第十八話 白夜
トパーズ、及び白夜の襲撃を何とか乗り切った俺たちは、荒れ放題となった広場周辺の修復を手伝った後、キャンピングカーに戻り情報を共有していた。
オリンピアは細かい機材などの修復を手伝う、と言っていた。帰ってくるまでもう少しかかるだろう。
「白い太陽に白夜という組織、か。預言者はともかく、街で盗みを働いた奴の仲間もそれらの仲間だったとはね。思ったよりもこの世界に浸透しているらしい」
エリーシャが言う。オリンピアを助けたのは偶然だった。あの盗人も何かに操られて動いていたとは思えない。・・・いや、アネッタの時だってそうだ。俺が転移してきてすぐに、アネッタと遭遇したのも偶然だ。だが、その事件の首謀者も俺のことを知っていた。まるで、何か大きな力に動かされているかのように。
「ケンゴ、大丈夫?さっきからずっとボーっとして。」
気が付くと、アネッタが俺の顔を覗き込んでいた。息がかかるほどの近さ。俺は慌てて距離を取る。
「あ、ああ。大丈夫だ。・・・しかし、アイツの持っていたアリアル・アーマー。あれの機動力は異常だ。あの時はあいつがエリーシャ・・・いや、俺だけを狙っていたから何とかなっていたが、俺たち全員を狙ってきたなら・・・、俺の憑依の力を付与できるのが一人だけな以上、全てを回避するのは不可能だろう。」
「そうねぇ~、私も結構動体視力はいい方だと思っていたけどぉ、あのメカの動きは追えなかったしぃ」
メアが言う。あの機動力、憑依でギリギリまで感覚を研ぎ澄ませてようやく動きを追えるような代物だ。預言者の操る偽骸もかなり強力な相手だったが、今回はそれ以上に厄介な相手かもしれない。
「俺の能力が全員に適用できれば話は早いんだがな・・・」
俺が愚痴る。だが、言った後で思った。たとえ複数に憑依できたとして、それらすべてを同時に制御できる気がしない。俺の魂・・・意識は一つなのだから。自分を動かす事すらできなくなるのに、複数行動はオーバースペックだろう。
「ま、できないことを嘆いてもしょうがないわ。今は出来ることを考えましょう」
アネッタがまとめる。・・・今出来ること、か。俺は多分この会話を聞いているであろうアポロに向かって話しかける。
「なぁアポロ。お前は白夜について知ってるか?」
『ノー。私が存在していた期間、そのような組織が発足した、または解明したという情報はありません。また、アリアル・アーマーという名も該当する情報はありません』
「・・・ま、そうか・・・。」
奴らの言い分が正しいなら、奴らの持つ技術・・・偽骸という鉄くずの塊のモンスターや、アリアル・アーマー。あれらはこの次元に存在しない存在。そんなものを扱えるアイツらも、この次元の存在ではないのかもしれない、という事だ。
そう考えていると、アポロは続ける。
『―――しかし、その白き太陽の文様は該当する案件が一つ。』
「・・・なんだと?」
『白き太陽。それはかつての伝承に存在するすべての種族を率いた伝説の存在、その男が掲げる旗に記されていたとあります』
それは、不思議な繋がりだった。
・・・あのゲームのプレイヤー、主人公が白夜の旗を掲げていた・・・?しかし、俺の知る限り、あのゲームでそんな旗を掲げるシーンなんてなかったはずだ。あのお伽話の主役はプレイヤーだと思っていたが、似たような逸話のある別の存在なのか・・・?
俺が考え込んでいると、エミリアが何かに気づいたように警戒行動をとる。
「・・・お喋りはいったん終わりだよ。・・・外に何かいる」
その言葉に全員が身構える。俺たちの居場所がバレたのか?と思ったが、しばらく待っても攻撃されるような様子は見られない。アポロに聞いても外の様子はモンスター以外は細かくは判断できない、とだけ返された。少なくともモンスターではない、そして、すぐに攻撃してくるような相手ではない、という事だけが分かった。
「とにかく、様子を見ないことには始まらないな。・・・俺が外を見てくる。何かあったらすぐに呼ぶ」
「ケンゴ、それなら私が・・・」
アネッタが言うが、俺は首を振る。・・・確かに、この中だと俺が出るのは戦力的な意味でも問題だろう。だが、もし相手が白夜だったら。俺は、奴らに聞きたいことがあるのだ。
俺はゆっくりとドアに近づき、そっとドアを開ける。何者かの姿は見えない。
周囲を警戒しつつ俺は外に出る。すると、上から声がした。
「セーンパーイ!!会いたかったっスよーー!!」
「うわぁぁぁっ!?」
声と同時。何かがとびかかってきた。俺はそのまま押し倒され、悲鳴を出す。その声に反応して、皆が車から出てくる。
「ちょっとケンゴ、大丈・・・夫・・・」
アネッタが固まる。彼女が見たのは、女性に押し倒された、俺の姿。
女性は無邪気な笑顔で、栗色の髪を片側だけ異様に伸ばした片目隠れのような状態にした髪型の、作業着のような服を着た少女だった。
「あぁ・・・センパイに出会えるなんて、ウチ、感激っスよ・・・」
「ちょっと、おま、待てって。誰かと間違えてないか?」
俺はそっと少女を俺の上から降ろして言う。俺はこの女を知らない。いきなり先輩と言われても、困惑することしかできない。
「えー、センパイはセンパイっスよ。名前だって知ってるんスよ?ケンゴセンパイ」
「な・・・」
俺の名を知っている。いったいこいつは何者なんだ・・・?
