エピローグ
ヒメとの戦いの後、天空の城は制御者がいなくなったことで墜落を始めていた。
私達は意識のない二人とケガが深いエリーシャたちを連れ、転移魔法で外へと脱出した。山頂に激突し、崩れていく城。周囲の竜巻は完全に消え、空は雲一つなく晴れ渡っていた。
私達は何とかして全員を車に運び、教国へと帰った。
道中、ルメルカとメアが私を心配し声をかけてくる。どうやら、あの巨大なヒメは私が倒したことになっているらしい。私の中にいる魔女がそう伝えてくれた。私は涙が出そうになっていたが、それを抑える。・・・それが、彼との約束だから。
教国の城に戻った私達は、至急怪我人と勇者たちを医療室に運び、治療を行わせた。ルメルカはセンパイのことが心配だ、ということでそれに付き添っていた。
私は王室に戻る。イーゼロッテが温かく迎えてくれる。すべて私のおかげだ、と。
それを聞いて、また泣きそうになるがそれも我慢する。きっと、ここで泣いてしまったらだめだ、そう思いながら。
それからは何事もない日々が続いていた。治療の成果かほどなくしてエリーシャたちは目を覚ました。エリーシャは私たちの戦いの勝利を祝い、メアと共に孤児院へと帰っていった。
エミリアも元気になり、オーウェンがいなくなった穴を埋めるためにさらに錬金術と暗黒魔術の研究を進めている。これからは誰でも簡単に魔法が扱えるようになるアイテムを作るんだ、と意気込んでいた。
オリンピアも研究のために世界中を旅してまわると言って出ていった。たまに彼女から各地の様子を書いた手紙や土産物が転送魔法で送られてくる。
そして、勇者たち。彼らも数日して目が覚め、私にお礼を言って再び白夜として世界を救う旅に出るという。共に戦えるだけの力があるから、とチームに誘われたが、断った。・・・彼はあのことを覚えていない。この世界の彼なのだ。ルメルカは、再びセンパイと一緒に旅をするっス!と元気そうに出ていった。
一人になった私は、今自室にいた。
一国の姫ではあるが、外交関係も良好であり、内部の治安問題などは専門の部署がある。それに、私は世界を救った英雄として扱われ、仕事に縛られず、自由な時間が多かった。
「・・・やっぱり、皆が私を英雄だって褒め称えてる。私の力であの化け物を倒したんだって」
独り言。しかし、その声に答える声が一つ。私に力を貸してくれた、同位体。彼女の声は他の誰にも聞こえない。誰にも見ることもできない。・・・でも、彼女だけが私のことを、真実を知っている存在だった。
「・・・彼は覚悟のうえで戦って、そして、あの人・・・この世界の自分を救う決断をしたんだ。だから、誰が悪いってわけじゃないさ」
「分かってる。分かってるよ。・・・でも。皆が彼のことを忘れるなんて・・・」
また泣きそうになる。・・・でも、それをぐっとこらえる。それに彼女は言う。
「・・・彼との約束、まだ守ってるんだね」
「当たり前よ。・・・彼は私の大事な人だから。彼の願いは・・・彼の思いは、ずっと覚えていたい」
「そうすればまた、彼に会えるかも、って?」
彼女は私の心を読んだかのように返す。・・・でも、それは即座に否定される。
「まぁ難しいだろうね。私のほうでも調整したが、ここが精いっぱいだった。彼を次元の狭間に取り残さないようにしつつ、記憶からも消さない。・・・まぁ、結局あなたにしか効かなかったけど」
分かっている。心の中ではそう思っていても、忘れられない。
色々なことを思い出す。私のことを心配してくれる彼。皆を守ると誓っていた彼。この世界のことをよく知らない彼。でも、モンスターの知識だけは人並外れていた彼。・・・私達に憑依の力で力を貸してくれていた彼。全部、昨日のことのように思い出せる。
「・・・外の空気を吸ってくる」
言っても無駄だと分かっている。彼女は私であり、私から離れることは出来ない。・・・でも、一人になりたかった。そんな気持ちを察したのか、彼女は姿を消す。窓を開け、テラスへと出る。ここは帝国とも近く、色々な場所が見える。私は自然と、彼と共に巡った場所を目で追っていた。
「あの料理屋で食事をして、それからオークが暴れてるのを見つけた。そこで、初めて別の属性の魔法を放ったのよね。それで、彼の能力に気が付いた。それまではモンスターを見るだけで気絶するような変なやつ、だと思ってた。あの服屋でエリーシャと出会って、彼の人を守る、って強さを目にしたのよね。それから・・・」
思い出がどんどん蘇る。全部、私の大事な思い出。・・・本当は、皆で語り合いたかったのだけど。
「・・・それで、あそこが彼と初めて会った場所。城から追い出されて・・・。国にも入れなくされた私が追手から逃げていた時。ふらっと彼が出てきたのよね。あの時は本当に焦ったわ。一般人を巻き込めない。そう思ってたから。・・・でも、あの時から彼はずっと、私達と一緒に戦ってきたのよね」
