第三話 秘密
「私の本名はアネッタ・アルトマリア・ウィーナイン。聞いたことないかしら、エルピスと並ぶ巨大国家『ピスティス』の王家『アルトマリア』。」
「アルトマリア・・・」
その名前は聞いたことがある。ゲームの中で名前だけ出てきた王家の名前だ。ピスティスは魔法国家で、優秀な魔法使いをいくつも排出してるとか。俺のメインで使っていたゲームのパーティもピスティス出身のキャラクターが何人もいた。
「ええ。そして私はそのアルトマリア家の第一王女。・・・の候補だった女よ」
「だった・・・?」
アネッタは表情を曇らせる。
「ええ。私はアルトマリア家の長女として、今まで暮らしてきた。でも、第二王女だった私の妹・・・『イーゼロッテ・アルトマリア・ウィーナイン』が策を練り、私を城から追い出したのよ。私を死んだことにして、自分が王女になるために。」
「・・・」
「私は何度も戻ろうとしたけれど、イーゼロッテは兵士を買収して私を中に入れようとしなかった。そして、何度目か忘れたけど、また城に入ろうとした時に、私は攻撃されたわ。」
「イーゼロッテに?」
「本人じゃなかった。でも、顔と名前はよく覚えてる。宮廷魔術師の『アルフレッド・オーウェン』。奴が私を攻撃したわ。それからは近づくことさえできなくて・・・。とにかく他の国へ、と思ったところにあのメガロファントムの群れに出会った、ってわけ」
「・・・お前にそんなことがあったのか」
いきなりの大きな話に俺は困惑していた。王女候補に、宮廷魔術師。とてもきな臭い匂いしか感じない。よくある話だとその宮廷魔術師が黒幕ってことが多いが・・・
「・・・さて、この話を聞いたからにはアンタを逃がすことは出来なくなったわけだけど。」
「なんでだよ」
「私が生きてるってことを知ってるのは私以外いなかったのよ。でも、あんたはそれを知った。イーゼロッテの口封じはアンタにも及ぶかもってこと」
んな無茶苦茶な。とは思ったが、俺の能力的にアネッタと一緒にいることが出来るのは好都合だ。さて―――
「んじゃ、私が秘密を話したんだから、アンタも話してよ。隠してるんでしょ、何か。これから一緒に行動するんだもの、秘密は無しにしておかない?」
・・・なんてことだ。さすがに二回もやったらバレるか?・・・しかし、この能力を話して信じてもらえるか・・・
「い、いや、俺は何も・・・」
「いいえ、アンタは何か隠してる。私の知らない魔法を私が撃てたことも、私の持たない属性の魔法を撃てたことも、どれもアンタが倒れてから起きたこと。これが関係ないとは言わせないわ。それに―――」
「それに、って、なんだよ」
「・・・いや、何でもないわ。さぁ、答えてもらうわよ。アンタの能力、その実態をね」
・・・もう誤魔化しきれないか。俺は観念して自身の境遇と腕輪のことをアネッタに話した。
「・・・アンタが別世界からやって来て、その腕輪でわたしに精神を憑依させることが出来る・・・」
アネッタは困惑している。そりゃそうだ。そんな突拍子もない話、信じるほうがおかしい。
「信じてもらえないかもしれないけど、それが本当のことなんだ。俺はこの世界とは別の世界の住民だ。服だって、お前も言ってたが見たことないだろう?」
「・・・ええ、信じられないけど、でも、今までのこととかから考えると信じるしかなさそうね・・・。」
彼女は何とか自分を納得させようとしている。・・・まぁ、これで離れられても仕方がないことだ。その時はそのイーゼロッテとかいうやつに殺されるのを待つだけだ
「・・・でもアンタのその顔、嘘をついている顔じゃないわ。見ればわかるもの。それに、私でも知らなかった魔物の弱点を見ただけで知ってるのも、そのゲームってやつに出てきてたから、ってことでしょ?」
「あ、ああ・・・。」
