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東京バトルフィールド <東京を奪還せよ。異世界の魔法使いの手から>  作者: 相山タツヤ
STAGE:01 OPEN SEASON 「解禁期」   ── 敵を探し、殲滅せよ。
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異世界、ある一人の軍曹と、一人の『英雄』の話。 ──「死人は、物を食べない」




 現世とは異なる場所。



 黒く濁った豪雨が絶え間なく降りしきり、断続的に激しい落雷が打ち下ろされる、薄闇に包まれた深い森。


 そこに、超然とそびえ立つ黒い巨大要塞が在った。


 頑強な漆黒色の特殊合金を用いて建造された、五基の大型塔を持つ五角形の要塞。



 グザエシル帝国、特別国防隊本部。



 シェイトン・アラドール軍曹は、宿舎の窓のない蒸し暑い廊下を、重いブーツをゴトゴトと鳴らしながら歩いていた。


 彼の手で運ばれているのは、金属のトレイに載った食事だった。


 三個の小さい丸パン、二切れの干し肉、野菜スープ。


 これを上官の元へ届けるのが今の仕事であったが、歩きながらシェイトンは時折よだれを懸命に飲み込み、それらをつまみ食いしたい衝動と必死に戦っていた。


 彼自身に先ほど配給された一日一回きりの食事は、一個の丸パンと一切れの干し肉、具のない塩スープだけであった。ちなみに、彼より下の階級の兵士となると干し肉も無い。


 これより大規模な【異世界侵攻作戦】が開始されるというのに、兵士全体が慢性的な飢えに苦しめられていた。日に日に過酷さを増していく訓練とは裏腹に。



 しかしながら、士気が低下しているかというと、現状はその逆である。


 どの兵士も空腹によって眼がぎらつき、殺気を全身に宿している。


 敵を殺して潤沢な物資を奪い、腹いっぱい食事をしたい──そんな原始的な欲求が、兵士たちを無情な殺戮機械へと変貌させていた。



 この国だけでなく、今や世界全体が飢餓状態に陥っている。


 世界の各地で繰り返された戦争が、物資を急速に浪費し、環境を著しく破壊していったのだ。


 空気や水は汚染され、植物は充分に育つことが出来ず、食料が欠乏している。


 隣国でありかつての敵国であったロエベッタ王国では一昨年、食糧難に対応すべく『共食い』についての法が制定された。


 昨日の家族が今日の食卓に並ぶその国と比較してみれば、このグザエシル帝国はいくらかマシな方であった。


 だが、世界はもはや全てが手遅れで、救済の術など無かった。


 これから始まる【異世界侵攻作戦】、それ以外には。



 目的の部屋の前に立ったシェイトンは、空腹から思わず鳴ってしまった腹の音を咳払いでごまかしてから、鉄扉の横にある呼び鈴を押した。



「……メイ少佐。食事をお持ちしました」



 部屋の主、メイ・ストゥーゲ少佐を呼んだ。


 しばらく待っても、応答はなかった。その場で、シェイトンは考え込む。


 呼んだ時に返事が無く、鍵も掛かっていなかったら、入室して良い。他の兵士には、そう教わっていた。


 果たしてそれは本当なのだろうか。もしその兵士の助言が嘘であったら、どのような仕打ちを受けることになるのか。



 メイ・ストゥーゲ。


 彼女は、軍の最高司令官から『解放の英雄』と崇められる、この特別国防隊で最も強力であり、そして最も冷酷な兵士だ。


 彼女一人で戦況が引っ繰り返ると言っても過言ではなく、彼女が通った後には、敵兵の屍がうず高く積まれることになる。


 降伏する敵兵にさえも一切の容赦は無い。敵の情報を引っ張るだけ引っ張り出した後は、ゴミのように殺し、捨てる。


 それでありながら『解放の英雄』と呼ばれる所以は、同胞を決して見捨てないというところにある。

 

 かつて、敵国の捕虜となってしまった兵士たちを救うため、彼女は僅かな数の部下と共に国境を越えて潜入し、捕虜収容所を壊滅させたということがあった。


 その時に救出された捕虜の一人こそ、このシェイトン・アラドール軍曹であった。



 シェイトンにとって、メイ少佐は命の恩人である。


 しかし、彼女に対する大きな畏怖の念を未だ消し去ることはできていなかった。


 彼女は、己の慈悲深さや名誉のために、そうした命懸けの行動をしているわけではないと、シェイトンは推測していたからだ。



 シェイトンは大きく深呼吸をしてから、ゆっくりと扉を開けた。


 部屋の中は、真っ暗だった。


 ぎょっとして辺りを見回す。


 照明が灯っておらず、小さい窓からもろくに光が入ってこないので、この広い部屋全体が闇に包まれている。

 


「……メイ少佐。居ますか……?」


 

 不在なのだろうか。


 シェイトンは、壁にある照明のスイッチを手探り始める。


 だが、その時。




「──────そのままでいい」




 耳を凍てつかせるような冷たい声が、そっと響いた。


 シェイトンは驚愕して一瞬で背筋をピンと伸ばし、スイッチを探っていた右手をサッと戻してトレイを支え直した。



「しっ、失礼しました……!!」



 暗闇に慣れ始めた視界が、部屋の輪郭をぼんやりと捉え始める。


 窓の側に、黒い影が座っていた。


 それは彫像のように、微動だにしない。


 

