第二十五話 イマジナル
トパーズの砦から脱出した俺たちは、瀕死のアネッタの治療のために教国へと戻っていた。
ボロボロのアネッタを見てイーゼロッテはひどく驚いていたが、今度は私が姉さんを助ける番だ、と意気込んで治療士たちと共にアネッタを回復させている。メアやエリーシャも手伝いをしている。
その待ち時間、俺はずっと頭を抱えていた。
あの時、俺が追撃をさせなければ・・・。相手の力量をちゃんと見極められていれば・・・。
そう考えていると、後ろから頭を小突かれる。
「・・・全く、うじうじ考え込んでるんじゃないよ、坊やらしくない。アタシを元気づけた時のアンタはどこに行ったんだい?」
「・・・エミリア。・・・俺は」
「あれは坊やのせいじゃないさ。相手が強すぎた、それだけのことさね。それに、あそこですぐに回復の指示を出せたからこそアネッタはこうして治療することが出来ているんだ。今はアタシたちの国の治癒術を信じる、それでいいじゃないか」
エミリアは俺の横に座り言う。俺を励ますためにいつもの余裕ぶった表情をしている。・・・きっと彼女も、不安だろうに。
「坊やは強い。でも、強さを理由に自分一人で抱え込む癖は無くした方がいい。・・・って、坊やがアタシに言ったことのお返しだけどね。・・・アタシたちだって坊やを信じて、坊やの役に立ちたくて一緒に行動してるんだ。痛みや悩みも、共有しておきたい。・・・そうすれば、きっと幸福だって共有できるだろうからね」
そう言ってエミリアは俺をやさしく抱きしめる。・・・俺は、自然と涙が出ていた。
「俺は・・・俺は、皆を失いたくない。戦いのために皆の力が必要なのはわかってる。・・・でも、それでも・・・っ」
「ヒーッヒ、気にすることはないさ。坊やがいる限り、アタシはいなくならない。他の皆だってそうさ。坊やがいたからここにいる奴らだっている。・・・アタシたちは、いつだって坊やに助けられてるんだ。そのお返しだと思って、いくらでも頼ってもらって構わないさ」
「うぅ・・・」
「男がそう簡単に泣くもんじゃないよ、まったく。・・・でも、今だけはこうして坊やのぬくもりを感じるのも悪くないかね」
エミリアの抱擁は、アネッタの処置が終わり皆が出てくるまで続いた。
――――――
「なんとか一命はとりとめました。メアさんの回復魔法での応急処置が手早かったことと、ケンゴさんの強化のおかげでここまでもったみたいですわ」
イーゼロッテが俺に話す。・・・良かった。彼女は助かったんだ。
「でも、しばらくは安静です。姉さんの意識もまだ戻っていませんし・・・」
「そう、か・・・」
サファイアは天空の城で待つと言っていた。すぐに向こうから攻め込んでくることはないと思う。・・・今は、皆の休憩も必要だ。
・・・そして、俺の心の整理も。
「皆さんお疲れでしょうし、客室をいくつか空けておきました。しばらく滞在していってくださっても構いません。・・・今までのお礼もしないといけませんし」
イーゼロッテの計らいで俺たちは再び教国で過ごすことになった。エミリアは執務の手伝いを、ということでイーゼロッテたちと王室へと戻っていった。・・・そして、残された俺たちは用意された部屋の割り振りをすることになる。
「部屋は三つ、ですね。私は遅くまで機材の修理や改修をするので睡眠の邪魔をしちゃいそうですし、一番狭い部屋で一人がいいのですが・・・」
「ふむ、そうなるとボクたち四人で二部屋か・・・」
「そうねぇ~、私はどうなっても別にいいけどぉ~、一人はケンゴ君と一緒の部屋になるわねぇ~」
「一つの部屋に男女が一緒にいるのは・・・」
俺が言いかけたが、ルメルカが口をはさむ。
「それならウチがセンパイと一緒になるっス。センパイと一緒にいたいっスし」
そう言って俺の腕に抱き着く。それに反応してエリーシャが反論する。
「いや、ダメだ。相手はその男だぞ?どうなるか分かったもんじゃない。ここはボクが一緒の部屋になろう。ボクならコイツが襲ってきても返り討ちにできる」
襲うって・・・一体何を言ってるんだエリーシャは・・・
