アイソレーション(3) ──「深い禍根を残すくらいなら、相手を一人残らず絶滅させた方が後腐れない」
情報を共有するにあたり、俺は意図的に二つの事柄だけは隠した。
一つは、柚岐谷の正体が異世界軍の【文化潜入部隊】であった事。もう一つは、異世界軍が中嶋叡を狙っている本当の目的を、アヤカから聞き出せていなかった事だ。
前者は、亡くなった柚岐谷の名誉を思ってのことだが、後者は、不確定な情報を広めて強い疑心暗鬼を煽るようなことを避けるためだ。
叡を守るという任務を持つことで、この孤立無援の絶望的状況下でも、チームは敵に立ち向かうという意思を共有し団結することができる。
俺自身も、この第四小隊の仲間と叡を守り抜くという大きな目的があるからこそ、瞳を曇らせることなく敵と戦うことができるのだ。
そうでなければ、柚岐谷を失った悲しみを乗り越えることなどできない。
SAT第四小隊の生存者は、俺と、宮潟、半田、古淵。
SAT第二小隊は、沖國、栄城、鹿森、蓮。
銃器対策部隊は、米海、舞原、横川、凛瀬沢、麻戸井、森内、三津村、呉碁、田中。
心許ないが、現状この十七人で叡を守りながら東京の各地を侵攻する異世界軍と戦わねばならない。
「『ユートピア』か……全く、ふざけた話だ」
全て聞き終えた後、柱にもたれ掛かって座る沖國が、喉をさすりながら皮肉に笑った。
「何の罪もない住民を根こそぎ虐殺し、その屍の山で楽園を築くだと? 奴らの頭、どうかしてるんじゃねえのか」
それに対し、弾薬箱の上に座ってSA58を脇に抱えた麻戸井が、仏頂面でチョコレートバーを食べながら言う。
「人間だって、過去、散々やってきたでしょ。だから今も紛争が絶えない。中途半端に土地を奪い、両者に深い禍根を残すくらいなら、相手を一人残らず絶滅させた方が後腐れない。その土地に永住して子孫に引き継いでいくつもりならば」
「おい、何だと? まさか、異世界軍に共感してるってのか。何なら、今すぐ外に出て、奴らに入隊志願書を渡してこいよ!」
短気に噛みつく沖國に対し、彼女は表情を変えず淡々と語り始める。
「同情はしてるけど、共感するつもりは毛頭ない。
……あたしが中学の時、家に強盗が入った。母さんは、その時に殴られた頭の傷が原因で、今も半身麻痺に苦しんでる。その強盗の犯行動機は、貧困による生活苦と、寝たきりの母親への介護の心労。強盗が自首した時の所持金は、たったの二十円だった。
けど……あたしは、どんな事情があれども、母さんの人生を破壊した犯人を、今でも殺したいほど憎んでる。
敵にも引くに引けない動機があり、兵士一人ひとりにも家庭がある。だけど、あたしと家族の命を狙いに来るなら、絶対に容赦はしない。法が許す限り、駆逐する」
あぐらを組んで座っている舞原が、64式小銃のマガジンにアーマーピアシング徹甲弾を詰めながら、難しく眉をしかめる。
「嫁が、俺の帰りを待っている。クリスマスを一緒に祝うつもりだったが、今年も難しそうだな」
隣で横川が、ブローニングM2A1重機関銃の点検をしながら野次を飛ばす。
「だから、独身の方が悩みが少ないって言っただろ?」
「やかましいな。お前みたいな自分の筋肉と結婚した男と俺を比較にするんじゃないよ……」
二人の会話を断ち切るように、栄城が腕を組みながら相変わらずドスの効いた声を上げる。
「占拠された東京タワーの解放を目指すとして、どうやって進行する気だ? 天地が逆転しているこの状況では、ヘリコプターでも無ければ、物理的に全く近づけんぞ。重力を操作している【エルコト】とかいう国の小隊を潰せば良いんだろうが、肝心の潜伏先が分からないんだろ」
すると半田が、本来は床である『天井』を指さしながら言った。
「僕の推測だが……この天地逆転は、間もなく元に戻ると思う」
「……何を根拠に?」
「異世界軍の兵士は、魔法や怪物を操ることが可能だが、基本的な身体の構造自体は人間とあまり変わらないんだ。遭遇した【グーリンルド】と【ケヘラー】の兵士は、地に足をつけた二足歩行だった。空を飛ぶ方法は持っているようだが、それでも制約が多いはずだ。鳥だって、休息をとる。
つまり、敵も本格的に部隊を動かすつもりなら、どこかの段階で重力を戻す必要があるんだ。……だから、東京タワーへの道も地続きに戻ると思う」
俺は思わず半田を二度見する。
