちはあるけど、あいつの本心、いや、あいつの行動の理由が知りたいんだ、アタシは」
エミリアはそう言うと、パン、と自分の頬を叩く。
「ちょっと暗くなっちまったねぇ。ま、アタシが出せる情報はこのくらいさ。・・・んじゃ、次は坊や、アンタの番だ」
「・・・俺?」
今までほぼ会話に混じってなかった俺に白羽の矢が立つ。エミリアは俺に何を話させたいのだろう。
「あの預言者の言っていたイレギュラー。その力がどこまでのものか見せてごらんよ。まだ坊やもその力の全てを知ってるわけじゃないんだろう?」
俺の能力。確かに、俺が今知り得ている情報は『他人に憑依することが出来る』『憑依中は俺の体が無防備になる』『憑依した相手の潜在能力を極限まで引き出せる』『憑依中の相手と意思疎通ができる』。このくらいだ。これだけでも強力な能力だが・・・
「坊やの能力は確かに有用だ。だが、それにはいくつか弱点も存在する。それを知ることが出来れば、お前さんはさらに強くなるだろうさ。ヒーッヒ」
「弱点、か・・・」
エミリアの言うとおりだ。俺はまだこの能力をすべて把握していない。もし今後エビルギガースよりも強敵が現れて、まだ見つけていない弱点を晒してしまったら、それこそ本当に一巻の終わりだろう。
「さて、お前さんの能力を知るには憑依が必要だ。アタシが実験台になってもいいが・・・」
「いえ、ここは私がその役目をします。あいつと一番長く居たのは私だから・・・!」
「いいや、ここはボクに任せてもらおう。この男が何をするか分かったものじゃない。ボクならコイツが余計なことをする前に察知できるからね」
三人がむっ、とした顔になる。何故争う必要があるのだろうか。
「私がやるってば!」
「いいや、ボクだ」
「アタシも研究者として譲れないねぇ」
「いや、どうせ一回で終わらないんだし、全員で試せばいいんじゃないかな」
俺がそう言うと、彼女たちははっと我に返ったようになる。
「そ、そうよね。全員でやればいいのよ」
「ああ。お前にしてはなかなかいい案を出すじゃないか」
「全員のお相手がご所望とは、坊やは案外肉食系なんだねぇ。ヒーッヒ」
「なんかエミリアが言うといかがわしいことに聞こえるんだが」
全員が落ち着いたところで俺は憑依の腕輪を見せる。
「これが憑依の腕輪だ。ここの宝石を押し込むことで相手に憑依できる。俺が試した中では見ている相手に憑依する、って感じだ」
「見ている相手ねぇ。・・・ちなみに、私が押したらどうなるのかしら」
アネッタが腕輪に触れながら言う。・・・顔が近い。
「さ、さぁ・・・。今まで自分の意思でしか押してないから・・・」
「物は試しさ、これで姫が誰かに憑依するようなら何か応用が利くかもしれないしねぇ。ヒーッヒ」
「それじゃ、エリーシャを見ながら・・・えいっ!」
「なんでボクなんだ!?」
アネッタがエリーシャを見ながら宝石を押す。・・・何も起こらない。
「やっぱダメね。・・・アンタが憑依したってこともないのよね?」
「ああ。俺の意識はここにある」
「てことは事故でスイッチが入っても憑依が暴発したりはしないってことさね。つまらんねぇ。ヒーッヒ」
暴発して知らない人に憑依なんてしたら堪ったもんじゃないからそれはいい情報だが・・・。
「それじゃ、次は持続時間の実験でもしようかねぇ。坊やがアタシに入ってきた時みたいに、何もしない状態と普段憑依しているときのように強化を施した状態。ここに差が出来るなら坊やが何かエネルギーを使っていることになる。それに、坊やはまだ長時間憑依ってやつをしてないだろう?どのくらい憑依できるかとか、憑依中はどこまで出来るのかとか、試したくはないかい?ヒーッヒッヒ」
持続時間か。今までは俺の意思で憑依を解除していたから時間制限なんて考えたこともなかった。
「分かった。試してみる。・・・憑依!」
俺はひとまずアネッタに憑依してみることにした。俺の体が倒れる。
「わわっと。・・・これ、誰の体に入ったのよ」
アネッタがそう言うのが聞こえる。だが、今回は何もせずにどこまで憑依できるかの実験だ。ここで返事をしたら失敗するかもしれない。黙っていよう。
「・・・こうして誰に入っているのか分からない状態だと、少し気味が悪いな」
エリーシャが腕を組む。・・・そんなに変な感覚なのだろうか。まぁ、自分の中に他人の魂が入っている状態、というのは俺でも感じたことのない感覚だ。でも、気味が悪いと言われると少し落ち込む。
「ふぅむ、坊やは意地でも誰に入ったか言わない様子。まぁ、喋ることでエネルギーを使うと踏んでいるのだろう。ならばこちらはこちらで憑依中の体の実験でもさせてもらうとするかねぇ。ヒーッヒッヒ」
「ちょっと!アイツの体で何するつもりよ!」
エミリアが俺の体に近寄る。憑依中の俺の体は完全無防備だ。それにアイツは正直性格が苦手だ。いったい何をするつもりなのか・・・。
