東京湾埋立第十三号地、東京テレポーターにて(2) ──「たこ焼きとか、あとたこ焼きですね」
篠巻と天城は、東京テレポーターのロビーへと入った。
ロビーの景色自体は、建物の外観から想像するほど斬新なものではなく、雰囲気は空港に近い。
キャリーバッグを引いた人々が行き交い、多数の小売店や飲食店が連なっている。
早く、この東京テレポーターの本体、中枢部を見てみたいものだ。
「ちょっと早いけど、何処かでご飯でも食べる?」
篠巻は振り返って、すぐ背後に立つ天城に尋ねた。
「いえ」
天城は、篠巻から一切目を逸らさないまま淡々という。
「それなら、まだ田舎者の如くキョロキョロする篠巻くんの背中を見ている方が楽しいですね」
「どっ、どういう意味だよ……!」
「わざわざここまで来たのに、いつも食べている東京の飯で満腹にならねばならない意味が分からないんですよ。どうせなら、大阪に到着してから食事したいと思いましてね。いえ、篠巻くんがそんなに東京食が恋しいと言うのなら、従いますが」
「あぁ……なるほどね……」
篠巻は、顔の火傷痕を指先で軽く掻きながら、大阪のグルメを思い浮かべる。
「大阪、大阪ね……。串カツ、お好み焼き、餃子、ラーメン……あと何かあったっけな」
「たこ焼きとか、たこ焼きとか、あとたこ焼きですね」
「……つまり、たこ焼きが食べたいんだね」
「食べたいですね」
「オーケー……分かった分かった。大阪でたこ焼きを食べよう」
篠巻は観念し、朝から何も食べていない空腹を堪えた。
「無理強いはしてないですが」
「別に、無理してない」
「そうですか。これ、あげますね」
天城はポケットからチョコレートバーを取り出して包装を剥き、篠巻の口に直接押し込んだ。
彼女の体温で若干溶けているのが腹立たしい。
ツッコミを入れるのも面倒になって、篠巻は黙々と食べることにした。
「さて……とりあえず、早く手続きを済ませてラウンジに行こう。荷物が重いし、ちょっと休みたいからね」
篠巻はガンケースを背負い直し、受付を探して歩き出す。
「そっちじゃないですよ。逆です」
「……」
篠巻はムスッとした顔で向きを変え、案内板に従い受付を目指す。
既に予約してチケットは買ってあるから、混雑している自動チェックイン機の列に並ぶ必要はない。
チケットを取り出し、ラウンジの入り口に設けられた保安検査場にそのまま向かおうとする。
「ちょっと待って下さい、ストップです。死ぬ気ですか?」
「え? え? な、何だよ、急に」
天城は、隣の手荷物カウンターを指差す。
「もし、この物騒な荷物を預けないまま保安検査場に丸々持ち込んだら、テロリストと間違えられてそのまま鎮圧されるでしょうね。
知ってますか? この東京テレポーターの警備は、警視庁特殊部隊と銃器対策部隊の精鋭チームが行っているんです」
篠巻はギョッとして、チケット売り場の隅に立つ、屈強な二人組の警察官に注目する。
バイザー付きのヘルメットを被り、紺色のアサルトスーツの上に、黒色のタクティカルベストを着込んでいる。
一見、腰のホルスターに挿したピストル以外に銃を持っていないように見えるが、二人ともガンケースを背負っている。
あの中には、より強力な大型の銃器が収められているに違いない。
「こういう荷物は必ず預けないと、持ち込めませんよ。飛行機と一緒です。べつに、ここで警官隊と一戦始めたいなら止めはしませんが」
篠巻は身震いして、手荷物カウンターの方へ歩みを変える。
それから、十五分ほど掛かって、ようやく手荷物の預け入れ手続きが完了した。
手荷物として直接持ち込めない物品は、空港の受託禁止品と同じだった。
エアーガン本体こそ問題にならなかったものの、エアーガン用のガス缶と、リチウムポリマー・バッテリー、そしてペットボトルに入ったスポーツドリンクは没収されてしまった。
空港なら問答無用で破棄されるが、ここでは追加料金を払って手続きをしておけば三日以内なら返却されるのが幸いだった。
しかし余計な出費と手間になってしまったことには変わりない。
「こんなに厳しいとは……せいぜい新幹線くらいの感覚と思ってたよ……」
「ドンマイですね。飛行機に乗り慣れてれば簡単なことですが、さてはそっちも全然乗ったことないんですね?」
「……その通りだよ。中学の時の、思い出したくもない修学旅行以来だ」
保安検査場に入って、首から下げていたドッグタグのアクセサリー、財布、スマートフォン、腕時計などの所持品をカゴに入れてからX線検査機に通し、金属探知機のゲートをくぐる。この過程も空港と同じだ。
ラウンジの椅子に座って、無料のドリンクバーのジュースを飲みながら、天城と他愛もない話をして時間をつぶした。
話が『アメリカ大統領は浣腸をされた時にどんな声を上げるか』に発展しようとした時に、アナウンスが掛かり、持っていたチケットに対応する搭乗口の受付が開始されたことを告げた。
「ほんとに、飛行機の乗り方と似てるんだな……」
紙コップを片付けながら、改めて感心する。
「てっきり俺は、テレポーターなる扉があって、それをくぐって終わりと思ってたんだけどな」
「『どこでもドア』じゃないんですから。テレポーターは乗り物なんです。見れば分かりますよ」
篠巻と天城はラウンジを出て、列に並んでチケットを係員に提示し、搭乗口のゲートをくぐり抜ける。