「なら、私と組みましょ。アンタの力があれば、追ってくる魔物だって倒せる。それに、アンタ一人じゃ何もできないんでしょ?」
「ま、まぁ・・・、そうなるな」
そう。俺はこの能力意外に能力を持たない。憑依しなければ一般人なのだ。
「アンタがどうしたいのかは知らないけど、私は国を取り戻したい。そして、アンタの力は私にとって有用な能力。アンタ、私を手伝ってよ。それが今までの貸し・・・いや、あの魔物との戦いはアンタのおかげってことだから・・・まぁとにかく、一緒に来ること、いいわね!」
「強引だなぁ」
だが、俺も心強い。ピスティスの王女候補ならば、そこらの雑魚ならば簡単に倒せるほどの魔力を持っているだろう。俺がこの世界でどうしたいかはまだ決まらないが、今は彼女の目的を手助けしたい。そう思えた。
「それじゃまずは買い物ね」
アネッタはそう言って歩き出す。
「買い物って・・・なんでだよ」
「決まってるじゃない。アンタのその服、この世界じゃ目立ちすぎるのよ。食事の時も結構見られてたし。だから、この世界の服を買ってあげる。さっきのグレートタウロスから結構お金は稼げたしね」
そう言って俺達は裏路地を後にした。秘密の二人旅である。
――――――
洋服屋にたどり着いた俺は、アネッタと服を選んでいた。
「うーん、アンタ、見た目のわりに結構細いのよね。ここは冒険者がよく来る服屋だから、サイズが大きいのしかないかもしれないわね」
この世界の住民はなぜか皆ガタイがいい。そのため、俺に合う大きさの服がなかなか見つからないのだ。
「何かいいのがないか聞いて来るわ。アンタもそっちで探してなさい」
そう言ってアネッタは店員に話に行く。王女候補だからと言っても、他の国に顔がバレたりとかそういう心配はないのだろうか。
そんなことを考えながら適当に服を眺めていると、丁度いい感じの大きさの服を見つけた。
「お、柄もそこまで派手じゃないし、これはいいかもしれないな」
そう言いながら俺は服に手を伸ばす。服を掴んだ時、同じタイミングで横から延びてきた手が同じ服を掴んだ。
「むっ」
「ん?」
顔を上げるとそこには整った顔立ちの少年がいた。綺麗な銀髪で、男である俺でも美しいと思うほどだった。
「おいお前、この服はボクが目を付けたんだ。ボクに譲るのが礼儀じゃないのか?」
「なんだお前、俺だってこの服に目をつけていたんだ。譲るのはお前の方だろ」
「むっ」
「むむむっ」
両者睨み合う。一触即発の雰囲気だったが、こちらは丸腰、相手は・・・剣士か。そこそこ大きめの剣を持っている。さすがに服の取り合いでアネッタに憑依して戦わせるのは男じゃない、ここは何としてでもステゴロでの決闘に持ち込まなければ・・・
そんなことを思っていると、アネッタが戻ってくる。
「おーい、よさげな服をいくつか用意してもらったよ・・・って、何してるのよアンタ」
「いや、なんでもない。・・・ほら、その服はお前に譲るよ。じゃあな」
俺はそれだけ言ってアネッタの方へと駆け寄った。
「何なんだあいつ・・・」
後ろから少年の声が聞こえたような気がした。
――――――
アネッタに用意してもらった服の中から一番地味なものを選び、購入。これで俺も立派なこの世界の住民だ。
「よく似合ってるじゃない。・・・さて、それじゃ早くここから出ましょう。あまりこの町にいても、またモンスターが襲ってきて迷惑をかけるだけだわ」
「そうだな。・・・しかし、まっすぐ向かって大丈夫なのか?俺の能力があるとはいえ、あまり無茶なことは・・・」
「そうね、まずは相手の戦力を知ることが大事。エルピスのはずれに何でも屋をしている人がいるって聞くわ。その人にイーゼロッテのこと、そしてあの宮廷魔導士のことを聞いてみましょう」