 暗闇の中で金色に淡く光る瞳が、開かれて、シェイトンを見据えた。



「……食事は不要。私は、空腹ではない」



 シェイトンは、強張って空回りする舌を何とか動かして、返事をする。



「し、しかし……これが、侵攻作戦前夜の最後の食事です。少しでも英気を養う為には、食事を摂った方が良いかと……」



「……ならば、シェイトン軍曹。君が、食べろ」



「えっ?」



 金色の瞳が、少し細まった。



「私よりも、部下たちが飢えている。しかし私は、その全員に食事を与えることはできない。だから、君が食べろ」



「で、ですが……それは……」



「君も不要なら、その食事を別の誰かに与えてくるといい。……君の腹から聞こえた音は、気のせいだったかな」



 シェイトンは、自分の持った食事を見下ろして、再び唾を飲み込んだ。


 背後を振り返って、廊下に他に誰もいないことを確認する。



 それからの彼の動きは速かった。


 シェイトンは屈み込んで膝の上にトレイを置き、丸パンにかじりついた。


 あっという間にそれをムシャムシャと平らげて、水分が少なくなった口を野菜スープでグッと潤して、次のパンを干し肉と一緒に食らいつく。


 次から次へと口に食べ物を放り込みながら、シェイトンは無意識に涙を流していた。


 気が付いた時には、トレイはすっかり空になっていた。


 野菜スープの食器に残った雫を貪欲に舐めとってから、トレイを床に置く。


 そして彼は呻き声を上げ、子供のようにすすり泣き始めてしまった。



「……何故、泣いている」



「この【異世界侵攻作戦】が成功したら……俺たちは、毎日、腹いっぱい食えるようになるんでしょうか……?」



 シェイトンが従軍している間に、両親は飢餓によって亡くなっていた。


 半ば強制的に青年志願兵として軍隊へ送られたとき、自分は両親に見捨てられたものと思い失望感に苛まれていたが、いま考えてみると、それはこの自分を飢え死にさせないための最後の手段であったように思える。


 どちらにせよ、その真意を聞くことはもう二度と叶わない。


 金色の瞳は、両親を想い泣き続ける彼を見下ろしながら言う。



「……食べることよりも、まず、戦いに勝ち、生き延びることを考えるべきだな。死人は、物を食べない」



 シェイトンは涙を拭い、彼女の金色の瞳を見つめた。


 そこには、いかなる情も感じない。



「敵も自国を守るため、神に全身全霊を捧げ、命懸けで抵抗してくるであろう。我が軍も、多大な犠牲を払うことになる」



 作戦を楽観視する上層部とは真逆の、出撃前とは思えないほど悲観的な推測に、シェイトンは耳を疑った。


 だがその割には、彼女の口調は淡々としている。 



「メイ少佐……メイ少佐は、何のために、戦うのですか?」



 恐る恐る、尋ねた。


 すると彼女は、幾ばくかの間をとってから、言った。




「──────敵を殺し尽くす為だ」




 外で雷鳴が轟いて、窓が白く輝いた。


 彼女、メイ・ストゥーゲの姿が浮かび上がる。



 肩には蟷螂(カマキリ)の大鎌腕。背には(カラス)の黒い大翼。腰には(サソリ)の毒尾。


 そして、鋭い鉤爪が生えた獣脚竜(ラプトル)の脚をもつ、異人種。


 千を越える数の敵兵をその手で葬ってきた、『解放の英雄』。



 場に再び暗闇が戻った。


 彼女の金色の双眸が、そっと閉じられる。



「……お喋りは終わりだ。君の用は、既に済んだ。もう、行くべきだろう」



 呆然としていたシェイトンは我に返って、頭を下げて、空のトレイを持って退出した。


 扉を閉めてから、緊張で溜めていた息を吐く。


 そして自分の推測が、おそらく誤りではなかったと実感した。



 慈悲深さがあるわけでもなく、名誉に興味があるわけでもない。


 彼女は、敵を殺し続けることしか眼中にないのだ。



 メイ・ストゥーゲは既に、約二百年を生きている。


 彼女をよく知る上官の雑談から、そう小耳に挟んだことがある。


 平均寿命が長い異人種の中でも、一際永い。


 しかし、彼女はその半生を【奴隷】として生きていた。


 このグザエシル帝国が他国の植民地支配を受けていた時代、彼女は魔法によって拘束、洗脳され、筆舌に尽くし難い凌辱を受け続けていたという。



 シェイトンは胸が痛んで、歯を食いしばる。


 かつて捕虜収容所に囚われ一週間に及ぶ拷問を受け続けた時でさえ、自分は自死を覚悟したというのに、それが百年以上も続くとなれば、どれほどの煉獄の艱苦となるのだろうか。


 だから彼女は戦い、敵を殺し続けるのだ。この世界に復讐し、奪われた半生を取り戻すために。



 ……けれど。


 

 本当に、そうなのだろうか。



 シェイトンが捕虜から解放され、久方ぶりに外の空気を吸っていた時のことだ。


 彼女は、彼女自身が築き上げた敵兵の屍の山の前に立っていた。


 屍を見つめる彼女の金色の瞳。


 そこには、深い悲しみが宿っていた。



 常に冷淡である彼女の変化を見たのは、それが最初で最後であった。


 その真意を、未だ知らない。



 もし、【異世界侵攻作戦】が成功し、二人とも生き残ることが出来たならば。


 彼女はその心の内を、語ってくれるだろうか。



 しばらくしてシェイトンは、自分が何て愚かなことを考えているんだと思い、自嘲の笑みを落とす。


 そして空のトレイを持って、重いブーツをゴトゴトと鳴らし、廊下を歩き出していった。


  


 グザエシル帝国、エルコト連邦、ロエベッタ王国、ガルータム王国、エスミソン公国、ケヘラー王国、グーリンルド共和国────七つの国家の軍隊による、史上最大の新天地開拓作戦。


 我々の世界はこの日、異世界の地を侵攻する。



 侵攻の始まりの地、その名は、【 東京 】。



挿絵(By みてみん)

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