第二十話 因果を貫くモノ
私は店主の研究所に持ち帰った例の煙を調べていた。最初はその場で調べようと思っていたのだが、どうやらこの程度の量ならば人間が触れてもお問題ないらしく、それならば、ということで研究所を借りている。
「真空の状態でも増殖するんですね、これ・・・。ますます分からないわ」
空気を媒介して増えていると仮定して行った実験も失敗。これでは空気を無くして消滅させる、という方法でもこれを消すことは出来ない。
「こうしてる間にも彼らにこれと同じものが襲ってきていたら・・・!急いでこれを除去する方法を見つけないといけないのに・・・」
彼の役に立ちたい。そのためにこうやって実験を繰り返しているのに、結論にたどり着けない。
未知の物質。それがこんなにも高い壁だなんて。焦りは成功を呼ばない。無為な時間がどんどん過ぎていく。そしてまた、焦りが増す。
「急がないと・・・どうして・・・!この物質が人の作り出したものだとしたら、人が消せないはずはないのに・・・!」
こうしている間にも実験で使用している瘴気も増えていく。そちらの意味でも時間がない。
私が諦めかけた、その時。他に誰もいないはずのこの部屋から、私以外の声がする。
「お困りのようだね、発明家さん」
私は声のする方に振り返る。しかし、そこには誰もいない。今度は下から声がする。
「おーい、こっちだこっち」
下を見る。すると、そこには先ほどまでなかったはずの鏡が存在している。
「鏡・・・?」
私がそれを覗き込むと、鏡から腕が伸びてくる。
「わわわっ!?なんですか!?これ!?」
私は後ずさる。すると、鏡から腕と顔が出てくる。その顔は子供のようで、目に眼帯をしている。その少女はにやりと笑いながら言う。
「ふふん、驚いたかい?楽しいねぇ。・・・ところで、面白いものを研究しているようだ」
少女は机の上にある瘴気を見て言う。
「貴女は一体・・・?」
私が問うと、彼女はこちらへ腕を伸ばす。
「時間が欲しいんだろう?その願いは私が叶えよう。さぁ、それを持ってこっちへ。あぁ、機材は持ってこなくていいよ、それらはこっちでいくらでも作れるからね」
「それはどういう・・・」
私は迷っていた。こんな怪しい人を信じていいものだろうか。・・・でも、今頼れそうなのはこの人しかいない。きっと彼ならば、こんな時こういうだろう。『信じてみてから考えろ』。・・・私は、それを信じ、手を伸ばす。
少女は私の手を掴んでこう言った。
「おめでとう、キミは信じることが出来た。キミはきっと、あのイレギュラーの力になれるだろう」
その言葉と共に、私の体は鏡の中へと吸い込まれていった。
――――――
俺達は魔蝕に苦戦を強いられていた。
「くそっ、倒したら駄目、逃げても被害が増える。どうしたらいいんだ・・・!」
エリーシャが愚痴る。魔蝕は倒すと増える。しかし、明らかな害意を持って俺たちに襲い掛かってくる。ルメルカの情報によると、あれは触れるだけでも感染する厄介な性質もあるらしい。現に後ろの方で同士討ちで倒された魔蝕の瘴気や攻撃をかわしたときにあたった岩などが魔蝕に侵食され、少しずつ敵の数が増えてきている。
「メアさん、大丈夫ですか?ずっと俺の体を持っていてくれて・・・」
俺は未だアネッタの体に憑依している。アネッタの魔力でなければあれらを足止めすることが出来ないからだ。そして、拳で戦うため一番危険なメアに俺の体を預けているわけだが・・・
「大丈夫よぉ、こう見えて鍛えてるからぁ、エリーきゅんを背負って遠くの町まで行ったことだってあるんだしぃ」
メアは息すら切らさずに走る。・・・本当に体力の高い人だ。
「ルメルカ、あれの対処法はないのか?前に見て、生き残ってるんだろ?」
俺はルメルカに聞く。しかし、彼女は青ざめたままで。
「ダメっスよ・・・。あの時はクロノセンパイやアストセンパイがいてギリギリ相打ちだったっス。あのレベルの力があってギリギリだったんス、普通の手段じゃあれを倒すことは・・・」
「いや、倒す手段はあるんだな?なら、俺の力で何とかできるかもしれないんだ」
ルメルカに俺の力は説明している。だが、彼女は首を振る。
「確かにセンパイの力なら何とかできるかもしれないっス。・・・でも、その何とかする方法そのものがこの場にはないんスよ」
「それはどういう事だ・・・?」
「あれには確かに弱点は存在するっス。・・・でも、それは普通の状態じゃまず発生しないっス。あれは魔法、いや、この世界の摂理そのものっス。それを否定することは、普通はありえないっスから・・・」
「この世界の摂理・・・」
