第二十七話 空に浮かぶ城
朝。太陽の光で目が覚める。ベッドから降り、伸びをする。あの後すぐに寝てしまったが、ルメルカは・・・普通に自分のベッドに戻っていたようだ。まだ彼女はむにゃむにゃ言っている。
起こさないようにそろり、と外に出る。既に城の中では兵士や魔法使いたちが働いている。俺に気づいて何人かが挨拶をしてくれる。
俺は挨拶を返しながら、アネッタの部屋へと向かう。急ぎアネッタの様子を見ておきたかったからだ。
「アネッタ・・・。意識が戻ってるといいんだが・・・」
俺は独り言ちながらアネッタのいる部屋にたどり着く。何だか緊張する。いつも一緒にいたはずだけど、彼女の部屋。様子を見るだけとは言え・・・なんだろうか、この感覚は。
そんなことを考えていると、アネッタの部屋からガタガタッという物音がする。その音の衝撃かドアが揺れる。
「まさか・・・、敵襲か!?」
そんな不安に駆られ俺は部屋のドアを開ける。
「アネッタ!大丈・・・ぶ・・・」
目に飛び込んだのは、下着姿で倒れているアネッタと、それを起こそうとするイーゼロッテ。
窓も開いていない。それに、この状況は・・・
「・・・か」
「あ、アネッタ・・・」
アネッタの顔がどんどん赤くなる。胸を隠し、彼女は叫ぶ。
「ケンゴのバカーーーーー!!!!!!!!」
その声は、城中に響き渡った。
――――――
「あっははははは!!これは傑作だねぇ、姫が着替えを失敗してこけたのを敵襲と勘違いして突撃?あっはははははは!!!」
数刻後。アネッタの叫び声に集まったみんなの前で俺は正座をさせられていた。エミリアは大爆笑している。
「アネッタのことが心配なのはわかるがもうちょっと冷静になったらどうだ?」
「まぁ~、青春ねぇ~」
「センパイ・・・」
「で、でもほら、ケンゴさんだって悪気があったわけじゃないですし・・・」
オリンピアがフォローしてくれるが、俺が余計にみじめに見えるだけだった。
「でも、姫が無事に目が覚めてよかったよ。ケンゴじゃないが、アタシらも心配していたんだからな?」
アネッタは少し曇った表情をしたが、首を振りその表情を振り払う。
「・・・ええ、心配かけたわね、皆。でも、もう大丈夫。・・・ありがとう。私が助かったのもみんなのおかげよ」
ケンゴもね、とアネッタは付け加える。・・・でも、本当に良かった。こうしてアネッタが元気に俺の前に立っている。それだけで俺は安心できる。
「まぁ、まだ傷が治りきったわけじゃないのでもう少し安静にしていてほしいですわ。姉さんは私の大事な人でもありますから」
イーゼロッテが言う。まだアネッタの体には痛々しい傷が残っている。服の間から見える包帯がそれを思い出させる。
「・・・そうね、万全な状態じゃないとあいつには勝てないわ。・・・それに、この力も・・・」
「力・・・?」
エリーシャが問う。新たな力・・・?彼女が意識を失っているときに何があったのだろうか。
そう疑問に思っていると、アネッタが口を開く。
「ケンゴがあの勇者の体とリンクして力を覚醒させた時、私にもいた、もう一人の私・・・別の次元の私との繋がりが強くなったみたいなのよ。・・・そして、私の意識の中に、いま彼女がいるわ。」
そう言って彼女は魔力を練り始める。そして、俺が憑依しているわけでもないのに二種類の魔法陣を生成した。
「彼女が言っていたの。ケンゴの能力は異次元の同位体の力を引き出す能力だって。・・・そして、私はケンゴと長く繋がっていた。だから、こうしてその能力が定着した、みたい」
「俺の能力・・・」
強化の域を超えた能力付与。確かにそれは謎だったが・・・、昨日のルメルカの話もある。俺の腕輪にはやはり、他次元の力を操る力がある、という事か・・・
「この前みたいにケンゴが全員に憑依できるならいいけれど、きっと敵はあの時みたいに半身を近づけさせてくれないと思う。・・・でも、私は既にケンゴの能力を得ている状態。・・・これは、敵も知らない大きなアドバンテージになるはずよ」
