SAT VS 銃器対策部隊 (2) ──「ああ、これが『死の小隊』か」
……そんな、嘘だろ、冗談じゃない、ふざけんな!
小部屋のひとつに身を潜めている銃対隊員の一人、須央廉一巡査部長は、部屋の隅で縮こまりながら、ドアを恐ろしげに見つめていた。
多くの銃声が喧しく鳴っていた廊下は今、不気味なほど静かだ。
玄関口を守っていた四人や、廊下で応戦していた二人は、何の通信も寄越してこない。
もし味方が敵を倒していたら、必ず報告してくるはずなのだ。
全員、やられてしまったのは間違いない。
今回の敵となるSAT第四小隊は、たった五人だけのチームだ。
対する我々の班は、十人。
二倍の戦力。確実に有利な状況だった。
……なのに、どうして!
一階に戦力を集中させ、玄関口と廊下で敵を迎撃し一気に鎮圧する作戦だったが、破綻させられた。
もし倒れた六人の味方が、SAT隊員を一人も道連れに出来ていなかったら、四人対五人。
人数で逆転されている。
唯一の現実的な頼みは班長の善田の指示だが、この窮地でも何の通信が来ない。
別の小部屋に潜伏しておりまだ生存しているはずだが、彼も予想外の展開から緊張で竦み上がっているのだろう。
須央は手に持った小型ショットガン、イサカM37ステイクアウトを強く握り締める。
窓は金属製の頑丈な棚でしっかりと塞いであるから、相手はこの一つしかないドアから入ってくるはずだ。
須央はイサカM37の銃口をドアに向け、睨む。
SAT第四小隊……別名、『死の小隊』。
須央は、訓練準備中に副班長の大泉から聞いたその呼称を思い出していた。
警視庁SATは通常九個の小隊から構成されており、輪番制で務めているが、そのうち『第四小隊』だけは欠番扱いになっているはずなのだ。
警察で対処すべき事案の中で最も危険な任務に赴くSATでは、『死』と読み替えられる『四』は忌避されるべき数字であり、西洋社会で多くの『13』の数字が排除されているように、『死』の数字を冠した第四小隊も警視庁SATから欠番とされていた。
だが今、表向きには存在しないはずのSAT第四小隊と、自分たちは戦っている。
これはいったい、どういうことだ。
突然、金属同士を叩き付ける凄まじい轟音が鳴り響いた。
須央は驚愕して叫び、緊張でショットガンの引き金に掛けた指を引いてしまった。
イサカM37の銃口から射出されたラバー・ビーンズバッグ弾が、ドアにぶつかり、あらぬ方向に跳ねて飛んで行った。
そこで気付いた。
窓を塞いでいた重く頑丈な金属棚が、床に倒れている。
スタングレネード防御用に着けたイヤープロテクターのせいで、認識が遅れてしまったのだ。
────あっ。
窓の外に、立っている。
黒いドクロのマスクを着けた、睫毛の長い、女だ。
右手には、大振りのハンマー・アックス。
左手には、黒色の大型マグナムリボルバー。
銃口が、須央の眉間を照準していた。
……ああ、これが『死の小隊』か。
マグナムリボルバーが火を噴く。
放たれた弾が、須央の眉間、防弾ヘルメットのバイザーにぶち当たった。
真っ赤なペイント弾が、視界一杯に広がる。
須央は、そのまま気絶し、床に崩れ落ちた。
◆
五人目のSAT第四小隊の隊員、柚岐谷は、『射殺』された銃対隊員を冷静に見下ろす。
そして素早く部屋の安全を確認し、S&W社製のR8ミリタリーポリス・マグナムリボルバーの銃口を下げた。
この銃は八連発の大型シリンダーを持つ異形のリボルバーで、X300ウェポンライトを追加装着している。
柚岐谷は障害物破壊用のハンマー・アックスを一旦壁に立て掛けて、喉元のマイクを使って小声で報告した。
「……こちら『サンタクロース』。1‐R‐1で敵一名『射殺』。部屋はクリア」
◆
「よくやった」
俺は柚岐谷が制圧した部屋のドアを開け、窓の外に立つ『サンタクロース』こと柚岐谷に向けて親指を立てた。
<このまま、1‐R‐2に移動します>
柚岐谷は隣の部屋のバリケードも破壊すべく、移動していった。
残る敵は三人。未制圧の部屋も三つ。
各部屋に一人ずつ隠れているのか、それとも。
俺は廊下に戻り、入り口で警戒している宮潟と視線を合わせる。
宮潟は、さっさと攻め込んで片づけてしまおうと言いたげな顔をするが、俺は平手を下に向けて待機続行のサインを出す。
各部屋に一人ずつ残っているならば話は早いのだが、敵もかなり狡猾だ。そう簡単にはいくまい。