ルメルカは真面目だ。・・・確かに、こいつの増殖速度、いや、存在そのものがこの世界と深く結びついている、そんな気がする。
「クロノセンパイの能力で摂理を歪めることで何とかあの時は危機を脱したっス。・・・でも、あれからセンパイは行方が分からなくなって、クロノセンパイたちは力を使い果たしてそのまま・・・」
「・・・もういい。ルメルカ。それ以上はお前が辛くなるだけだ。・・・しかし、摂理を歪める、か・・・」
俺は今まで憑依の力でいろんなことをしてきた。魔法を複数属性操ったり、人間離れした動きをさせたり・・・。この世界ではそれは普通ではないらしいが、もしかして、その力なら・・・
「この世界のルールが敵だってなら、俺の力は世界のルールを捻じ曲げる。アネッタ!試したいことがある。いけるか?」
俺はアネッタに確認を取る。彼女はこくり、と頷いた。
「何をするかは分からないけど、私はケンゴを信じるわ。・・・さぁ、魔法の準備は出来てるわ!」
俺とアネッタは振り返り、魔蝕の方へ向きなおる。
「おい!あまり無茶はするな!あれの力はまだ・・・」
エリーシャが止めようとする。だが、今はこれに賭けるしかない。
「エリーシャ。やらなけりゃ確率はゼロだ。でも、やってみれば確率はあるかもしれないんだ。おれは、その確率に賭けてみたい」
「・・・そうか、でも、ダメだと思ったらすぐに逃げろ。ボクより先に死ぬんじゃないぞ」
そう言ってエリーシャはみんなの後を追う。・・・さて、始めるか。
「・・・魔法陣、展開!」
俺はアネッタに魔力を込める。そして、赤、青、緑、黄、白、黒の魔法陣を同時に展開する。
「これは・・・」
アネッタは驚く。今までそれぞれの属性を一つ展開することはしたが、今回は違う。すべての魔法を同時に叩き込む。それは、この世界のルールを超えた攻撃だ。
「行くぞ・・・!『ファイアボール』『アイスランス』『ストームブレス』『グランドシェイク』『ダークスフィア』『ホーリーアロー』!!」
全ての魔法陣から同時に魔法が炸裂する。その衝撃は、憑依しているだけの俺にまで伝わってくる。あたりの魔力が揺らぐ。力が暴走しかけるほどのエネルギー。・・・これならば、きっと―――
その思いは、霧散した。
「・・・そんな・・・!」
魔蝕は消滅していなかった。・・・いや、厳密には数は減っている。俺の予測は当たっていたのだろう。・・・だが、それでも一歩、及ばなかった。
「これでも、ダメなのか・・・!」
急にがくん、と力が抜ける。アネッタが膝をついたのだ。
「・・・今ので魔力を使い切ったみたい。動けないわ、私」
「アネッタ・・・!クソ、俺のせいだ・・・!こんな無茶なこと、しなければ・・・」
「いいのよ。言ったでしょ。ケンゴを信じるって。・・・ケンゴは自分の体に戻って。・・・あなたがいれば、きっと他の解決法を見つけられるはずよ」
顔は見えないが、アネッタは笑っているように感じた。
「そんな、そんなこと許すわけないだろ!待ってろ、今何とかして魔力を生み出して・・・」
「いいの。そんなことしてたら間に合わなくなるわ。・・・ほら、行って。・・・皆に、よろしく」
ダメだ。ダメだ。ダメだ!それじゃあいけないんだ。誰も、全員、失いたくない。失わせない。・・・俺の限界を超えてでも・・・!
そうこうしている間にも魔蝕は近づいてくる。アネッタは再びいう。
「ケンゴ、早く戻って。・・・大丈夫。私が囮になって・・・」
それじゃあだめなんだ・・・!俺がそう叫ぼうとした時、空から声がする。
「・・・いいえアネッタさん!全員で戻るんです!あれを全部倒して!」
聞き覚えのある声。俺達は空を見上げる。そこには、巨大なメカを使い空を飛ぶ、オリンピアの姿があった。
「ケンゴさん!体はメアさんから預かってます!私に憑依してください!アネッタさんは私のメカの上に!」
オリンピアが言う。・・・彼女の持つメカは、今まで見たことのないものだった。
「お前、それは一体・・・」
オリンピアは笑う。
「親切な人が、助けてくれたんです」
――――――
私が目を覚ますと、そこは私が元居た研究室と同じ場所だった。
「あれ・・・?私、確か鏡に吸い込まれて・・・」
辺りを見渡す。すぐに違和感に気が付いた。辺りにはキラキラと光るものがある。全て鏡だ。
「ここは一体・・・」
「ようこそ、私の箱庭に。人間をここにいれるのは私にしては珍しい方なんだよ、感謝してほしいね」
振り向くと、そこには先ほどの少女がいた。さっきは顔までしか見えなかったが、体も子供のようで、だぼだぼの白衣を着ている。・・・しかし、それよりも目を引いたのは、ポケットについている紋様。
それは、白い太陽のマークだった。
「あなた・・・!白夜のメンバー!?やっぱり私を罠に・・・!」
