東京湾埋立第十三号地、東京テレポーターにて(3) ──「私、種なし手品ができるんですよ」
「おお……」
円形の通路の窓から見える、東京テレポーター中枢の光景に、篠巻は感動の声を上げた。
巨大な銀色のドームの中、天井から壁に掛けてあしらわれた幾何学模様を描き出す白い照明に照らされ、その中央に鎮座するのは、円盤状の『宇宙船』だった。
深い穴の上に、それは浮いている。
「まさか……これが飛ぶのかな?」
「違いますよ。穴に向かって沈むんです。エレベーターみたいに。宇宙船に見えるのは、あえてそうしているデザインだそうですよ」
篠巻は目を凝らす。確かに、いかにもSFチックな謎のパイプが無数に巡らされた穴の模様に紛れて判りづらいが、底から伸びた支柱が『宇宙船』を支えている。
「あの穴の底に、テレポーターの装置があるんですよ。『宇宙船』に乗って下降し、テレポート、『宇宙船』が再び穴から出てくる時、そこはもう大阪の地というわけです」
「なるほど、ね……」
「あの『宇宙船』は、『ノアズ・アーク』と呼ばれています。旧約聖書に出てくる、ノアの箱舟が由来ですね。およそ五分ほどですが、面白い旅ですよ。乗ってみれば分かります」
通路から掛かる橋を渡り、『ノアズ・アーク』に乗り込んだ。
広々とした内部には、座席が並べられていて、シートベルトが着いている。
指定席ではないので、適当な席に二人並んで腰を掛けた。
次々と乗客が乗り込んでくる。ここには、百人まで乗れるようだ。
「このシートベルトは何だろう?」
「飾りじゃないですよ」
間もなく、飛行機のようにシートベルト着用のアナウンスが流れ、係員も口頭で乗客へシートベルト着用を促す。
篠巻も素直に、シートベルトをしっかりと身に着ける。
続いて、荷物を座席の下の収納ボックスに入れるか、入らないものはしっかりと手に抱えて持つようアナウンスが入った。
意図がよく分からなかったが、嵩張る荷物は全て手荷物カウンターに預けてしまっているから、特に用はなさそうだ。
<テレポーターが、起動します>
アナウンスが流れた。
ついに、この時が来た。さて、何が起こる。
「篠巻くん。突然ですが、私、種なし手品ができるんですよ」
「……ほんとに突然だね」
得意げな顔をした天城が、握り込んだ右手を開く。百円玉が一枚。
「いつの間に持ってたの?」
「別にここは手品じゃないですよ。これからです、これから」
その時、『ノアズ・アーク』が少し揺れた。
窓がないので分からないが、感覚からして、下降が始まったようだ。
この程度の揺れで、シートベルトが必要とは思えないが……。
「きますよ。私の念力が。硬貨をよく見て下さい」
篠巻は、天城の手の平に乗った百円玉をじっと見つめる。
「なんだ?」
百円玉が、小刻みに揺れ始めた。
「…………浮け」
天城の言葉に呼応するように、百円玉が、ふわりと浮き始めた。
「えっ? 嘘だろ……!」
見ると、篠巻の首に着けたドッグタグも持ち上がって、目の前でフワフワと浮いている。
乗客たちの身に着けたアクセサリーも、同じように浮き上がっていた。
装着したシートベルトが、身体にきつく食い込む。
いや、違う……シートベルト「に」、身体「が」食い込んだのだ。
足腰で感じていた重力の感触が、ない。
天城が続けざまに左手を開くと、握られていた沢山の百円玉が、次々と重力を失って上に舞い上がっていく。
無重力。
この『ノアズ・アーク』の内部が今、無重力になっているのだ。
「ね? 面白いでしょう」
空中に浮いた百円玉を人差し指でつついて回しながら、天城がニコニコと微笑んだ。
篠巻はというと、ひたすら驚愕して言葉を失っていた。
やがて、浮いていた百円玉がゆったりと落下し始めた。
天城はそれを両手で器用に全てキャッチする。
重力が元に戻り、次第に上昇する感覚。
そうして完全に停止し、シートベルト着用のサインが消えた。
<テレポーターが、大阪へ到着しました>
現実感がないとは、まさにこのことだ。
アナウンスが流れ、篠巻はシートベルトを外し、少々ふらついた足取りで『ノアズ・アーク』から降りる。
ホールや通路のデザインは東京テレポーターと大差はない。
出口で、『ノアズ・アーク』に積まれていた預けた荷物を受け取ってから、ロビーへ出た。
『WELCOME!OSAKA!』と書かれた巨大な垂れ幕が、二人を出迎える。
並んでいる飲食店を見る。
串カツ、お好み焼き、餃子、ラーメン……そして、たこ焼き。
篠巻は振り返って、すぐ背後に立つ天城蓮華に尋ねた。
「それじゃあ……何を食べようか? たこ焼き?」
「やっぱり、ハンバーガーが食べたいですね」





