ポセイドン・アドベンチャー(1) ──「俺を殺したいのか?」
首都第一銀行ビル。
守衛室の探索を終えた宮潟と柚岐谷が、発見した獲得物を、逆さまになったオフィスのデスクの上に置いた。
「盾もあったけど、防弾レベル3の重量級のやつしかなかったわ。そんなものノロノロ運んでたら、それこそ竜の餌食ね。それよりも……とんでもない武器があったわ。役に立つんじゃない?」
「……さあ、どうだろうな。これは、ますますネイティブ・アメリカンじみてきたな」
まるで死神の黒い鎌のようなデザインを持つ、バーネット社製ゴースト420クロスボウ。
矢を射出できるライフル型の武器で、いわゆるボウガンだ。
コッキングを補助する滑車が設けられたコンパウンド式で、マウントベースにはトリジコン社製ACOGサイトが搭載されている。
これほど本格的なモデルであれば、ハンティングに使用しても充分な殺傷力を発揮できるだろう。
「クロスボウは一般人の購入や所持自体は違法じゃないが……どうして銀行にこんなものが?」
「警備員が私費で購入したんじゃないの? 銃を持った強盗が押し入ってきたら、警備員なんて真っ先に殺されるものよ。でも、こんな武器があれば、自分の命くらいは守れる確率は上がると思うでしょ。……私も、こんな時だからこそ、武器のありがたみが分かるわ」
そのクロスボウを俺は持ち上げて、眺めた。
クロスボウの最大の利点は、サイレンサー付きのピストルよりも優れた静粛性。ほぼ無音で、敵を葬ることができる。
普通の戦いでは銃の方が圧倒的に有利ではあるが、隠密が求められる特殊な状況下では役に立つ可能性はある。
続けて俺は、クロスボウ用の矢を取り上げて観察した。
矢は軽量で強度の高いカーボンで作られているが、先端だけは貫通性を重視したスチール製。この矢なら、距離が遠くなければ薄い金属板くらいなら易々と撃ち抜けるだろう。
矢を収納する円筒形のケースには、同じ矢がニ十本入っている。
「……実際に役立つかどうかはまだ分からないが、持って行こう。必要になるまでは、宮潟が持っていてくれ」
「私? クロスボウの射撃技術なんて、流石にないわよ」
「スペツナズとの合同訓練の時、宮潟はクロスボウで標的のド真ん中をブチ抜いただろう。その調子で使ってくれればいい」
「はあ。あれはね、まぐれ当たりよ。小隊長のハートを射止める気で撃ったら、当たったのよ」
「俺を殺したいのか? いいから、持っていろ」
クロスボウの話題はそこで締めくくり、俺は天地が逆転したオフィスを見回して、次の行動を思案する。
「目的地のスターライト室町ビルは、この隣にある。本来なら、約十メートルの横道を横断するだけで到達できたはずだ。しかし……今はどうだ。見ての通りだよ」
俺はウインドウの前に立って、スターライト室町ビルを見つめ、それから自分の足先に広がる光景を見つめた。
夜空という名の奈落。そこに、道など無い。
外に一歩出れば、たちまち天空へ転落死だ。
「……このウインドウを破壊し、決死の大ジャンプ。それ以外に名案が思い付くなら、聞きたい」
そう尋ねると、半田が自分の頭上を見ながら意見を述べる。
「下水道は地下で繋がっているはずです。それを通って地下鉄まで行くというのはどうでしょう?」
それに対し、露骨に顔をしかめたのは古淵だ。
「そりゃ……色んな意味で無謀だ。下水管が、人間が通れるサイズをしているとはとても思えん。もし万一、通れたとしても、全員が特濃クソ汁まみれだ。俺はスカトロ自体は別に平気だが、服と装備に悪臭が染みついて、バケモン共に間違いなく嗅ぎつかれやすくなる」
「じゃあ、どうするって言うんだ!」
「俺は小隊長どのに賛成だ。大ジャンプ。それが一番早い」
「それこそ無謀だ……落ちたら一貫の終わりなんだぞ……! それに僕らだけじゃなく、この子もいるんだ。子供に、十メートルの奈落をジャンプさせるっていうのか?」
すると、今まで黙っていた叡が静かに言った。
「ボクは、できると思う。むしろ、この中じゃ、ボクが一番身軽だから」
「何だって!? 走り幅跳びの世界王者でも、十メートルは飛べないんだぞ……分かってるのか!?」
「ただの走り幅跳びじゃない。ビルにしがみつきさえすれば良いの。同じ高さに飛び移るのは無理でも、できるだけ最初のジャンプで距離を稼げれば、落ちながらどこかの窓を掴める」
「無茶な……! そんな危険なことはさせられない!」
「お前が止めようが、ボクはやる。邪魔するな」
また口論が始まりそうになった所で、柚岐谷がそれを止めた。
「ストップです。いい案を思いつきました。
全員、バックパックにラペリング降下用のロープを持っていますよね。一人がロープを持ったまま隣のビルまで跳んで、中に入ったら、それを建物のどこかに硬く結び付けて、二つのビル間にロープの橋を作るんです。ロープは自ずと斜めに下降する形で張られますから、あとはカラビナを引っかければ即席のロープウェイとして安全に渡れます。どうですか?」
俺は頷いた。
「なるほど、名案だな……それでいこう。全てを速やかに進める必要がある。防弾防炎ガラスのウインドウは爆薬で破れるが、穴を開けた途端にこの建物は安全ではなくなる。竜の襲撃に遭う前に、全員がビルを移る必要がある」
バックパックを降ろし、束ねた黒いラペリングロープを取り出した。
「最初は、俺が跳ぶ」
「え? 待ってください……! 私がやります。言い出しっぺなんですから。小隊長は、叡さんを側で守っていないと」
「いや……俺がやる。俺は、誰も仲間を失いたくはない」
可能な限り身軽になるため、バックパックだけでなく、重量が嵩むボディアーマーも外し、HK416もその場に置いていく。
支度を進める俺の服の袖を、叡がギュッと掴んだ。
「……ボクは、離れないで、って言ったはずだよ。約束、破るの?」
「いや……約束は守るつもりだ」
ボディアーマーのホルスターから、M637エアウェイトを引き抜いて、渡した。
「銃を渡してやる。弾は五発。敵が来たら、可能な限り頭を狙うべきだが、無理そうなら胸に当てろ」
「……そういう意味じゃない。こんな小さい銃ひとつで、小隊長さんの代わりになると思うの? 行かないで」
努めて冷静な顔つきをしながらも、その瞳には怯えの感情がほの見える。
強い罪悪感が芽生えるが、俺は首をゆっくりと横に振った。
「右の線路に、きみ。左の線路に、俺の仲間たち。どちらの線路に切り替えるべきか、俺はまだ迷い続けている……。
俺にとっては、叡は大切だが、仲間も大切だ。
俺がここで跳ぶのは、小隊長として、全員を確実に助けたいからだ」
気まずさを紛らわすように俺は、古淵と共にウインドウを爆破する準備を進め始めた。





