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東京バトルフィールド <東京を奪還せよ。異世界の魔法使いの手から>  作者: 相山タツヤ
STAGE:02 THE GATEWAY OF HELL 「地獄のゲートウェイ」 ── 異世界の使者と対峙せよ。
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ラスト・エスケイプ (3)  ──「貴女の勝ちですよ」


 諸悪の根源。

 彼女から放たれる禍々しい気配を感じ取り、篠巻は身体の震えを止めることが出来なくなっていた。


 ミイは、右手に赤黒い肉の塊を持っている。

 彼女のドレスの真紅は、人間の返り血で彩られてものだと、そこでようやく気付いた。


 生存への意欲から湧き起こっていた闘志が、みるみるうちに委縮し、やがて、恐怖の感情だけが残される。

 大蛇に睨まれた、か弱いカエルそのものであった。


 鼻孔に強くこびりつく死臭で、ついに限界に達した篠巻は腹を抱えてその場に嘔吐した。

 自分はこの場所で、殺される。



「蓮華……君は、下がって……逃げてくれ……」



 そう言うだけで精一杯だった。

 しかし、天城は後ろを見て、首を横に振った。



「……もう、退路がありません」



 搭乗ホールの出入り口のゲートが、あの蒼い光で覆われていた。 



「他に……従業員用の通路があるはずです」



 天城は険しい顔で耳打ちし、搭乗ホールの円形通路に視線を巡らせる。

 奥の搭乗橋の近くに、それらしきドアがあった。



「……きっと、死体のどれかが鍵を持っています。彼女を下手に刺激しないよう、急な動きは避けて、慎重に行きましょう……」



 篠巻は胃の苦しみからゼイゼイと息を吐きながら、気力をどうにか振り絞って、静かに歩き始める。


 女性の方がストレスに対して粘り強いと聞いたことがあるが、今の天城は度を越えて強靭だった。

 エントランスホールで篠巻を奮い立たせた一幕でこそ感情の波を見せたが、その後は怯まず屈強な気力を保ち続けている。


 どうしてここまで、気強くなれるのだろうか。相手を想う、気持ちの差なのだろうか。

 再び篠巻は、己の無力さを痛いほど感じていた。

 


「私は、貴女の行いに関与する気はありません。貴女の行いを咎めたり、罰したりする気もありません」



 天城はゆっくりと通路を歩きながら、呼びかけた。

 ミイは無言で、歩く二人を見据え続けている。



「ただ、ここを出られるだけで、良いんです。貴女は既に、大勢の人を殺しました。もう、疲れたんじゃありませんか。貴女の仲間にも少なくない犠牲が出て、貴女自身も、怪我を負っています」



 その言葉で、篠巻は気付く。

 ミイのドレスには、複雑な装飾で分かりにくいが、弾痕のような穴がいくつか開いていた。



「この施設の警察官は、恐らくもう全員死にました。貴女はもう安全です。貴女の勝ちですよ」



 篠巻は無心で念仏を唱えながら、死体の一つから、カードキーを拾い上げた。



「貴女の驚異的な力に、誰もがひれ伏すでしょう。だから、もう、これ以上殺す必要はありません」



 どうにか、従業員用通路のドアの前に辿り着いた。


 そこで、ミイが楽しげに高笑いを上げる。


 ノアズ・アークの船体から搭乗橋に降り立ち、静かに歩み寄ってくる。

 その手に、死神の黒い大鎌を握り締めて。



「いちばん、リカイの良いニンゲンさんですね……。もっと、早くに会いたかったと思います」



 篠巻はMPXサブマシンガンを構えるべきか迷っていると、天城がそれを制して、ミイに語り掛けた。



「ここを出たら、貴女の『戦果』を百倍に脚色して、世に広めてあげますよ。そうすれば世界は、貴女の要求を何でも聞くようになるでしょう。もし証人を皆殺しにしてしまったら、貴女の力を知らない人たちがどんどん攻撃を仕掛けてきます」