「おい半田、どうしてそんな重要な仮説を、もっと早く教えてくれなかったんだ?」
「勘弁してくださいよ宰河さん……そんな暇なかったですよ! アヤカから作戦の概要を聞いた時に気付いたんですが、その後は敵襲でノンストップだったじゃないですか……」
……確かにもっともだ。
凛瀬沢がドーナッツを片手にしながら挙手する。
「もし、重力が戻ったとして……どんなルートで東京タワーまで行きますか? 地上か、地下か……」
すかさず蓮が、WASPの装備品ボックスをテーブル代わりに地図を広げ、ペンで現在地と目的地に丸を書き入れる。
「東京タワーは、この三洋百貨店前駅から南西へ約五キロ。交通機関は使えないから、どのみち徒歩になる。地上ルートには竜の大群と、敵に回った国防軍の戦闘ヘリ。とてもじゃないけど生還は不可能。
けど、もし地下鉄を通って行くなら、半蔵門線を東に辿って東京駅を目指し、そこから都営三田線を南下すれば、東京タワーの最寄り駅の御成門駅まで、地下から出ずに進める」
「待て待て待て! 俺は反対だね!」
そう声を荒くしたのは、ミントキャンディーを口の中でカロカロ転がしている鹿森だ。
「地下には、【地下浸透部隊】とやらが潜伏しているんだろ? この駅の壁に、掘削機なしで大穴を開けまくった連中だ。もし襲われたら、俺らの肉なんかバターのように容易くグッチャグチャにされるぜ。
重要拠点に近けりゃ近いほど、守りが固いに決まってる。地下鉄は日頃使うだけでうんざりするほど迷えるっていうのに、ウォールハック可能なとんでもないチート野郎共に四方八方からガン掘りされたら、全員あっという間にお陀仏だ。身体の穴という穴を犯されまくって、な」
表現は下劣だが、彼の懸念は的確だ。
我々は【地下浸透部隊】と直接戦ったことはまだ無いが、地下鉄を進む以上、必ず遭遇することになる。どのような敵であれ、駅ならまだしも、直線のトンネルで挟み撃ちに遭うようなことがあればひとたまりもない。
「なら、他に名案はある?」
蓮がやや苛立った顔つきでそう尋ねると、鹿森は自信ありげな表情で答えた。
「ああ、あるさ。……皇居に行こうぜ」
その突飛な発想に、どよめきが起きる。
皇居とは、東京23区の中心部に位置する、天皇陛下が住まう宮殿だ。江戸城の跡地に築かれた緑豊かで巨大な一画で、一帯を囲う水濠がその名残だ。広さは約百十五万平方メートルで、東京ドームに換算すればおよそ二十五個分。
「それは何の冗談?」
「俺は真面目に言ってんだよ……。皇居には国防軍の【皇宮護衛特別隊】が駐屯している。普段は表に出ることは一切無いし、人数も保有武力も情報がほとんど公にされない、国防軍の中でも特に謎の多い部隊だが、なんでも、多国籍軍として海外に派兵された経験もある選りすぐりの精鋭が集められているらしい。そんなガチムチ共と合流できれば、勝機は増えるだろ」
「けど……本当に皇居が無事だと思う? 異世界軍の作戦の一つに要人の殺害が含まれているから、そんな重要地点は真っ先に襲われそうだけど」
「そうとも限らねえだろ。日本の天皇陛下は象徴天皇制で、国政には関与しないから、優先度は高くない。総理大臣はアワアワ慌てている間にとっくに殺されてるだろうが、天皇陛下は皇宮護衛特別隊もついているし、安全な核シェルターに迅速に避難できたろう」
彼にしては、悪くない話だ。
半田の仮説が的中し重力が戻る前提となるが、この三洋百貨店前駅から東京駅に進行し、地上に出ればすぐに皇居に辿り着ける。皇宮護衛特別隊の生き残りと合流できれば心強い戦力になるし、状況が最悪でも、彼らの残した武器装備は回収できる。
俺の隣で、横倒しになった缶用ゴミ箱に腰かけた宮潟が、エナジードリンクを飲みながら言う。
「まあ、重力が戻れば東京駅から無理なく皇居に行けるわね……。けど、全体あるいは一部でも敵の手に落ちていたら、相当に面倒よ。内側から水濠越しに狙われたら、橋には遮蔽物がろくにないから、こっちも狙撃銃がないと厳しい。上手く入れたとしても、皇居内はほとんど森よ。敵が潜伏しやすく、罠も仕掛けやすい。最悪、ベトコンに襲われる米兵みたいなことになるかも」
「なら、森を火炎放射器で焼き払えばいいんじゃないですか?」
そんなとんでもないことを言ったのは、凛瀬沢だ。
「……まったく、あなた、顔に似合わずエグいこと言うのね。有事とはいえ、江戸時代から引き継がれた自然環境が残る神聖な森を、自分の国の武器で焼き払うなんて全くやりたくないわね」