「アンタ、ケンゴの何なのよ。それに、自分は名乗らないわけ?」
アネッタがイライラした様子で言う。すると少女はやっと周りの皆の存在に気づいたらしく、改まって言う。
「あー、センパイの今のお仲間さんたち、お初にお目にかかるっス。ウチはシー・ルメルカ。センパイの後輩っスよ」
「いや、説明になってないんだが・・・」
エリーシャが呆れたように言う。俺はゆっくりと起き上がってルメルカ、と名乗った少女に問う。
「えーと、ルメルカ?お前は俺のことを知ってるみたいだが、俺はお前のことを知らない。お前は一体何なんだ?」
「えー、忘れちゃったんスか?ウチ寂しいっスよー。いつも一緒にいたじゃないっスかー」
全員が俺を見る。・・・いや、こいつの言ってることはおかしい。アネッタ達も気づいているようだ。俺はこいつと昔からいることはありえない。なぜなら・・・
「・・・お前、いつ、どこで俺と一緒にいたって?」
「やだなぁ、一緒にいろんな国を渡り歩いたり、モンスターと戦ったりしたじゃないっスかー」
「・・・やっぱりお前、誰かと間違えてるぞ。俺はつい最近、この世界に転移してきたんだ。昔から、なんて、お前も俺の世界から来たとかじゃない限りあり得ないんだ」
そう。俺はこの世界に来たのは今回が初めてだし、来てから初めて出会ったのはアネッタたちだ。彼女と出会ったことなんて、ないはずだ。
俺がそれを言うと、ルメルカはうーん、とうなる。
「・・・そうっスか、やっぱりセンパイはあの事を・・・」
「・・・?何か言ったか?」
「・・・いや、なんでもないっス。でも、センパイが覚えてなくてもウチは覚えてるっス。あの冒険の日々を・・・」
「・・・ねぇ、この子結構やばい奴じゃない?」
「まぁ危険なやつじゃないなら問題ないさ。見る分には面白いからねぇ。ヒーッヒ」
遠くでアネッタとエミリアがひそひそ話をしている。他人事だからと言って・・・
「そういやセンパイ、白夜に襲われてたみたいっスけど、何やらかしたんスか?あれがセンパイに攻撃するなんて思えないっスけど・・・」
「・・・は?お前、今なんて?」
ルメルカはさらっと言ってのけた。白夜のことを。・・・こいつは、白夜を知っている?
「え?センパイがさっきそこの広場で白夜のアリアル・アーマーに襲われていたところをちょっと見つけただけっスけど・・・」
「いや、お前、あの組織を知っているのか?」
「当たり前じゃないっスか。・・・あー、もしかして、そこまで記憶から抜けてるっスか・・・。困ったっスね・・・」
ルメルカが困惑している。いや、困惑したいのはこっちなのだが。
「・・・とにかく、こっちに来い。話は中で聞きたい」
俺はルメルカを車の方へと案内する。彼女は不思議そうにしていたが、俺の顔を見ると納得したように俺たちの後をついてくる。
突然現れたシー・ルメルカという少女。彼女が知るという俺のこと。そして、白夜のこと。・・・謎は増えたが、彼女が何かカギを握っている。そんな気がする。
―――俺の運命は、さらに加速する。それは、歯車がかみ合っていくように。
――――――
「イレギュラー、やはり、奴の持つ憑依の腕輪の力が厄介だ。あの力は俺たちでもすべてを理解できているわけじゃねぇ。・・・ま、奴にもまだ全ての力は把握できているわけじゃないみたいだがな。」
「イレギュラー・・・。まさかあそこで俺たちの邪魔をした奴が・・・。ところでボス、俺たちを呼び出した理由は・・・?」
トパーズの目の前には前に作戦を失敗した男二人がいる。彼が呼び出したのだ。
「・・・ああ、お前たちに最後のチャンスをやる。あのイレギュラーたちを始末するんだ。本当は俺が直々にあいつらに止めを刺したいんだが、それはまだ先らしい。・・・ま、お前たちが殺しちまっても俺は構わねぇがな」
トパーズはにやりと笑う。男は目を輝かせる。
「う、うす!イレギュラーだか何だか知らないが、またボスの力を分けてくれるなら今度こそ・・・」
しかし、トパーズは首を横に振る。
「いや、今回は俺の力じゃねぇ。お前たちには、ヒメの真の力、それを与える。・・・よーく味わいな、深淵を得し陽光の力をな・・・」
トパーズの乗っているアリアル・アーマーから黒い瘴気が噴出され、男たちにまとわりつく。
「な・・・これは・・・!?」
「く、苦しい・・・」
「お前たちはこの力を以て最強の存在となる。異次元の力・・・『魔蝕』となり、全てを食らう存在にな」
「う、ウウゥ・・・Urr・・・」
「あ、兄貴・・・俺・・・俺達・・・」
「安心しろ。お前たちはこれで晴れて、俺の真の僕となる。・・・さぁ、イレギュラーに見せてやりな。お前たちの力を」
瘴気が男たちの体の中に完全に侵入し終わる。兄貴、と呼ばれていた男が一心不乱に走り出す。まだ正気を保っている子分も、その後を追う。
「・・・ククク、さぁ、悪夢は始まったばかりだぜ、イレギュラー。このくらいすぐにでも対処して、俺のところに来やがれ。そしたら、次こそは俺がこの手でお前たちを八つ裂きにしてやる。・・・『あのお方』のためにもな」
一人になった部屋で、トパーズは一人呟く。その背後には、白い太陽が昇っていた。