「なぁに、ちょっとした刺激を与えるだけさ。別に取って食うつもりはないから安心したまえ。・・・いや、別の意味で食べてしまってもいいのだがね?ヒーッヒッヒ」
「なっ・・・!」
どの意味でも食べないでほしい。
「ダメよ!そういう役割はずっと前からいる私の役目!詳しいからってそこは譲れないわ!」
「おお怖い。姫も結構坊やのことを気に言っているんだねぇ。そこの銀髪はいいのかい?お前さんもこいつに惹かれて付いてきたクチだろう?見ればわかるさね。ヒーッヒッヒ」
「なっ、ボクは別に、こいつはボクの秘密を知った。だからついてきてるだけさ!・・・でも、ボクがそいつを倒す前にお前たちに傷物にされるのは問題だ。やはりボクがその実験の相手をする。邪魔だてはしないでもらおうか!」
三人が俺の体を巡って争おうとしている。どうしてこうなってしまったんだ。
「まぁアタシは誰がやってもいいんだけどね。取り合いをしているとなると悪戯心に火が付くってもんさね。そうだ、ならば誰が一番坊やを思っているか、それをこの場ではっきりさせればいいんじゃないかねぇ?ヒーッヒッヒ!」
「誰が・・・」
「コイツを思っているか、だと!?」
何か始まった。
「アタシはまだ出会って間もないが、既に二回坊やと憑依しているし、何なら憑依中の会話だってしたさ。アタシはそんな坊やに惹かれているのさ。ま、この腕輪の能力の方が興味の対象としては大きいがね。ヒーッヒ!」
エミリアに憑依した時、確かに始めて憑依相手と会話をした気がする。今までは憑依していることを相手が知らなかったということもあってか、話をしたことはなかった。
「それを言ったら私だってあいつとは二回憑依した仲よ!それに私はあいつと食事もしたし・・・。それに、あいつには何度も助けられた。最初は厄介者を拾ったと思ったけど、あいつの知識や行動力に助けられた。あいつは・・・私のお命の恩人。うん、でも、それ以上の関係ではないんだから!アンタも分かってるわよね!」
なんだか俺に話しかけられているような気がする。・・・まぁ、嫌われていないのならそれはいいことだ。・・・誰かに嫌われるのは、向こうの世界だけで十分だ。
「・・・ボクはまだアイツとは一回しか憑依していない。それに、あいつはボクの心にずけずけと入ってきた。正直、まだ許していない。・・・だけど、アイツの・・・女性と知ったボクのことを綺麗だって言ってくれたのは、アイツだけだ。それは・・・いや、待て。あいつが聞いているんだろう。これ以上は無しだ、無し!おいお前!聞こえているならさっきのことは忘れろ!いいな!」
忘れろって・・・。まぁ、エリーシャのいつもと違う感情が見れたのは嬉しい、かもしれない。俺もあの時のことはまだ引きずっていたし、確かに軽薄だった、と思う。
「なるほどなるほど。お前さんたちの坊やへの気持ちはようくわかった。きっと坊やにも届いているだろうさ。ヒーッヒッヒ」
「アンタまさかそれが目的で・・・!」
「別にアイツなんか何とも・・・!」
「おーおー取り乱して可愛いねぇ。ま、坊やへの感情攻撃が効くかは今の感じ無意味なようだねぇ。それか、ここまで女の子たちに言われても感じないような朴念仁か何かかね。ヒーッヒ!」
朴念仁・・・。別に俺は彼女たちを意識していない、と言ったら嘘になる。・・・でも、俺はきっと・・・
そう考えていると、俺の体が急に引っ張られるような感覚に襲われた。
そのまま俺の意識は暗転し・・・
「・・・う」
元の体に戻っていた。
「ふぅむ、だいたい10分程度、と言ったところかねぇ。それとも、アタシらの会話で心に響くものでもあったのかい?ヒーッヒ」
「・・・いや、皆の言葉は聞こえていた。俺のことを嫌ってくれていなくて安心した。・・・俺は」
そこで俺はふっと意識を失った。憑依したのではない。・・・急に力が抜けたような、そんな感覚が体を襲ったのだ。
――――――
「わ、ちょっと!・・・これって」
急に彼が倒れこんできて、とっさに抱える私。今までの憑依での倒れ方とは違う。
「ふむ、憑依疲れ、というやつかのう。それに、姫と会ってからほとんど休息をとってないんじゃろう?日も暮れてきてることだし、今宵は宿にでも泊まるとしようじゃないか。ヒーッヒ。」
エミリアが告げる。・・・そういえば、あれから一度も休んでいない。そう理解すると、私も疲れが出てくる。
「そうね、そうしましょう。・・・ケンゴ、異世界から来たよく分からない男の子。まだ分からないことだらけだけど・・・。でも、彼とは何とかうまくやっていける。そんな気する。これからもよろしくね、ケンゴ。って、聞こえてないかな」
ケンゴを背負いながらつぶやく私。・・・まだ私たちの戦いは始まったばかり。これからが本番なんだから。これからもどんどん彼の力に頼ることになるんだろうけど、私だって、もっと強くならないといけない。彼の負担を少しでも減らしたい。そう、思ったのだった。