 彼女の呼びかけの意図を把握して、篠巻は事の成り行きを注意深く見守りながら、カードキーを通す。

 ロックが解除される音が鳴った。



「貴女のバリアーや仲間の攻撃で、他の民間人も全滅しました。残っているのは、私たちだけです。私たちが、貴女の強さを証言してあげます」



 篠巻はドアを開こうとして、咄嗟に止めた。

 ドアの僅かな隙間から、蒼い光が漏れていることに気付いて。



「……だから、ここを逃がしてくれませんか」



 彼女の説得に全てを委ねるほかない。

 篠巻は観念して、ミイの動向を黙って見つめる。




「それは、いい、ですね」




 ミイは力なくそう言って、大鎌を降ろした。刃先が床に触れて、金属音が鳴る。



「わたしも、すごくつかれました。こんなに、暴れたのは、はじめてです。もっと、カンタンなものだと、言われていました。けど……ニンゲンは、もっとゴウジョウで、ぜんぜん道を開けてくれませんでした。仲間がみんな、死にました」



 まるで今まで被っていた笑みの仮面をすとんと落としたように、ミイは急に憔悴した表情になった。



「……ここは、ほんとうに、『ユートピア』ですか?」



 篠巻はその問いの意図が分からず、天城に視線を送った。

 天城は、すぐに頷いた。



「ユートピア、だと思っています。私にとっては。……貴女は、どう思いますか?」



「わたしは……まだ、わかりません。ここの外を、まだ、見たことがありません」



「見たことがないのに、攻撃しに来たんですか。それは危険では?」



「メイレイの通りに、うごいただけですよ。もっと、カンタンだと、言われていましたけど。来たのは、はじめてです」



「そうですか……辛かったでしょうね」



 天城は同情する顔つきになって、諭すように語り掛ける。



「それなら、一度、その身体を洗って、おめかししてから、外の世界をじっくりと旅してみるといいですよ。とても楽しい発見と出会いが、たくさんあります」



 天城は、ひとつ息を吸って、続ける。



「私は、戦いは嫌いです。貴女と戦いたくはないです。私たちが、貴女の言う道を作ってあげます。だから……ここを、出ましょう」



 するとミイは、しばらく考え込む様子になって、それから言った。




「わかりました……そうするほうが、よさそうですね」




 篠巻は目を見開く。

 説得が、通じた。信じられない。


 振り返って、ドアの隙間を見る。蒼い光が弱り、やがて、消えた。



「……ありがとうございます」



「ほんとうに、もっと、早く会いたかったと思います。リカイの良いニンゲンさんは、わたしは、好きです」



「貴女のこと、みんなに伝えてあげますから。約束です」



 篠巻は安堵の溜息をつく。

 天城は本当に大したものだ。一生、彼女に足を向けて寝られないだろう。


 篠巻はドアを開けた。

 蒼い光はなく、従業員用の通路が続いている。

 

 さあ、脱出だ。



 そう思ったとき、ミイが言った。





「でも、こっちの男のニンゲンさんは、嫌いです」 





 例の風切り音が、篠巻の背中に迫った。


 反応が、遅れた。


 刃が肉を突き破る、鈍い音。



 

 だが、痛みはない。

 嫌な予感がした。


 振り返る。


 

 ミイの大鎌が変形し、長く鋭い刃となって、篠巻に刺さる直前で、止まっていた。



「蓮華」



 その間に立ち、刃に貫かれたのは彼女だった。

 身体を盾に、胸に突き刺さる刃を強く抱え込んで、それ以上の貫通を抑えていた。



「……篠巻くん……不本意ながら、お別れの時間です」



 ミイは「チッ」と舌打ちをして、刃を抜き取った。


 そして間髪入れずに刃を横に薙いで、天城蓮華の首を切断した。


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