何でも屋。確かにゲームでもヒントやチュートリアル見直しのために使われていたところがそう呼ばれていたはずだ。そいつなら何か知っているかもしれない。
「それじゃ、その何でも屋に向かうとするか」
その時、街の外から爆音が響いた。
「またモンスターか・・・!?」
「行きましょう!」
俺達は音のした方へと急いだ。
――――――
「グオオォオォォォォォォォォ!!!」
「ギャオオォォォォォォ!!」
街の外に出ると、背中に宝石を背負った巨大なモンスターが城門を荒らしまわっていた。
「あれは・・・!」
「アンタ、あれも知ってるの?」
「ああ。あいつは『クリスタルキャンサー』。背中に宝石を背負ったモンスターで海沿いにしか生息していないはずだが・・・」
やはりその宮廷魔術師か何かがモンスターを操っているのか。そんなことを考えていると、アネッタはモンスターに向かって突撃していた。
「こんな蟹程度なら私の魔法で一撃で・・・!」
「おい待て!」
クリスタルキャンサーには一つの特性がある。それを考えると今魔法を打たせるのはまずい。
「行くわ!『ファイアストーム』!」
俺の憑依が間に合わず、アネッタの杖から炎の渦が放たれる。その渦はクリスタルキャンサーを包み込み燃やし尽くす・・・はずだった。
「ギャオオォォォォォ!!!!」
クリスタルキャンサーの背中にある宝石が光を放ち、炎の渦を跳ね返す。
「そんなっ・・・!?」
「『敏捷強化』『反応強化』『瞬間転移』!!」
俺の強化ですんでのところで反射された魔法を避けるアネッタ。そう。クリスタルキャンサーの特性。それは『魔法を跳ね返す』能力。これで魔法一色だった俺のパーティが何もできずにやられたことすらある。俺の嫌いなモンスターベスト10に入る強敵だ。
「魔法が効かないなんて・・・!」
「・・・ああ。あいつらは直接の攻撃は強くないが魔法にだけはやたらめったら強い。こんな時に剣士でもいれば・・・」
憑依から戻った俺がそうつぶやいた時、脳裏にあの少年剣士が浮かんだ。・・・だが、そう都合よく現れるはずもないし、あいつの顔を二度も見るのは―――
「はっ!」
一閃。俺の目の前を銀色の風が走り抜ける。その先では先ほどの剣士がクリスタルキャンサーを斬り裂いていた。
「お前、あの時の・・・!」
俺の声に反応して少年が振り向く。
「ああ、人が襲われているから助けに入ったらお前だったのか。ま、お前は何も出来なさそうだし、そこの彼女も魔法職、さっきの戦いを見るに魔法は効かないんだろ?だったらこのボクの剣技を見せてあげるよ」
そう言いながら起き上がってくるクリスタルキャンサーに追い打ちの一撃。この少年、剣士としてかなりの才能があるようだ。
「あの子、さっきの・・・」
「ああ。まさかあれだけの使い手だったとはな」
アネッタも驚いている。その剣技は流れるように滑らかで、美しかった。
「さぁ、何体でもかかってくるといい!」
少年はクリスタルキャンサーの群れをなぎ倒している。しかし、クリスタルキャンサーを俺が苦手としている部分がもう一つある。それは―――
「はっ!ふっ!・・・くっ、やっぱり堅いな・・・!」
だんだんとモンスターに押されていく少年。そう、奴らは魔法が効かないくせに防御力も並以上にあるという運営が頭でも打ったんじゃないかと思わせるようなクソモンスターなのだ。
「あのモンスターには弱点があって、そこを的確に狙わないと致命傷にはならないんだ・・・。」
「なら、それを教えてあげればいいじゃん!」
アネッタがそういう。確かにそうだ。だが、あいつに言ってここから届くだろうか。いや、届いたとしても一般人の言う事なんて聞く耳を持たないだろう。
「クソっ・・・!」
そう考えている間にも少年は押されていく。どうすればいい・・・いや、どうにかする方法は・・・!