「そういうことならぁ~、私もケンゴ君と一緒にいたいかなぁ~。ケンゴ君ちょっと辛そうだし、お姉さんが癒してあげるわよ~?」
そう言ってメアまでも俺に詰め寄ってくる。いったいどうしたというんだ。
「いーや、ここはウチが行くっス。一番付き合いが長いのはウチっスから」
「それはもう一人のコイツの方だろう。その理屈だとこの中で一番長く一緒にいるのはボクの方のはずだ」
「そういうので決めるのはよくないと思うなぁ~」
女同士の激しいぶつかり合い。・・・正直逃げ出したい。
「こうなったら、いっそのことセンパイに決めてもらうってのはどうっスか。センパイは誰と一緒にいたいっスか!?」
「ふん、それもいいだろう。お前、分かってるだろうな?」
「ケンゴく~ん、待ってるよぉ~」
急に俺に矛先が向く。・・・とても、困った。この選択は非常にまずい気がするのだ。なんとなくだが。
・・・でも、俺は少し、気になることがある。それを聞き出すためにも、俺は・・・
「・・・ルメルカ。俺と一緒でもいいか?」
「大丈夫っスよ!むしろバッチ来いっス!」
ルメルカは抱き着いていた力を強める。
「センパイはウチを選んだっス。これで文句はないっスよね?」
「・・・仕方ない。今回は譲ってやる。・・・それに、よく考えたらメアとお前が一緒になると変な趣味に目覚めさせられそうだしな。こいつはボクが止めておかないと・・・」
「え~?それどういう事よぉ~」
「ケンゴ、後で覚えていろよ」
「俺が何をしたっていうんだ・・・」
エリーシャに睨まれながら俺はルメルカに連れられて部屋に入った。部屋は広く、ベッドは分かれていて、カーテンで分けることが出来るようになっている。
「ダブルベッドとかじゃないんすね、少しがっかりっス」
ルメルカが何か言っている。ダブルベッドだと非常に俺が寝にくいからこっちの方がいいのだが・・・。
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。俺はベッドで弾んでいるルメルカに声をかける。
「ルメルカ、話がある」
俺の真面目な声に何か感じたのか、ルメルカもはしゃぐモードから切り替える。
「どうしたっスかセンパイ、改まって。昔話ならあれが全部っスよ?知ってることも・・・」
「いや、お前があの時話していた内容で・・・、あの時はすぐにでも敵の居所を突き止めよう、となって聞きそびれてしまってそのままになっていたんだが・・・。クロノとアストのことだ」
「クロノセンパイ達っスか?彼女たちがどうかしたっスか?」
彼女の言う俺の半身の仲間だったというクロノとアスト。あの時彼女はさらっと流していたが、明らかにおかしい所がある。・・・いや、他にもいろいろとおかしなところはあるが、今一番聞きたいことは・・・
「あの二人は『絵に描いたことを本当にする能力』と『言ったことが嘘になる能力』があると言っていた。だが、そんな事象を捻じ曲げる能力、俺の憑依の腕輪レベルの力だ。そんな能力持ちが二人も、ポンといるのはおかしいはずだ。彼女たちについて、もっと詳しいことが知りたいんだ」
そう。俺がやっていたゲームでも強力な力を持ったキャラたちはいた。だが、そんな能力、いや、固有な能力を持ったキャラはいなかったはず。俺の半身の持つ指輪もそうだが・・・、明らかに、彼女たちの力もこの世界に似つかわしくない。
「あー・・・。実はウチも彼女たちの能力は詳しくは知らないんスよ。でも、彼女たちは自分のことを『イマジナル』だと言っていたっス。センパイ・・・、あ、ケンゴセンパイの半身の持つ指輪、ソロモンの持つ能力の一つによって付加された能力だとも」
「イマジナル・・・?」
また、聞いたことのない単語だ。エミリアは俺の不思議そうな顔を見て続ける。
「ウチもはっきりと覚えているわけでは無いっス。なぜかあの時のことを思い出そうとすると頭に霧がかかったみたいになって・・・。でも、あの砦でセンパイの半身と会ったときに、ちょっとだけ思い出したことがあるっス」