ドアを開いた瞬間に発動するようなブービートラップが仕掛けられている部屋もあるに違いないだろう。
こんな時に役立つのが、細い紐状のカメラ、ファイバースコープだ。
いわゆる内視鏡で、医療現場でも内臓の検査に使われる道具だ。
これをドアの隙間などから通せば、ドアを開けずとも中の様子を観察できる。
ファイバースコープを取り出し、柚岐谷が制圧した場所の向かいの部屋を調べようとした、その時。
────斜め後ろのドアが、開く音がした。
咄嗟に、俺は背中を向けたまま、元居た場所から飛び退く。
MP5Fの銃声。
弾丸は俺が〇・六秒前に立っていた空間を通過し、ドアに衝突して赤い弾痕を穿った。
振り返ると同時に、MP5Fの『銃本体』が回転しながら飛んできて、俺は左腕を使って弾き落とした──と、同時に木刀を持った銃対隊員が突進してきた。
「銃対、万歳──!!」
あろうことか、その声は女だった。
第二班の唯一の女性隊員、米海 慧。
雌の肉食獣のように攻撃的な瞳を持ち、あらゆる男を狩ってきたような野性味を漂わせる、アマゾネス系の美人だ。
俺の腹に向け、米海の木刀が突き出される。
左へ素早く身をかわす。
狙いが逸れた木刀は廊下の壁にぶつかって、米海は大きく姿勢を崩した。
次の攻撃が繰り出されるより速く、俺は左腕で米海の右手を抱えて動きを完全に封じた。
そして右手に握ったG17を彼女の腹に押し付け、容赦なく三発連続で撃ち込んだ。
続けざまに、先ほど俺が調査しようとした部屋のドアが開いて、MP5Fを構えた敵が姿を現した。
俺は米海を抱えたまま身体を捻って、MP5Fの射線へその背中を導いた。
フルオートの激しい銃撃が始まる。
多数の銃弾が、盾代わりにした彼女の背中に次々とめり込んだ。
「馬鹿野郎ォオ!! 撃つんじゃねぇ──!!」
米海が痛みで叫んだ。
同時に宮潟がMTS255ショットガンを発砲し、MP5Fを撃っていた敵が吹っ飛ぶ。
盾にされた米海は、俺を睨みつけて真っ赤な顔で唸る。
「てめぇ、顔は覚えたからな……」
「……申し訳ないな」
俺は一言謝ると、血気盛んな彼女の腰に左腕で組み付き、G17を握った右手をバイザーの下の隙間から思い切り喉に押しつけて、前へ押しやった。
バランスを崩して後方に倒れた敵の胸に、とどめの二連射を撃ち込む。
一歩遅れて、彼女の籠っていた部屋のバリケードを突破した柚岐谷が廊下に飛び込んできて、R8マグナムリボルバーを倒れた銃対隊員の頭ヘ発砲した。
「すみません、小隊長……! 私の突入遅れてしまったせいで……」
柚岐谷は申し訳なさそうに頭を下げるが、俺は首を横に振る。
「いや、こういうのも良い訓練だ。問題ない」
敵は残り一人。
姿を見せていないのは、班長の善田警部補だけだ。
俺は無線を使い、二階で行動している古淵と半田に呼びかける。
「……こちら宰河。敵九名の『射殺』を確認。残るは班長だけだ。場所は1‐L‐2」
するとすぐに、最後の閉ざされたドアから爆発音が響き、間もなく善田の悲鳴が聞こえてきた。
<ゲームセットだぜ。隊長どの>
古淵の陽気な声が、無線と同時に直接ドアの向こうから聞こえた。
ドアが開き、古淵と半田によって両脇を拘束された善田が姿を現す。
顔をしわくちゃにして、無言で涙を流していた。
一方的に敗北させられた屈辱感からか、それとも、味方が次々と撃ち倒され狩られる側となる恐怖を十二分に味わったからか。あるいは、その両方かもしれない。
「小隊長どの、しっかりと班長はしっかりと生け捕りにしましたぜ。煮るなり焼くなり、どうぞお好きに」
「…………言葉を慎め古淵」
俺は古淵を黙らせると、ヘルメットを脱いで、善田へ深く頭を下げた。
「この度は、全力で我々と戦っていただき、本当に有難うございました。新たに学ぶ所が非常に多い、素晴らしい闘いだったと思います。今日は、お疲れ様でした」
善田は涙を溜めて赤くなった目で俺をしばし睨み、そのまま、無言で目を閉じた。
その時、部屋のスピーカーからブザー音が鳴った。
訓練終了の合図だ。
モニター室からのアナウンスが流れる。
<訓練終了、訓練終了。SATが現場を制圧しました。SAT側の勝利です。
SAT側は損害なし。銃器対策部隊側は、班長を除いた九名全員が『殉職』。
全員、速やかに武装を解除し、訓辞ホールに集合してください。お疲れ様でした>