私が警戒体制を取るが、少女はケタケタと笑う。
「ああ、確かに私は白夜さ。・・・でも、今外で暴れている奴らとは違う。私は人類の味方さ。・・・いや、厳密にいえば味方ではない、か。でも、あいつらとは明確に敵対している、と言ってもいい」
「・・・信じられるとでも?」
「信じるとも。キミは私の誘いに乗ってここまで来た。誘ったのは私だ。キミを始末するつもりなら、こうしておしゃべりすることすら時間の無駄だ、そうは思わないかな?」
見た目のわりに理論的に喋る子だ。・・・正直信じられない。・・・でも。確かに彼女から敵意は感じられない。
「・・・分かったわ。それで、ここは一体?」
辺りを見渡す。見知った研究室、それに鏡がたくさんあるだけの部屋に見えるが。
「ああ、そうだ。まだ説明してなかったね。ここは私の箱庭。あらゆる場所を映す鏡の世界。そして私がこの箱庭世界の管理人。白夜は私をコバルト、と呼ぶが、キミはそうだね、ハカセ、とでも呼ぶといい。私の二つ名だ。かっこいいだろう」
そう言って胸を張る。・・・博士と呼ぶには若い気もするが。
「それで、この箱庭?に移動してどうするんですか。場所を変えただけじゃ外と変わらないんじゃ・・・」
「ああ。確かにここは時間の流れが遅くなるとかの副次作用はない。ここだけなら、外とほぼ変わらないだろう」
「なら・・・」
私の言葉を遮るように彼女は続ける。
「でも、こうしたらどうかな?」
彼女は指を鳴らす。すると、鏡が動き出し私たちをはさむように展開する。まるで合わせ鏡のように、複数の私が投影される。
「これは・・・?」
「この箱庭世界の面白い所さ。ちょっと動いて見なよ。なるべく大きな動きがいい」
彼女の言うとおりに私は体を動かす。・・・すると、鏡の私は全く別の動きをする。
「えっ・・・!?これって・・・!?」
「これぞこの箱庭世界の能力。合わせ鏡の世界を無数に生み出す能力。この世界のキミは全てがキミであり、キミとは別の行動をする。億の解法があるならば、億の自分をつくればいい。・・・さぁ、時間がないんだろう?実験を進めたまえ」
彼女はそう言って椅子に座る。私は作業に入る前に、一つだけ質問をする。
「・・・なぜあなたは、私を助けるんですか?私が相手しているのは、あなたと同じ白夜なのに・・・」
その問いに、彼女はやれやれ、といった顔で。
「さっきも言っただろう。私は誰の味方でのないし、ましてやあいつらの味方でもない。味方でないものに敵対する、面白いものがいたなら、ちょっかいを出したくなる、そう言うものだろう、学者というものは」
それを聞いて、私は作業を始めた。
―――――
「話はあとです!この機械は因果を歪める装置!効果は実証済みです!・・・でも、あの量を倒すには出力が足りない。だから、ケンゴさんの力を借りたいんです!」
オリンピアは言う。・・・彼女の力があれば、あれを倒せる。・・・ならば、俺が助けてもらうんじゃないか。
「力を借りるのは俺の方さ。・・・オリンピア、任せたぞ!憑依!」
力を使いきりぐったりとしているアネッタをオリンピアのメカの中に隠し、俺もその中で彼女に憑依する。そして、彼女にありったけの補助をかけていく。
「ああ、これです!これならいける!エネルギー充填!マナ吸収装置、起動!」
メカが変形し、一本の槍となる。その先端は超振動を起こし、周囲の空間を、魔力を、歪めていく。そして、俺の持つ力により、それが因果を歪める一投になる。
「いっけえぇぇぇぇ!!!」
俺とオリンピアが叫ぶ。放たれた槍は、魔蝕を全て貫いた。そして、貫いた傍から消滅していく。
数秒後、そこには魔蝕の姿はなく、静まり返った森だけが残った。
――――――
数分後、戻ってきたエリーシャたちと合流し、メアにアネッタの治療を任せていた。
「いやー、成功してよかったです。理論は出来ていましたけど、最後の一押しはケンゴさんにしか任せられませんでしたから。」
オリンピアが言う。あの一投で武器の部分が完全に破損し、もうあれは使い物にならないという。しかし、俺たちは勝ったのだ。
「すごいっス・・・。センパイたちが苦労して退けた魔蝕をこうも・・・」
ルメルカは尊敬の目で俺とオリンピアを見る。・・・確かに俺の力とオリンピア、そしてアネッタの力で魔蝕を倒すことは出来た。・・・しかし、謎はまだ多い。
「さて、敵も倒せたんだ。ルメルカ。俺に話してくれ。お前の知る全てを。・・・俺は何者かを。」
俺は知らなければいけない。白夜のこと、俺のこと。そして、この事件の全ての黒幕。
俺の目を見て、ルメルカは語りだす。かつての戦い、その全てを―――