「思い出したこと・・・?」
「センパイの持っているソロモンの力のことっス。あの指輪にはいくつか能力があるらしいっス。一つが魔力のこもった石を触媒に戦士に力を与える能力。これでセンパイはいろんな人と仲間になっていったっス」
石を触媒に仲間を増やす。・・・きっと、ガチャのことだろう。この世界ではそんなランダム性のある召喚法じゃないから、そのような能力になっていたんだと思う。
「もう一つが仲間の能力を強化する・・・、ちょうど今、ケンゴセンパイが持っている憑依の腕輪の能力に近い能力っス。一時的に強力な魔力を扱えるようにして、大きな技を出すのに使っていたっス」
・・・それはキャラごとにあった奥義スキルの発動だろう。あれは主人公がいないと発動できない、みたいな条件があるとガイド妖精が言っていた気がする。
「そして、あの時思い出した能力。ウチの頭では全部理解できなかったっスけど、確か同位体?と仲間を統合して新しい能力を授ける能力、だとか。それによってクロノセンパイ達はイマジナルの能力を得た、とか言ってた筈っス。ウチの使うこの銃も、元はその能力で生み出したものらしいっス」
彼女はそう言ってカプセルを取り出す。気にしてもいなかったが、手のひらサイズのカプセルから銃が出る、というのも不思議なものだった。
しかし、同位体との統合・・・?それはあのゲームの時にはなかったワードだ。・・・そういえば、トパーズたちもそんなことを言っていたような。この世界の俺が助けを求めるために外の世界にいる同じ存在である俺に助けを求めてきた、と。同位体、というのはそういう事なのか?
俺はトパーズの言っていたことをさらに思い出す。奴は、この世界は複数の世界からなる世界だといった。・・・もし、それが本当で。この世界と俺のいた世界、そしてまた別の世界があったとして、その中にイマジナル、という能力者がいた。そしてソロモンはそれらをこの世界に顕現することが出来る能力ということ。そう考えると、その指輪を今所持しているであろう白夜たちが言っていた別次元から持ち出したというモンスターや機械、そしてあの謎の転移魔法。それらが本当に別世界からの存在ということに納得できる。・・・逆に言えば、今異世界との繋がりを持っているのは敵だという事でもある。
そんなことを考えていると、いつの間にかルメルカが心配そうな顔で俺に近寄っていた。
「センパイ、大丈夫っスか?めっちゃ考え込んでいたみたいっスけど・・・」
「あ、ああ。大丈夫だ。・・・ありがとう、なんとなくだけど理解できたよ。彼女たちの能力の出自は」
俺が言うと、ルメルカはぱっと笑顔になる。
「お役に立ててよかったっス。・・・きっと、平気っスよね。センパイの半身が敵の手にあっても・・・」
すぐに彼女の表情が曇る。・・・そうだ、彼女も大切な人を失おうとしているのだ。ずっと探していた、本当の仲間。それが、今敵の手にある。不安なことに変わりはないだろう。
俺はルメルカの頭を撫でる。
「・・・きっと、無事だ。俺がここにいるってことは、半身であるお前の先輩がまだ存在しているということ。ヒメの器になっていたって関係ない。俺は、全員を救う。全員を笑顔にするんだ。・・・だから、そんな顔をしないでくれ」
「センパイ・・・」
「俺が、全部取り戻す。だから、俺に力を貸してくれ。」
俺は彼女に言う。いや、これは自分に対しての戒めでもある。俺は皆の笑顔を取り戻さなければいけない。この世界に平和をもたらすためにも。・・・俺が戦うための気力を振り絞るためにも。
ルメルカは、俺の顔を見て頷く。・・・今までは、俺だけの戦いだった。でも、エミリアも言ってくれたし、ルメルカのこともある。これは、俺たちの戦いなんだ。
俺は空を見る。太陽は沈み、月が輝いていた。
そう、太陽は沈む。今の俺たちと同じだ。今はみんなボロボロで、沈んだ状態だ。・・・でも、太陽は必ず昇る。俺たちは、また戦えるんだ。
そう考えながら、俺は眠りについた。・・・今は休むべきだ。最後の戦いのための、休息を。