私はふと、またあの場所へ足を運びたくなっていた。
別に何があるわけでもない。・・・ただ、彼のいた場所を訪れたかった。
――――――
私が部屋から出ると、丁度研究終わりだったのかエミリアと鉢合わせした。
「おや、姫が部屋から出てくるなんて珍しい。どこかお出かけかい?ヒーッヒ」
彼女はいつもの調子で話しかけてくる。
「ええ。ちょっと外の平原に」
「平原?またどうしてさね」
「・・・いいえ、なんとなくよ」
私はそう言って彼女と別れる。その様子をエミリアはずっと見つめていた。
城を出て門へと向かう。途中に私の権限で教国内に移設し設備も整えたエリーシャたちの孤児院の前を通りかかる。子供たちは私を見るや否や集まってくる。
「ひめさまだ!」
「このくにをすくったえいゆうさまだよ!」
そんな声で埋め尽くされる。そして、少し遅れてエリーシャとメアもやってくる。
「ごめんなさいねぇ~、子供たちが押しかけて。アネッタちゃん、どこかお出かけかしら?」
「ええ。ちょっと外の平原のほうにね」
「平原?あの辺りには何もないぞ?」
「ええ。・・・でも、ちょっと散歩をしてみたくなったのよ」
「・・・そうか。アネッタなら大丈夫だと思うけど・・・、魔物には気をつけるんだぞ?ボクが一緒に行ってもいいんだけど・・・」
「気にしないで。エリーシャは子供たちの面倒を見てあげて」
「分かった。それじゃあな」
そう言ってエリーシャたちとも別れる。門を抜け、森を抜けたらそこはあの平原だ。私と彼が初めて会った、運命の・・・
一陣の風が吹く。
森を抜け、広い草地に出ると、そこはあの時のまま、帝国と教国を結ぶ、大通り。そして、その周囲に広がる広い草原地帯。
「・・・空気がおいしいわ」
自然豊かなこの場所。私は深呼吸をした。
空は雲一つない晴天で。太陽の光が眩しかった。
「・・・ふぅ。たまにはこういう時間も必要よね。・・・さて、戻って―――」
言葉が止まった。私が振り返ると、そこには。
「・・・アネッタ」
聞きなれた声。いつも隣にいた、いつも思い出していた。幻聴じゃない。だって、だって―――
「ケンゴッ!」
私は彼に飛びついた。その勢いで彼は少しよろめくが、それでもしっかり私を抱きとめる。
「ケンゴ、ケンゴよね。どうして・・・」
泣きそうになるのを堪えながら語り掛ける。ここで泣いてしまったら。彼の言葉が聞こえなくなったら。目の前にいる彼が、いなくなってしまいそうな気がして。
「・・・俺にも分からない。意識が飛んで、元の世界に戻るんだとばかり思ってた。魔女・・・アネッタの同位体に俺は元の世界に帰れるように道を作ってくれて、俺は戻ったはずだったんだ。・・・でも、アネッタの声がして。・・・だから」
「バカバカバカ・・・!バカケンゴっ・・・!」
それしか言葉に出ない。彼はそんな私の頭を優しくなでる。
「心配かけた。・・・でも、俺はここにいる。そうだよな。誰も泣かせたくないんなら・・・俺は、帰れない。そう思って、戻ってきたんだ」
「びっくりしたわよほんと。まさか自力で次元の狭間を歩いてこっちの世界まで戻ってきたってんだから。原初の魔女もびっくりよ」
彼女の声が聞こえる。私は顔を上げ、彼女をにらむ。
「・・・知ってたのね」
「まぁ、なんだ。私は嘘は言ってないだろ?彼と会うのは難しい、としか言ってない。彼が戻ってくるとは思ってなかったし、世界も彼がいない体で構築されてしまっている。だから記憶の保持も本当だ。・・・ま、彼と同位体である勇者。二人が同時にこの世界にいられるようにちょちょっと細工はしてたけどね。だから、彼がこの世界に定着さえすれば皆の記憶も戻ってくるだろうよ」
その言葉を聞いて、私の目から涙があふれてくる。今まで我慢していた分の、大量の涙が溢れ出す。
「・・・泣くなよ。ちゃんと戻って来ただろ」
「・・・馬鹿。アンタなんか嫌いよ。勝手にいなくなって、勝手に戻ってきて・・・。だから、この涙はお返しよ。私が泣いて困るってんなら、それがお返し。だから、だから・・・!」
彼はぎゅっと私を抱きしめる。その感覚は、確かに感じられる。彼の温もりを。彼の鼓動を。・・・彼がここにいる証明を。
「ああ。・・・もうどこかに行ったりしない。アネッタを、悲しませたりはしないさ」
「・・・ケンゴ・・・」
私達は抱きしめあっていた。ずっと、ずっと。その光景を、太陽だけが見守っていた。
エピローグ 『ただいま』
終
これにて本シリーズは完結となります。
見てくださった方々、ブックマークやコメントをしてくれた皆様、評価してくれた方、ありがとうございます。
今後も思いついたら何か投稿すると思いますのでよろしくお願いします。




