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休日廃止令

作者: さきら天悟

2020年7月、日本を震撼せさせることが起こった。

株価の暴落である。

3日連続で大幅に下がり、日経平均が2万円を割ってしまった。

投げ売りしても買い注文がなく、成すすべもなかった。

ただ投資家はPCの前で茫然とするだけだった。


日本人はだれも予想できなかったのだ。

というのも、東京オリンピックの開幕直前だった。

確かに、オリンピック用の競技場などの建設ラッシュは、

前年度に終了し、今後、国家規模のビッグプロジェクトの予定は立っていなかった。

そんな時、日本の屋台骨を支えている自動車産業に激震が走った。

それも2つの要因だった。

かねてから米国は国内雇用を守るため自動車に25%の関税をかけると、

各国に対し要求してきた。

その実施が決定的になったという。

政府は、交渉の結果25%に対し、8%とすることを勝ち取ったと報じたが、

初めから米国の思惑通りだと、評論家ぶった芸人でさえ、コメントした。

もう一つの要因はガソリン車規制だった。

中国に加え、イギリス、EC諸国で実施されることが確定し、

2025年には完全にガソリン車が禁止されるのだ。

当然それにとって代わるのが電気自動車だ。

規制する各国は自動車産業の構造を一変させ、

新たな電気自動車産業で先陣を切りたがった。

というのも、ある程度のシェアを確保できれば、

自国の規格が世界の標準となる。

世界標準になれば、輸出時に規格変更をしなくても良いのだ。

一方、日本はというと最悪だった。

なまじガソリン車、ハイブリッド車の品質が世界に認められているため、

電気自動車への対応は遅れていた。

いや、電気自動車へ移行できない、というのが本音だった。

電気自動車へ移行すると、グループ会社や下請け会社がもたないのだ。

というのも、ガソリン車と比べ電気自動車は圧倒的に部品点数が少ない。

ということは下請け会社に仕事を回せない、

さらに構造がシンプルなため輸出先で組み立てた方が安くなるのだ。

つまり、電気自動車に切り替われば、日本の自動車産業は崩壊するという訳だ。


株価下落後、2週間で底を打った。

しかし、政府は経済対策を発表できず、

さらなる下落の危険があった。

それは雰囲気だった。

先行きが見えない日本経済により、

株価暴落により激減した年金受給者、

それらを見つめる子供たちや、

日本社会に黒く、深い影が覆っていた。




「経済対策はしないのか?」


「・・・」

太田は苦虫をかみ潰した。

若手有力議員の太田は、つい三か月前、経産大臣になったばかりだった。

太田は藤崎を見つめる。

「名探偵の藤崎さんには何かいいアイデアでもあるのかな」

太田は官僚時代同期で親友の藤崎に皮肉を込めに言った。

アイデアがないから、藤崎に助けを求めに来たのだが、

イライラからか、減らず口を叩いてしまった。


「早く何か対策を発表しないと、

株価、もっと下がるぞ」


「・・・」

太田は下を向く。

そんなこと言われなくても分かっているという顔を隠すように。

「金がない・・・」

数兆円規模の経済対策が必要と算出されていた。


「金はあるだろう」


太田は苦虫をまた潰す。

金はなんとかなる。

しかし・・・


「自動車産業には突っ込めない、

という訳か」


太田は頷く。

リーマンショック時にはエコカー減税で自動車産業を救済したが、

今さらハイブリッド車普及に税金を投入できないのだ。

それでも党内では自動車産業救済のために経済対策を打つべきだ、

という声が多かった。

太田も一理あるとは思った。

自動車産業が崩壊すれば、雇用が失われる。

経済対策を打ち、数年でも世間の雰囲気が変われば、

景気が持ち直すかもしれない、と。

しかし、一時的なカンフル剤にしかならないことは分かっていた。


太田は神妙な顔で藤崎を見つめる。

目をつむり、藤崎に頭を下げた。

「金を使わず、世間の雰囲気を変えるアイデアを教えてくれ」


藤崎はハッとした。

太田から何か頼まれるのは予想していたが、

世間の雰囲気を変える方法とは予想外だった。

日本経済は瀕死の状態ではない、

雰囲気を変えればまた復活するという太田の認識に藤崎は感銘した。

藤崎はじっと太田を見つめる。

そして、静かに頷いた。


「金は出せないぞ」


「金ならある」

藤崎はニヤリとする。


「どこに?」


「国民の貯金を引き出す」


「出すか?」


「雰囲気だ。

雰囲気を変えられればな」


「雰囲気?」


「日本の雰囲気を変えて、国民から金を引き出す」


「そんなことができるのか?」


「休日を廃止する」


「休日を廃止ッ?」


藤崎はニヤリとした。

藤崎は胸に手を当て、深く頭を下げた。

「名探偵にお任せあれ」




日本政府は各企業に働きかけた。

それは法案という形ではなかった。

日本の雰囲気を変えたいという太田経産大臣の強い主張によるものだった。

ある意味、真の働き方改革だった。

「休日を廃止して欲しい」と太田は会見で企業に呼び掛けた。

その時、会見に集まった記者らから驚きの声が上がった。

太田は続けた。

「休日とは仕事の疲れを回復するため日なのでしょうか。

違うでしょう。

家族と過ごしたり、自分の好きなことをする日です。

逆にその日に仕事の疲れを残してはならないのです。

もし違うというなら、会社は休日でも社員に手当てを払うべきです。

疲れを癒すという仕事をしているからです」

記者らはあっけにとられたが、

一人の女性記者の拍手により、万雷の拍手と変わった。

「『休日』を『遊日ゆじつ』にしたいと思いましたが、

遊ぶというより、何をするにも自由な日ということで、

由日ゆうじつ』にしたいと思います」



翌日、新聞やネットニュースの見出しとなった。

国民はというと関心は薄かった。

鼻で笑ったという感じだった。

そんなことで先行きが見えない日本経済が良くなるわけがない、

と思っていた。


翌週末から国内旅行が増え始めた。

多くは日帰り旅行だが。

でも、みな不平を漏らした。

その旅行の帰り道は渋滞し、レストランや土産物店は混み合っていた。

しかし、みんなの顔に影はなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何もしないよりもましなことは確か。雰囲気はどのように変わるのか、それは仕掛けた側の想定とのズレはあるのか。休日を廃止するというより、今の方で許すギリギリまで絞るということなのかも知れない。…
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