第二話 都市エルピスへ
憑依の腕輪の能力でアネッタと名乗る少女を助け出した健吾。彼はアネッタと共に都市へと向かうことになった。
アネッタと共に都市へと歩を進める俺、藤原 健吾。その間に例のメールを見直してみたり、もう一度URLを踏んでみたりもしたが、当然ネットには繋がっていないためあのページを見ることは出来なかった。
「しかしアンタ、モンスターを見るのは初めてだったの?確かにメガロファントムは見た目はホラーチックだけど、失神するほどではないと思うんだけど」
アネッタは俺に話を振る。なるほど、憑依した時はそう見えているのか。
「あーいや、そう言う訳じゃない。あの時は―――」
と、この腕輪の能力を説明しようとして思いとどまる。こんなアイテムが複数存在するはずがない。そして、この反応を見るにアネッタは憑依のことは知らないはずだ。そんな奴に説明したところで、変なやつ認定されて無視されることは間違いないだろう。
俺の能力的に信用されないのはまずい。少なくとも今は、アネッタしか憑依できる相手がいない。憑依が出来ないと俺はただの一般人レベルでしかないのは理解している。ここは―――
「そう、腹が減っててな、それで倒れたんだ」
「ハァ?お腹が空いていた?それで何であんなところにいたのよ」
「いや、それは・・・」
まずい、言葉を選び間違えたか?焦る俺だったが、アネッタの返しは予想外のものだった。
「ま、いいわ。アンタも訳ありなんでしょ。見たところお金も持ってなさそうだし、知り合った相手が野垂れ死ぬ姿を想像するのもよくないわ。今はさっきのモンスターから手に入れたお金があるし、奢ってあげる。・・・ほら、もうすぐ城門よ」
アネッタはそう言いながらどんどん先に進んでいく。・・・結構世話好きなのかもしれない。
特に何事もなく城門を通過、ゲームで見慣れた街並みの中に俺はいた。
「・・・はー、一枚絵で見るのと実際に見るのじゃやっぱ違うなぁ。しかし、ここまで一緒だとやっぱここはあのゲームの世界そのまんまなのかなぁ」
「何物珍しそうに見てるのよ。アンタほんと不思議なやつね。・・・さ、食事だったわね。どこがいい・・・って、そうね、アンタはここが初めてだろうし、場所なんて・・・」
「あ、料亭『プロミナ』がいいな。あそこの料理実際に食べてみたかったんだ」
俺は即答していた。料亭『プロミナ』。ゲームではアイテムショップとして扱われていたが、ストーリーでよく食事シーンを描写するときにも使われていた場所だ。そこで出るローストチキンが画像だけでもおいしそうだったのを覚えている。
「結構知ってはいるのね・・・。・・・わかったわ、行きましょ。確かプロミナはこっちだったはずよ」
アネッタはそう言いながら歩いて行く。俺はまだ見ぬ異世界の料理に胸を躍らせていた。
――――――
「はーうまかった。見たことのないハーブが使われてたから大丈夫かと思ったが、味付けもしっかりしてるしボリュームもちょうどいい。七面鳥に近い肉質で、油がよくのってて最高だった」
「・・・アンタ本当にどこから来たのよ。あれくらいどこの店でも普通に出るような料理よ。それにシチメンチョウ?とかいうの、それも聞いたことがないし」
俺達は食事が終わり、一息ついていた。アネッタは魔力草のサラダというものを食べていたが、それもシーザーサラダのようでうまそうだった。次に来る時はそれも食べてみよう。
「どこからって・・・うーん、なんて言えばいいのか」
これも厳しい質問である。ここで別の世界から飛んできましたとか言ったら絶対におかしな奴だと思われるだろう。かと言って、俺のこの服装ではどこから来たと言っても違和感しかないだろうし・・・。
「ところで、アネッタはどうしてモンスターに追われたんだ?」
話をすり替えることにした。
「私?・・・知らないわよ。エルピスに来る途中であんなモンスター、今まで見たことがないし。森を歩いてたらいきなり、あのモンスターに襲われたの。ゴースト系の魔物だし、どこかで死んだ怨念がモンスターにでもなったんじゃないかしら。それで生者の私に襲い掛かってきたとか」
いや、それはありえない。そう言おうとして口を噤む。メガロファントムは確かにゴースト系のモンスターだが、たしか3面のストーリー的にあれは死霊術士が生み出した仮装魂で動くモンスター。それが自然発生するなんて考えられないのだ。
そこまで考えた俺は、ここに来る前に彼女に言われた言葉を思い出した。
『アンタも訳ありなのね』
も、ということはアネッタも何か訳があってここにいるのだろう。そして、それを隠すということは人に話しにくい理由。・・・ならば、あまり突っ込んだ話にするのは良くないだろう。
「・・・そうか、そうかもな。・・・それで、アネッタはこれからどうするんだ?」
「私?なんで私の予定をアンタに教えなきゃいけないのよ。町まで案内したし、食事も奢ってあげたんだから、もう私の手助けはいらないでしょ。あとはアンタの目的を果たせばいいじゃない。私は私の目的があるんだから」
しまった。ここで彼女と別れるのはリスクが大きい。かと言って、能力のことは・・・
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そんなことを考えていると、外から悲鳴が聞こえる。
「何かあったみたい、ちょっと見てくるわ」
アネッタが駆けだす。
