東京湾埋立第十三号地、東京テレポーターにて(1) ──「篠巻くんの、初・東京テレポーター記念」
現代。
朝九時。
東京都港区、東京臨海副都心、台場地区。
通称『お台場』として一般に知られている東京湾埋立第十三号地で、多数の有名企業が結集し、羽田空港にも近く国際広域交通の集結点ともされる、日本の重要地区のひとつ。
そこに、今や日本の技術力の象徴となった【東京テレポーター】はあった。
「ここが……東京テレポーターか……」
広い歩道の真ん中に立った篠巻拓弥は、冷たいが心地よい朝の東京湾の風を全身に受けながら、初めて生で見たその建物に感嘆の声を上げた。
不時着した巨大宇宙船と喩える他ない、独特の流線形が多用された銀色の大型建造物が、この歩道の先に横たわっている。
そして、この宇宙船を守る、あるいは捕らえているかのように、その周囲に小型の東京スカイツリーのようなデザインの白い五本の鉄塔が建っている。
現在は朝だが、これが夜になると綺麗なブルーにライトアップされ、非常に幻想的な夜景ということで海外からも観光名所として評判が良い。
高校の同級生から東京テレポーターを利用した話を聞くたびに、自分もいつかは、と思っていたが、ようやくこの日が訪れた。
篠巻は羽織ったフィールドジャケットのポケットからスマートフォンを取り出して、記念写真を撮ろうとカメラを起動する。
「何してるんですか?」
スマートフォンの画面いっぱいに女の子の顔が表示されて、篠巻は思わず「わっ」と竦み上がる。
構えたスマートフォンを降ろすと、そこに、篠巻の高校のクラスメイトであり親友の天城蓮華が立っていた。
彼女の二対ある焦茶色の虹彩に、篠巻の驚いた顔が克明に映し出されている。
「ごっ、ごめん、いつの間に回り込んできたの?」
「身を低く、素早く、音を立てずに。田舎者同然にボヤッと惚けてる篠巻くん相手なら、こんなの余裕ですね」
明るい灰色のダッフルコートと黒のルーズネックセーターを着た、黒髪ショートボブの女子。
彼女の大きい瞳は可愛らしさがあるが、なんとなく年齢に釣り合わない大人びた暗い雰囲気も持っており、何を思考しているか分からない不思議さがある。
「はぁ、勘弁してよ……」
篠巻はスマートフォンを再び構え直し、天城を避けて東京テレポーターの建物を撮影しようとする。
しかし彼女は、篠巻がいかに避けようとも、それを俊敏なフットワークで追跡し、カメラの前に入り込んでくる。
「ちょ……ちょっと、何で邪魔するのさ?」
「考えてみてください。そんな写真、撮る意味がありますか? バッテリーの無駄でしょう。東京テレポーターの写真なんて今さら、有名カメラマンに撮り尽くされているじゃないですか。まさか、それより上手く撮る自信がおありなので?」
「いやいや……ただの思い出だよ。せっかく初めて来たんだし……」
「なら、篠巻くんの何のクソ面白みもない下手な風景写真より、私たち固有の写真を撮るべきではありませんか?」
「……はい?」
天城の右手に、いつの間にか黒色の短い金属棒が握られていた。
彼女がそれを地面に向けて勢いよく振り下ろすと、ジャッと鋭い音がして、その先端が一瞬で長く伸びた。
「と、特殊警棒!?」
「違うに決まってるじゃないですか。スチール製のライオットタクティカル自撮り棒です」
「ライオットタクティカル……?」
篠巻のスマートフォンを有無を言わさず奪った天城は、自撮り棒の先にそれを取り付けてタイマーをセットし、二人並ぶように立ってから上に掲げた。
「篠巻くんの、初・東京テレポーター記念」
そう言って天城は無表情にピースを作った。
篠巻が困惑で何の表情もポーズも決めていないうちに、カメラのシャッターがカシャシャシャシャシャッと下りた。
「……あの、今のアングルだと東京テレポーターの建物が全然映ってない気がするし……何故か連射撮影モードになってなかった?」
「気のせいです。さっさと行きましょう」