「アネッタ、俺の体を頼む」
「えっ、まさか・・・!」
俺は少年をしっかりと見据え、彼に脅威する準備をする。はっきり言ってこれは賭けだ。この憑依がアネッタにしか作用しないものならここまでだし、そもそも憑依の条件がなんなのかもわかっていない。・・・でも、今はこれしかない。
「行くぞ、憑依!」
俺の意識は暗転した。
――――――
「どうして倒れないんだ・・・!」
ボクは焦っていた。今まで誰にも負けたことがなかったボクの剣技。それが通用しない。
魔法が効かない相手なら物理が有効。それは習っていた。しかし、ここまで硬い相手がいるなんて聞いていない。
「それに・・・」
あの二人組をちらりと見る。あいつらに啖呵をきった以上、ここでしくじるとボクの沽券にかかわる。
そう思いながら蟹のモンスターの攻撃をいなしていると、急に体が軽くなる。
「『筋力強化』『敏捷強化』『反応強化』」
どこかで聞いたような声が聞こえた気がした。だが、そんなものを気にしている場合じゃない。今ならばこの魔物だって切り伏せられる。
そう思って武器を構え直すが、その後すぐに武器を体が勝手に傾ける。
「何が・・・!?」
敵の魔法か何かか?そう思ったが、その後に口から洩れてくる言葉でそれが敵からの攻撃ではないと確信することとなった。
「あのモンスターの弱点は甲羅と宝石の継ぎ目。あの部分だけ装甲が薄くなっている。このくらいの剣ならあの部位を狙って攻撃することは可能だ」
ボクの知らない情報。だが、確かによく見るとその甲羅には確かに継ぎ目があった。ボクの体が勝手に動く。
「『ウィンドスラスト』!」
ボクの体が動き、周囲の敵へ回転しながら攻撃する。その攻撃の全てがモンスターの弱点を見事に切り裂いていた。
「今のは・・・一体・・・」
モンスターが黒い炎となって消えた後、体の力が抜けたボクはその場に座り込んでしまった。
――――――
「・・・なるほど、魔法使いに入れば魔法系の強化やスキルが使えるけど、剣士に憑依すれば剣士の強化やスキルが使える、ってわけか」
憑依を解除し俺は元の体に戻る。目をあけるとアネッタの顔が近くにある。
「・・・膝枕?」
「あぁぁぁいや、別にそんなつもりじゃなかったんだよ!?でも、アンタが急にこっちに倒れてくるからこうなっただけで・・・!」
アネッタが何か取り乱しているが、それよりも俺はあの少年―――いや、あいつに憑依して驚愕の事実に気づいてしまった。
「あいつ・・・」
その場にへたり込んでいた剣士だったが、はっと我に返ったのかこっちに歩いてくる。
「いや、危ない所だったね。でも、ボクの剣技があればあのくらい当然さ」
「お前・・・弱点分かってなかっただろ」
俺がそう言うと、剣士は慌てたように取り繕う。
「いや、知っていたさ!その証拠に最後にはきちんと決めただろう?魅せてたんだよ、ボクの攻撃を!」
「・・・こう言うのもなんだが、あれを教えたのは俺だ」
「・・・は?」
何を言ってるんだコイツ、と言った顔で俺を見る。
「俺は他人に憑依できる。そして、奴の弱点の情報をお前に教えたんだ」
「う、嘘だ!そんな証拠はどこにもないじゃないか!」
まぁ信じないのは当然だろう。だが、俺は奴の体に憑依したことで、今まででは知り得ない情報を持っているのだ。
「・・・お前、男装しているが女だろ?」
「っ・・・!?」
そう。彼女に憑依した時、体の感覚が男性のそれではなかった。こいつがなぜ男装をしているのかは分からないが、あの時小さめの服を選んだのも女だったから。普通の男の服では入らなかったからだろう。
「お、お前、本当にボクの中に・・・!」
「ああ。だが、ああしていなかったらお前は・・・」
バシン!
平手打ちを食らった。
「よくもボクの秘密を知ったな!絶対に許さないぞ!」
声を震わせながら彼女は言う。よっぽど知られたくなかったのだろう。
「まぁ落ち着け。ほらアネッタ、お前も何か・・・」
「秘密を勝手に喋るのは良くないわね」
「えぇ・・・」
味方はいなかった。
「アネッタと・・・お前、名前は!」
「俺か、俺は藤原 健吾・・・」
「ケンゴか!その名前覚えたぞ!ボクはエリーシャ・シグナス!ボクの秘密を知ったお前を逃すわけにはいかない!ボクはお前たちについて行く!」
「どうしてそうなる・・・」
「どうしてもだ!何ならここでお前を斬り殺してもいいんだぞ!」
そう言いながら剣を抜くエリーシャ。殺されるのは堪ったもんじゃない。
「ついて来るのはいいが、俺たちは・・・」
アネッタの方を見る。アネッタはそれを見て言う。
「私の魔法だけじゃきっと目的は達せない。あの魔物みたいなのがまた出てきたら勝てないもの。でも、剣士であるあなたが来るなら話は別。いったからには付き合ってよね、エリーシャくん、ちゃん?」
「エリーシャでいい!」
こうして、俺とアネッタの旅に新たな仲間?が増えたのだった・・・。