すると、糸ようじで自分の歯を掃除している古淵が言う。
「『怪物と闘う者は、自らが怪物と化さぬよう心せよ。深淵を覗くとき、深淵もお前を見ているのだ』……ってやつか。ただ、肝心な事を忘れちゃならんな。この駅から東京駅までは一キロの道のりがある。そこを生きて突破しなきゃ、話は始まらんよ」
蓮は頭を掻きながら、今度は地下鉄の路線図と東京駅構内の地図を広げる。
「言う通り……。【地下浸透部隊】とやらが初めにどこから入ったかは定かじゃないけど、この三洋百貨店前駅にも既に到達しているのだから、東京駅にも及んでいる可能性は非常に高い。東京駅は乗降所が日本一多く、地下街も広大で複雑な、巨大駅。迷わないわけがない。東京駅と融合している大手町駅に入ってからが、敵襲の程度にもよるけど……相当、骨が折れるはず」
「骨を折る程度で済めばいいがね」
それを聞いて、米海は思うところがあったのか疲れ切った表情になって、顔に手をやる。
「あそこには、悪い思い出しかねーよ。初めて行った時、田舎者同然に散々迷わされ、トイレすらまともに辿り着けなかった。おかげで、とんでもねえ醜態を晒しちまったよ。国家の重要文化財だと? 知るか、そんなもん。全部焼き払っちまえ」
「……全員、あらかじめ、辿るべき経路を頭に入れておいて。ただ……実際に行ったら、地図があっても迷うのは間違いないと思うけど」
そこで沖國は膝を叩いて立ち上がり、総括する。
「指針はとりあえず、決まったな。だが……ひとまず、ここで休息を挟んでおこう。この先、まともに休める場所はないだろうし、今は深夜だ。食事をして、交代で仮眠を取ろう。民間人もいることだしな」
そう言ってちらりと叡の方を見た。
俺の隣に立っている叡は、米海から奪ったM590ショットガンを持ったままだ。
「ボクは、別に眠らなくてもいい。寝首をかかれて永眠することになるよりは良い」
「……お嬢さんよ、こういう時は大人ぶらなくて良いんだよ。しっかり休まなきゃ発育に悪いぞ? もし敵が来たら、俺らが守ってやるよ」
そう言ってAA12を持ち上げる沖國を、叡は冷たい目で見据えて言う。
「出発した時、隊には何人いたの? それで今は、何人残ってる? 自分の部下も守れない人が、どうやって他人を守るつもり?」
叡の言葉が強く突き刺さり、空気が凍りついた。
どうしてこの子は、こう可愛げもなく和を破壊できるのだろうか。
困惑していると、叡は俺の側に取り付いて、俺の右腕を掴んで無理やり自分の肩を抱かせる格好にした。
「ボクは、この小隊長さんしか信頼してない。小隊長さんが行くと言ったら行くし、休めと言ったら休む。お前の指示は聞かないし、信用もしてない。ボクは、小隊長さんが好き」
俺と叡の今のポーズは、親密な男女そのものだ。気付いて、俺は慌てて叡を引き離す。
「ちょっと待て……! 言い過ぎだろ!」
「別に、これがボクの本心だよ。離れないでね、小隊長さん」
小悪魔のように微笑む。
そのやり取りを見ていた蓮が、ゴミを見つめるような目つきになる。
「……いくら危機的状況だからって、世界が終わったわけじゃない。恋愛するなら、倫理は保つように」
最も恨みがましい視線を送る宮潟が、飲み終わったエナジードリンクの缶を捨て、ベネリM4ショットガンに持ち替えながら言う。
「みんな誤解しないで、大丈夫よ。宰河は、まだ童貞だから」
「おい、何てこと言うんだ……!」
宮潟を黙らせようとしたところで、いきなり叡に股間を優しく掴まれた。
「どこ触ってるんだ!!」
「……漫画で見るほど、そんなにおっきくない感じだね。使ってないと退化しちゃうのかな」
「馬鹿野郎!!」
下ネタ好きな鹿森はゲラゲラ笑いながら、小馬鹿にした口調で尋ねる。
「それで、童貞隊長? 今すぐ異世界軍のケツをファックしに行くか、それともここでマスかく時間をくれるのか、決めてくれや」
「……その舌を引っこ抜かれたくないなら、今すぐその口調をやめろ」
宮潟や古淵に言われるならまだしも、特別親しくもない鹿森に馬鹿にされるのは愉快ではない。
「真面目な話に戻すぞ……。俺は、沖國に同意する。ここで仮眠を含めた休息を取ろう。二つのグループに分かれ、交代で一時間半ずつ。眠くなくても、眠った方が良い。この先の道のりはハードだぞ」