天城は、その写真をスマートフォンの待ち受け画面に設定してから返して、篠巻の背中をどついた。
仕方なく篠巻はそれ以上の写真撮影を諦めて、先を急ぐことにした。
篠巻は歩きながら、背負ったソフトガンケースの重みを確かめる。
この中には、大阪で開催されるクリスマスイブのサバイバルゲームイベントに参加する為の、エアーガンと装備の一式が入っている。
天城も同じく、エアーガンが収納されたガンケースを背負っている。彼女は、篠巻のサバイバルゲーム仲間なのだ。
今日は、その大阪への移動手段として、初めてこの東京テレポーターを使ってみようというわけだ。
篠巻の胸中には、期待と不安が入り混じって渦巻いていた。
この東京テレポーターは、東京、大阪の二大都市間の瞬間移動を実現させる。
比喩ではない。
物理学者であり、このテレポーターを管理運営する株式会社JTEC社の現・会長である中嶋稔道の研究が、それを現実のものにしたのだ。
道すがら、生放送中のテレビ局の若い女性アナウンサーが、マイクを握って元気よくカメラに向かって喋っていた。
篠巻は、ふと足を止めて遠巻きにその様子を観察する。
「────皆さん、おはようございます! お台場、東京テレポーター前から中継です! 現在、ここは朝から多くの人で賑わっています!
今日のクリスマスイブ、皆さんはどのように過ごす予定ですか? それでは、ちょっとインタビューをしてみましょう!」
女子アナウンサーが、建物から出てきた家族連れに声を掛ける。
高級な毛皮コートとアクセサリで派手に着飾った母親と、素朴なジャンパーを着込んだ地味顔の父親。
二人が連れている五歳くらいの娘は、母親に似て美人だが、父親の面影はほとんど見えない。
しゃがみこんだアナウンサーは、まず女の子にマイクを向ける。
「みんなでどこに行くのかなー?」
「でぃずにーらんどー!!」
女の子は元気よく答えた。
「へえー! 楽しみだね!」
続いて、マイクを母親に向ける。
「お住まいはどこですか?」
「ふふっ、京都から来ました」
「おお! 京都からはるばる……すごく遠いですね!」
「でしょう? でも、一時間くらいしか掛かってないんですよね。しかもこれって、家から【大阪テレポーター】までの移動時間だけでほとんどなんですよ。大阪から東京まで、文字通り一瞬です! おかげで、まだ大阪に立っているような感覚ですよ」
「テレポーターが実用化されてから、国内旅行が格段に楽になりましたよね!」
「はい、とっても! 新幹線とか、席にずーっと座って待つのはすごい苦手なので、テレポーターは本当に大助かりですよ。早いし楽だし!」
「そうですよねー。札幌と博多にもテレポーターを建設する計画もあるらしいですから、将来的にはどんどん身近な交通手段として定着していくでしょうね!」
「海外旅行もテレポーターで出来るようになったら嬉しいですね。あと、家庭用テレポーターとかもあったら良くないですか? 家から一瞬でデパートまで行けたりして!」
「あ、それ私も欲しいです!」
アナウンサーと母親が一緒に笑う。続いて、父親にマイクが向けられた。
「お父様は、お仕事などでテレポーターを利用されたことは?」
「いやー……遠方への出張は、まだ新幹線を使ってます。やっぱりテレポーターは、便利ですが財布へのダメージがちょっと……ハハハ。あと、やっぱり新技術っていうのはまだ個人的には怖くて……家族との旅行以外では使わないなぁと思います」
「そうですかー。でも、今まで無事故ですし、何といっても安心の日本製ですから! これから普及が進めば、利用料もきっと下がってくると思いますし、気軽にテレポーターを使える将来は近いと思いますよ! 安心してください、お父さん!」
「まあ、そうですね……」
「それでは、インタビューありがとうございました! 今日は、東京のクリスマスイブをたっぷり楽しんでいって下さいね!」
最後にアナウンサーは、女の子に手を振った。
「ばいばーい」
「さようならー」





