スパイダーズ・ネスト(1) ──「蜘蛛……!!」
再び、三洋百貨店前駅、地下鉄半蔵門線乗り口。
もとい、異世界の地下庭園、あるいは【巣穴】。
「逃げろ!! 穴に、もっと大きい何かが潜んでる……!! 横川警部がやられた!!」
携帯火炎放射器を背負いヨロヨロと走る銃器対策部隊の田中が叫んだ。その顔は脂汗がぎっとりと張り付いている。
彼の後ろに居たはずの森内、舞原、横川の三人の隊員たちは全て犠牲となり、今の隊列の最後尾は彼であった。
「……穴ぁ!?」
彼を援護するためホーム端に残っていた鹿森は、M31ソウドオフショットガンを発砲して怪虫の群れを牽制しながら、味の無くなったミントガムを吐き捨てる。
「あのくっせえ穴が、どうしたってんだよ……!!」
忌々しい巨大蚯蚓が掘削した、多数の奇妙な穴。まさか本当に、あの穴を連絡通路として他の生き物が潜んでいるというのか。
「……うぐッ!」
急に田中が立ち止まった。
『天井』の穴から黒い糸が飛び出してきて、彼の身体に絡まったのだ。まるで暴徒捕獲用ネットランチャーのように、一瞬の出来事だった。
「ウソだろこの野郎……!!」
そう悪態をついたのは、鹿森ではなく、隣に居る蓮だった。かつて栄城にタバコを渡した時の乙女らしさは微塵も残っていない。
鹿森は、M31ソウドオフショットガンを左に傾けながらフォアエンドを後退させ、硝煙ゆらめくショットシェルの撃ち殻を排莢口からキンッと排出し、入れ替わりに左腕に着けていたワイヤー弾を取って薬室に押し込んでジャキンとフォアエンドを戻し、そのまま田中に向けて発砲した。
田中を上方へ引っ張り上げようとする黒い糸がワイヤー弾によって断ち切られ、彼はそのまま芝の中に落下した。
蓮が雄叫びを上げながらHK416を『天井』の穴にフルオート連射を浴びせている内に、鹿森は片手に握ったサバイバルナイフで黒い糸を切り、恐怖でひいひい喘いでいる田中を助け起こす。
「さっさと立ちやがれ……! でっけえパイオツをマジ見したムスコみてえに早く立たねぇと、ここで全員皆殺しだぞ!」
田中を引っ張り起こしてから、鹿森は自分が切断した黒い糸の断片を確かめる。
手触りはポリエチレン釣り糸に似ていて、ナイフで切断することは可能だが、引っ張る力に対しては非常に耐久性がありそうだ。これに絡め捕られたら、素手で引きちぎって逃れるようなことは難しい。
蓮が今度は怒りに「あああああ!」と叫び、HK416から撃ち切った空のマガジンを乱暴に抜き捨てた。
「ちっきしょう……逃がしたぁあ! 絶対にブッ殺してやる!!」
「落ち着けファッカー! 穴の中に何が見えた!?」
「分からない! でも……顔が見えた気がする」
そこで田中が短い悲鳴を上げた。
怪虫の群れが、足元までじわじわと迫っている。
生きのいい人間たちに寄生し、異世界の植物の苗床とするために。
田中は震えながら携帯火炎放射器を構えるが、発射に手間取っている。
そんな彼に対し、興奮で鹿森の口調が移りつつある蓮が、HK416を発砲しながら怒声を放った。
「おい田中ァ! てめぇ、童貞みてえに怯えてんじゃねえよ、クソが!!」
罵倒され、目を丸くした田中は、すぐにその顔をギッと締めて、ついに携帯火炎放射器の引き金を絞る。
「童貞で悪いかこのクソババア────!!」
ノズルから、灼熱を帯びて燃焼するナパーム燃料の火炎が噴き出した。
地下鉄ホーム内に繁る異世界の死の植物もろとも、怪虫たちを焼き尽くしていく。
ババアと呼ばれた怒りで田中の携帯火炎放射器のタンクにしがみつこうとする蓮を、鹿森は取り押さえて引き剥がす。
「おい……! 置いてかれたくねえなら、さっさと行くぞ!」
蓮がアサルトライフルよりも乱暴な返答を発射するよりも早く、その気力を丸ごと吹き飛ばすような騒々しい爆音がホームの反対側から轟いた。
同時に、鹿森の脇腹を、何かが凄まじい風切り音と共に高速で掠めた。
それは後ろの壁にぶち当たり、コンクリートを大きく砕き、爆炎を散らせた。
鹿森の頭の中に、その兵器の正体が瞬時によぎった。
MK211徹甲焼夷弾。
焼夷剤と高性能爆薬を弾頭に封入し、軽装甲車の装甲を貫き、乗員を一人残らず爆殺するための弾薬。
「危ねえ────!!」
ブローニングM2A1重機関銃の銃声が続けて轟いた。
鹿森は、掴んだままの蓮と共に脇に退け、線路の方へと飛び込む。
田中を助ける余裕は、なかった。
火炎放射器の燃え盛る炎の海を越えて飛んできた12.7ミリ徹甲焼夷弾の群れが、田中の身体を完全に貫き撃ち砕いた。
全身が炸裂弾頭の爆炎で崩壊し、次いで壊れた携帯火炎放射器のタンクの燃料へ引火し、大爆発を起こした。
倒れて歯をガチガチと震わせる蓮を抱きとめながら、鹿森は叫ぶ。
「敵に重機関銃を奪われた!! 正体は分からんが、背中を撃ちまくる気だ!! 気をつけろ……!!」
────何だって!?
トンネルを走っていた麻戸井は、SA58を構えながら後ろを振り返る。
すぐ後方を付いてきていると思っていた隊員たちが、側に全く居ない。
大きく距離を引き離され、トンネルの入り口で倒れている鹿森と蓮の二人が見えるだけだ。
「……待って!! 後続の連中が取り残されてる!!」
側に居た、M590ショットガンを抱えた米海を引き留めた。
だが頼りないことに、その相棒の顔は情けなく怯えきっている。
「い、生きてんなら勝手に付いてくるだろ……! こんな所に一秒でも立ち止まってたら、それこそ死ぬ……!」
「だからって、見捨てるわけにはいかないでしょうが!」
助けに行こうとした時、麻戸井は自分のすぐ横の壁に、巨大蚯蚓が掘り抜いた例の穴があったことに気が付いた。
ふと向けた視線の先。
暗く湿った穴の奥で、赤い瞳が光った。その数は、八つ。
麻戸井は、目が八つある生き物をよく知っていた。
「──────蜘蛛……!!」
咄嗟にSA58の銃口を向けた。
だが発砲するよりも早く、黒い糸が幾つも飛び出して、麻戸井の身体を一気に絡め捕った。