「すごいわぁ~、じゃあ、私達もケンゴ君の能力をもっと受ければ新しい力を得られるのかなぁ~?」
メアが言う。だが、俺にはなんとなくだが分かる。・・・これはアネッタだから発生した現象だ。他の皆は強化しかできないが、アネッタは魔法の数を増やしたりとそれ以外の力を与えることが出来ていた。彼女だけが特別だった、と考えるのが妥当だろう。
でも、それを言ってもどうしようもないと思い、俺は何も言わなかった。
「ま、それは今考えることじゃないさね。姫も力を得たのはいいがあまりいい気にならない方がいい。まだ奴の力をすべて把握できてるわけじゃないからね」
「・・・確かに。どれだけこちらの戦力が上がってもあの謎のテレポートに詠唱もなしに出現する魔法。あれはをどうにかしないとボクたちに勝ち目はない」
・・・そう。サファイアはこの世界の理を超えた魔法を多数操る。ルメルカの過去の話やトパーズが言っていたことを考えると、彼女も魔蝕や偽骸を扱える可能性もある。・・・それに、白夜の力を全て扱えるなら、助けてくれたコバルトの能力も。
「あまり考えすぎてもダメっスよ。確かにあいつは強いっス。でも、ウチらだって負けてないっス。皆の力を合わせれば、負けはないっスよ!」
ルメルカが暗くなった空気を明るくしようとする。確かに、分からないことを考えていても仕方ない。・・・今は。
「奴の能力の謎は今は置いておこう。・・・なぁイーゼロッテ。この大陸の地図は持っているか?」
俺は話を聞いていたイーゼロッテに声をかける。彼女はちょっと待っててください、と言い棚から地図を持ってくる。
「はい、これがこの大陸全土の地図です。・・・でも、それが?」
イーゼロッテが俺に問いかける。
「サファイアの居所を探す。奴は空に浮かぶ城にいる、と言っていた。天空の城・・・。それが比喩なのか本当なのか知らないが、地図を見れば何かヒントがあると思ってな」
少なくとも俺はゲーム内で天空の城を見た覚えはない。天界などはあったが。そんなことを考えながら地図を見る。現実世界で天空の城、と呼ばれる城はいくつか存在する。それらはだいたい高い山の上にある、雲の上にある城がそう呼ばれているのだ。だから俺はその線で調べていたが・・・、この大陸にはそこまでの大きさの山はあまり存在しておらず、そもそも山の上に城を作る、という文化があまりないのか該当する城は見つからない。
「見当たらないわね~。天空の城・・・天空の城・・・」
メアも一生懸命地図を見ている。・・・天空の城。白夜の本拠地。・・・いったいどこにそんな場所があるのか。俺たちが地図とにらめっこをしていると、オリンピアがポン、と手を叩く。
「天空の城・・・。もしかして、あの伝説のことかも・・・」
「伝説?」
俺が聞き返すと、オリンピアは続ける。
「ええ。アポロがたまに話していたことなんですが、この大陸にはたまに巨大な竜巻が発生するんです。その規模は大きくていろんな被害を出すんですけど・・・。その中に城のようなものを見た、という人がいる、と聞きました」
「ハーストの大災害か・・・。確かにそういう噂はあるが、噂どまりだろう?それに、もしそれが本当だったとしてその竜巻をどうやって見つける?そんなに何度も起きるものじゃないだろう。竜巻なんぞ」
エミリアが言う。しかし、竜巻の中の城。もしそれが移動する拠点だとしたら。守りと攻撃を兼ね備えた最強の砦であることに変わりはない。
だが、それでもエミリアの言ったことは覆らない。竜巻なんてどう見つければいいのか・・・
「・・・方法がないわけではない」
俺たちが悩んでいると、エリーシャが口を開く。
「エリーきゅん、何か考えがあるの~?」
「・・・ボクの父が遺した剣術の本に、周囲の風を感知しそれを操り攻撃する術が書かれていた。それを利用すれば強い風が吹いている場所を知ることが出来るだろう。・・・そうすれば、場所の特定はできるかもしれない」