「待って、俺も行く。俺でも何か手助けができるかもしれない」
そう言って俺も彼女の後を追った。
――――――
料亭を出ると、広場で巨大な魔物が一般人を襲っていた。
「『グレートタウロス』が出たぞぉぉぉ!」
「きゃあぁぁぁぁ!!」
民衆はパニックになっていた。『グレートタウロス』。一面のボス的モンスターだったはずだ。ゲーム内では草原の主、と呼ばれていたが、それが3体。しかも町中にいる。
「・・・やっぱり、もうここが嗅ぎつけられたのね・・・。」
アネッタが小声でつぶやく。よく聞き取れなかったが、アネッタはあのモンスターを倒すようだ。
「おい、一人じゃ危ないから俺も・・・」
「武器も持ってないアンタがいたって足手まといよ!さっさと逃げてなさい!」
加勢しようとしたが断られた。まぁ当然だ。彼女からしてみたら俺はただの一般人。実際そのままだと俺はあのモンスターに一瞬で殺されるだろう。だが―――
「一気に片を付けるわ!街には被害が出ないように威力は抑え目だけど―――!『ファイアボルト』!」
アネッタの持つ杖から火炎弾が発射される。放った弾はグレートタウロスに直撃する、が。
「―――ブフォオォォォォォォォ!!」
「そんな、私の魔法が効いてない!?」
そう。グレートタウロスは炎を操る草原の主。炎属性は相性が悪いのだ。
「くっ・・・!一体どうしたらいいの・・・!」
焦るアネッタ。俺は彼女の後ろに回り込み、腕輪のスイッチを起動する。
――――――
ドサ、という音で後ろを振り返ると、ケンゴ、と名乗っていたあの男がまた倒れていた。もしかしたら流れ弾に当たったのか、そうして後ろに気を向けているすきを魔物は見逃さなかった。
「ブフォオォォォォォォォ!!」
一体のグレートタウロスが棍棒を振り上げる。気付いた時には既に防御が間に合わない。
やられる。―――そう、思った時。
「『敏捷強化』『抵抗強化』『耐性強化』」
あの男の声が聞こえた気がした。そして、その言葉と同時に自身の体が羽根のように軽くなる。
「―――ふっ!」
後ろで倒れているケンゴの体を抱え、振り下ろされた棍棒を寸でのことろでかわす。いつもの私ならば到底できない芸当だ。
「これはあの時と同じ・・・」
私はメガロファントムと対峙していた時のことを思い出す。あの時も、コイツが倒れてから急に体の調子が良くなった。まさか、今回も―――
「グレートタウロスは炎には強いが反面氷属性に弱い。ならば―――」
また私の声で知らない情報が紡ぎ出される。そして、私の体が普段では出せない高さまで飛び上がり、炎属性しか操れないはずの私の杖に青い魔法陣が浮かぶ。
「街は破壊しないようにするんだったな。「フリーズストーム」!」
杖から冷気の塊が発射される。渦のように発生する氷の魔力がグレートタウロス達を押しつぶし、黒い炎となって消滅する。
私が着地した時には、既にすべてのグレートタウロスが消滅していた。
「すげぇ!すげぇよ嬢ちゃん!!」
「あんな凶暴なモンスターを簡単に倒すなんて!」
町の人から歓声が上がる。でも、一番驚いているのは私自身だった。
「あの魔法・・・。それに、あの声は・・・」
「・・・ん、終わったか」
体から力が抜けていくと同時にケンゴが目を覚ます。・・・やはり、偶然とは思えない。
「・・・目が覚めたようね。よかったわ」
私は抱きかかえていたケンゴを下ろす。やっぱり、この男は―――
――――――
「なるほど、俺の能力は単純な強化だけじゃなくて、他の魔法も打てる。ついでにいろんな属性の魔法も打てるようにできるのか」
最初は炎魔法だけでどうやってグレートタウロスを倒すか考えていたが、人間やろうと思えばできるもんだな。と思った。
そんなことを考えていると、アネッタと俺は町の人に囲まれていた。
「二種類の属性魔法を使えるなんて見たことがないわ!」
「それに嬢ちゃんより大きいこの人を抱えながらあんな高さまで飛んだり・・・すごい!すごすぎるぜ!」
「あ、あはは・・・」
アネッタは困った表情だ。彼女が訳ありというのならば、ここで目立ちたくないのかもしれない。
「アネッタ、行こう」
俺はアネッタの腕をつかみ、人込みをかき分けていく。
「ちょ、ちょっとケンゴ!」
人の少ない裏通りまで来ると、アネッタは俺の手を放す。
「あまり目立ちたくなさそうだったから連れ出したけど・・・迷惑だったか?」
「い、いや・・・。別に。確かにあまり目立つのは駄目だし・・・。」
アネッタは目をそらす。やはり何か隠しているようだ。
「しかし驚いたな。お前が二種類の魔法を使えるなんて」
俺は適当に話を合わせようとする。しかし、アネッタの顔は疑いのまなざしで俺を見ていた。
「・・・私は炎の魔法使い。氷魔法なんて一度も使ったことがないわ。それに、今回もあの時も、あんたが倒れてから私は強くなったし、私の意識とは別に魔法を放ったりしていたわ」
「・・・へ?いやー、偶然じゃないかな?」
俺はとっさにごまかそうとした。しかし、アネッタは納得しない様子だった。だが。
「・・・まぁいいわ。アンタのその服装や発言、そして今回のことでアンタに絶対に裏があるのは分かった。・・・アンタ、行く当てもなさそうだし。ちょっとあんたに興味がわいたわ。・・・アンタ、私の秘密、聞く勇気はある?」
アネッタは口を開く。それは、これからの俺の運命を大きく左右する出来事だった。