「風を知る剣・・・。そういえばライオットセンパイはよくそんなことを言っていた気がするっス。俺の剣術は自然と共にある剣。自然の動きを知ることが俺の剣技の最終目標だ、と。エリーシャさんはそれが出来るっスか?」
「・・・ボクはまだ父のような強い力はない。・・・でも、やり方はマスターしている、つもりだ。それなら・・・」
「俺の憑依でエリーシャの知覚能力を強化すれば、再現できるかもしれないってことか・・・」
「ああ。まだその竜巻が本当に奴らの拠点である確証はないが・・・。やってみる価値はある、そうだろう?」
エリーシャは笑う。・・・そうだ。俺たちは今までも小さな可能性にも賭けてきた。今回も、賭けてみる価値はある。
「それじゃエリーシャ、頼む。・・・奴らの拠点を見つけるため、力を貸してくれ」
「当然だ。これはお前の戦いだけじゃない、ボクの戦いでもあるんだ。・・・父の無念を果たすため。ボクの闇を振り払うための」
「それではこの城で一番高い場所に案内します。そっちの方が判別しやすいと思います」
イーゼロッテが俺たちを案内する。アネッタもついて来ようとしたが、あまり動いて傷が開いたらいけない、ということで行くのは俺とエリーシャの二人だけとなった。
「それじゃメアさん、エミリア。アネッタを頼む」
「任せて~。こっちもアネッタちゃんの傷が早く治るように手は施すわ~」
「任せました、ケンゴさん、エリーシャさん」
「頑張ってくださいっス!」
皆に見送られ、俺たちは城の最上階、屋上のようになっている展望台にやってきた。
「ここからはこの街が全部見渡せるんです。・・・いい景色でしょう」
イーゼロッテが言う。・・・確かに、この世界は美しい。人々が活気づいて、元気に暮らしている。
・・:そんな世界を、あいつらの欲望のために消させはしない。
「じゃあエリーシャ、頼んだぞ。・・・憑依!」
俺はエリーシャに憑依する。そして、二人で感覚を研ぎ澄ます。半身がいた時よりもやはり力が出せなくなっているのが分かる。・・・でも、それでも。皆のために、世界のために。俺の出せる力を全てエリーシャにつぎ込む。エリーシャの心は一転の揺らぎもなく、世界を見通す風のようになる。
声が聞こえる。街の雑踏。風が木を揺らす音。湖の揺らぐ音。全てが形を成す音となり周囲の空間を心に映し出す。
範囲をどんどん広げていく。鳥の鳴く声。動物たちの声。周囲の景色が正確に、拡大し浮かび上がる。
・・・そして、俺たちはそれを見つけた。
「これは・・・」
風の渦巻く音。全てを飲み込むその音は心に形を生み出し、竜巻を形作る。また、俺たちは感知する。・・・その竜巻の中。中心の風の凪いだ空間。そこに存在する巨大な建造物の感覚を。・・・そして、うっすらとだが感じ取れる。俺の半身・・・ヒメの体が、そこにはあった。
「・・・エリーシャ」
「ああ、ボクにも感じ取れた。・・・あの竜巻の中に、奴がいる。敵の本拠地・・・白夜城が」
――――――
暴風吹き荒れる竜巻の中。唯一風のないその空間に鎮座する巨大な城。その頂上の部屋に彼女は座っていた。
「トパーズ、ガーネット、そしてコバルト。あの戦いで生き残った白夜はすべて消滅した。残ったのは私一人。・・・でも、それでいい」
彼女はヒメの体が入ったカプセルを愛おしそうに撫でる。
「彼らはヒメへと回帰した。・・・あの戦いで死んだルビー、エメラルド、アメジストも既にヒメへと回帰した。もう残りの半身は必要ない。・・・既に、ヒメへの生贄は揃ったんだ。・・・ああ、我が創造主よ。もうすぐあなたの世界が生まれます。あなたの求めた・・・真の世界が」
彼女の足元でミラノは丸くなってそれを聞いていた。彼女の使い魔であり、いつも彼女に軽口をたたく彼だったが、今回は彼女の独り言に茶々を入れず、ただ、聞いているだけだった。
全ては巡る。巡り、一つになる。この箱庭世界の主は、少しずつその鼓動を強くしていた。
ヒメは、復活する。




